演技力


「嘘だ! 絶対に嘘だ! 」


「嘘? 嘘などついてどうするんだ? 現実だ、お前の家族は全員死んだ。警察はそんなことには気が向かなかったんだ、見殺しにされた、まあ、仕方がないさ、ハハハハハ」


そう言って深くフードをかぶった男は、サンガの入った石の牢屋の前から離れていった。コツコツという靴音と、サンガが牢の金属の扉をガタガタと揺らす音は石で響くかと思いきや、何かにすっと遮断されているように聞こえた。


「ウウウ・・・・」

サンガは徐々に力なく床に膝をつき、涙を流した。しばらくしてふらふらと部屋の隅に行き、顔を伏せしゃがみこんだ。


 誰もそばにはいないようだった。音は全く聞こえず、静かすぎるほどだが、ここに連れてこられて耳には何か違和感を感じていた。



「月夜鳥を早々に返したのは失敗だったかな」


伏せた姿勢のまま、サンガは今まであったことを心と頭の中で整理し始めた。



「サイサイに家族を守ってくれるように頼んでおいて良かった。だが神の娘が傷を負わされるとは・・・サイサイ・・・ありがとう、本当に。生きて帰れたらまずお礼を言わなければな。でも君の父上の方が先かもしれない、こんな演技ができるのは君のお父さんの指導の賜物だ」


冷静に考えられることができていたのには理由がある。リーリーがサイサイに会ってすぐに、サンガの家族の無事と現状をサンガの月夜鳥に持たせたのだ。鳥は速攻に牢の中のサンガに手紙をわたし、このアジトの大まかな造りを書いたものを持って、かなり前にすでに飛び去った後だった。


「いかんいかん、体にやる気が満ちている、これでは気付かれてしまう上に、体力を消耗してしまう。今はとにかく体を休めよう。手紙に書くことはできなかったが、ありがとう、親友。君のお陰で何とかここでも落ちついて居られるよ。君の功績はマグマだけではない、月夜鳥たちの急激な成長だ。まあ、これは極秘中の極秘だが」少し微笑むこともできた。

だがサンガが捕まってからの驚きは、寒気のするようなことの連続だった。


まず、自分を捕らえた人間は、こちらが抵抗して殴ったりしても痛みなど感じないようだった。そしてこの石牢の素材だ。


「皮肉なことだ、キリュウ。あなたの祖先が透明な剣を作らせないために染色した石を使っている。誰が考え付いたんだ、いや、こちらが気が付くのが遅すぎたのかだが・・・それにあれだけの操り人形を作っていたとは」

この点も連絡済の事だった。


「操り人形」


この歴史は古く、神の娘の誕生からそう離れてはいない。しかしこう呼ばれ始めたのはそう長くはなく、時代によって、悪魔の化身、神の(娘の)敵、不死の者、などと呼ばれていた。彼らはまさに操り人形のごとく完全に「作られた存在」だった。

 

神の娘の誕生は喜ばしいものであったが、その一方で、彼女達に対する強烈な羨望がこの者たちへの製造へ駆り立てた。

「神の娘と対抗できる力」もしそのことが可能であれば「無敵の軍隊」へとつながり、各国の王にしてみれば不老不死の魅力以上のものがあった。


 長い歴史の中で蓄積されてきたその方法は、数種類の薬草と、命色による体内への直接の注入、そうして出来上がる戦うためだけの、死の恐怖も、生存への渇望もない人間。あるのは食欲と、一過性の性欲、許される存在ではないはずなのだ。本人たちも知りはしない、最終的には本当に人形のように糸が切れ「壊れて」しまうことを。


 サイサイの攻撃で、薬で無理やり作らされた体は「破裂」したのだ。丁度関節部から。それゆえに彼らは「操り人形」と呼ばれる。彼らの「開発」で最も有名なのが北の国で猛威を振るった人間であった。命色師が去った後、薬草の深い知識から王の寵愛を受け、政敵を「薬で骨抜き」にし、実権を握るに至った。そして執拗なまでに、北の命色師たちを追い詰め、無きものにすることをまるで「生きがい」にしていた男だった。それゆえ、北の命色師はその命色の技術より「生き抜く力」を伸ばすことを余儀なくされた。

もし、この時代、海が穏やかであったならば、他国にもこの男の魔の手が必ず伸びたであろうが、幸い数百年に一度の世界的な「時化」となって、世界へ飛び火することは防げた。そうしてこの恐怖政治は、意外にあっけなく幕が引かれたと伝えられている。王が急に知ることとなった「操り人形の残酷な実験」は、寵愛を一気に消し去り、聖域の山へこの男を「投げ込む」ことで終わったという。しかしながら、これはもっとも有名な北の話だけであり、世界中には似たり寄ったりのものが存在している。


不意に何かの音がして、ウトウトしていたサンガは目が覚めた。見ると牢の中に食べ物があった。飲み物の用意もされていた。


「結構至れり尽くせりじゃないか、薬入りだろうが」


しばらくしてそれを食べるふりをして、自分のポケットの奥深くにある食べ物を食べていた。水だけはどうしようもない、だがサンガはある色を水に落とした。すると急に色が濃い紫に変化したと思ったら徐々にまた透明になり始めた。


「完全に毒は抜けないだろうが仕方がない。食料は三日分と言うところだから、その前に動くつもりかな」

サンガの読みは正確だった。


ただどうしても気になることがあった。

「あのフードの男は、半透明の犬と同じようなものなのだろうが・・・どうもかなり若いような気がするのだが」

総ての事件の大元とみるには幼すぎるのだった。そしてもう一つ気が付いた。

「あの、聖域の山での死体は・・・落盤によるものではなく、操り人形の失敗作を処分していたのか・・・・」

そういえば、キリュウが自分を鍛えるときにしつこいまでに言っていた。


「今後戦わなければいけない敵は、お前が今まで相手にしてきたものとは違うぞ! ある種悪という悪を極めたようなものと考えろ! 狡猾、自己中心、巧言令色、私利私欲、思い付きのような優しさまでだ! その程度の意思の力で勝てると思うな! 」声が聞こえてくるような気がした。


「生きて帰れたら・・・あなたを師匠と呼びましょう、キリュウ」



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