潜在


「気持ちがいい? 水浴びが大好きねフルフル」

サイサイは家で愛馬の世話をしていた。もうある程度の年齢になり、これからの人生の事を考えなければならなかった。


「動物の世話係で、警察に入ろうかしら」


それほどはっきりとしたものがなかったが、動植物はもともと好きで、家に資料も沢山あり、これに関してはずっと勉強していた。その知識は父たちから驚かれたこともあった。

風の噂で「神の怒りを受けなかった町」にコジョウと同じぐらいの力の少年がいること、その妹は救い人の聴色師であること、などが耳に入ってきてはいた。しかし、もうそれは自分には関係ないと、踏ん切りはついていた。

そんな時だった。父が一人の男を家族みんなに紹介した。


「サンガさんだ。これから私が彼を指導することになった」


「よろしくお願いします。新人で命色を始めたばかりでね」


「え? 」


 大人になって命色ができるようになった若い警察官は、大きくて、気さくな感じが北の祖父によく似ていた。父はもしかしたら自分の希望になると思ったのかもしれない。でも


「体調がすぐれないおじいさまに会いに行こうかしら・・・」


命色に対する自分の諦めは、逆に強固なものへと変わってしまっていた。



 父はサンガとコジョウをしばらく一緒に命色させていたが、その方法は良くないと思ったのか、別の場所で二人で訓練を始めた。その結果、急にコジョウは一人になり

「ちょっと寂しそう」な感じがしていた。

丁度そんな年頃だったからか、今まで悪いこととは全く無縁だったコジョウが

「問題のある子」と一緒にいたりするようになった。しかし、その時の父と母の対応は早かった。


「サイサイ、お願いがあるの」


「何ですか? お母様改まって」


「ちょっとコジョウと一緒にサンガさんに格闘の基礎を習ってもらえないかしら? きっとコジョウはお父様を「盗られた」と思って寂しいのだと思うの」


「そうですね、そうかもしれませんが、でも力を悪い方に使う可能性だってあるのでは。逆にサンガさんのお世話になるなんてことになっては」


「大丈夫ですよ、コジョウのために警察が動く必要などありません」


「でも・・・」


「私たちはあなたたちの親ですよ、責任があります。もしあの子がこの世に悪をなすようであれば、この家で「対処」をします。知っているでしょう? お父様はおじいさまの弟子ですよ、「専念すればもっと強くなる」と言われた人です。私はあなたたちの母ですが、きっとコジョウは訓練をしたところで、格闘の面ではお父様にはかなわないでしょうけれど」


にっこり笑ってそう言った母は、とても凛として


「ああ、これがすべての命色の家の血の現れなのか」と思ったがすぐにその顔がいつもの母に戻り


「サイサイ・・・私はあなたのにしっかりとした護身術を身に付けてほしいのよ」


「お母様、もしかしたら・・・お母様が教えることができるのではないですか? 」


それにはにっこりとしただけだった。

 


 自分と同じ苦しみを持った娘に、母は自ら強制的にはなり辛かったのだろう。そんな時にサンガが現れたのだった。。

 私はサンガを「特別な目で見ていたか」と言うと、そうでもない。年が離れていたし、「結婚の予定がある」という話も聞いていたから、ただ単に「先生」としか見てはいなかった。あまり人を殴ったりということをしたくはなかったが、コジョウの姉兼監視役として一緒にやり、命色では天才的だったコジョウが

「クッソー! 」と言いながらサンガに向かっていく姿を、半分面白げに見ている方が多いような気がした。

しかし、基本的なパンチや蹴りを習った時から何か「おかしな感覚」が自分の中にあった。そんなに力も入れていないのに受けているサンガが

「いいね、サイサイ」といったり、コジョウと二人で対練をしていると

「サイサイ、強い」と言われたり。それから「面白くなった」というより、自分の体が何か「不思議なもの」へ変化して行っているのを感じてはいた。だが、サンガの訓練はそう定期的なものではなく、家の中で会っても


「ごめん、今日は無理なんだ・・・」


と少々やつれた顔で謝られたこともあって、父の訓練が「怒号」とは真反対でありながら、極めて厳しいものであることは想像できた。そのことに対する不安のような、ピリピリした感覚の方が強く、自分のことはむしろ小さなことだった。そして訓練を始めて半年もたたない頃だった。



「コジョウ、サイサイと本気でやってごらん」


久々の訓練の日サンガはそう言った。


「え? 」自分は驚いた。4歳下とはいえコジョウは男の子だ、日に日に大きく、強くなりだして、スピードも違う。


「手を抜くなコジョウ、わかるな、ケガをするぞ」


「ハイ」


女の自分に対しての気遣いが全くないので「婚約中の彼女と何かあったのかしら」とそちらの方が心配になった。


「サイサイ、ちょっと想像してごらん」


「何をですか? 」


「君は草食獣のメスだ、小型の肉食獣が君の子供を狙っている。殺す必要はない、追い返すんだ「二度と私の子供には手を出さない方が身のためだ」とわからせるためだ。いいかね、君は母親だ。全力で行かなければ守れないぞ、野生動物はことごとくそうしているのだから」


「ハイ、わかりました」やっと納得ができた。


「はじめ! 」


 自分との間合いを図るコジョウに、私は強い目つきをして構えていた。案外すぐに打ったり蹴ったりするかと思ったらそうしないので、こちらから行くことにした。

「顔はちょっとかわいそう」と思ったので、頬を打つふりをしたら「教えられた通りのきれいなガード」をコジョウが顔にしたので、お腹に蹴りを入れると


「あら? 」


自分は拍子抜けしてしまった。コジョウがかなり遠くでしりもちをついた状態だったからだ。


「ハハハ、どう思うコジョウ? 」と飛ばされたことを心配もせずサンガは言った。


「そう・・・なのでしょうね」としげしげと自分を見ながらコジョウは答えた。


「さあ、行こうか。今日は御両親がそろっていらっしゃるだろう? コジョウももちろん」

すっと立ち上がり、ついた土を落ち着き払った感じで落としたコジョウは


「案外、自分ではわからないものなんだね、サイサイ」


一番最後に自分がついていった。




「サイサイが神の娘? 」


「その予兆は感じられませんでしたか? お二方」


「悪いが全く・・・」


あまりのことに両親は驚いていた。東の国には能力者自体が何故か少なく、しかしその代わりに優れた命色師の宝庫と言われていた。世界ではこの二つの数に関して言えば、両天秤の関係が成り立っていると言われてる。


「実はそれも面白い共通点なんです。神の娘の親御さんの典型です。片鱗と言うのは見えづらいらしいので。そしてサイサイの雰囲気もそう、どちらかと言うと戦闘型ではない。しかし私ももちろん専門家ではないので、とにかく神の娘たちに会わせる前に、ご報告をと思いまして」

父と母がともに言葉が出ないというのは初めての事だった。するとサンガが


「そうそう、まずは君に確認をしないと。サイサイ、どうする? 

その能力を伸ばすかどうかは君の意思だが」


「神の娘の資質を持っていて、その道に進まない人間などいようはずもありません! 」すぐに答えた。


 幼い頃から女の子ならば誰しも憧れる能力であるが、この道だけは「自分からなれる」訳ではない。格闘技をする女性たちが彼女たちに挑んで

「自信を喪失した」話は後を絶たない。男性の格闘家すら遥かに凌駕するのだから当たり前のことだ。


「ではこれからすぐにでも行くかね」

「ハイ! 」あまりにも明るく自分が即答したので、両親はちょっと苦笑交じりに夫婦で顔を見合わせた。


「では、サイサイの件はこれで終わりだ。コジョウ、サイサイとはしばらく、もしかしたら数年会えないかもしれない。姉上に心置きなく訓練に専念してもらえるように、きちんと説明しなければ、ご両親にも、もちろんだが」

コジョウはその言葉に驚いたようだった。サンガは助け舟を出すように


「コジョウが悪い人間と付き合うようになったのは、何も寂しいからではありません。それも皆無ではないでしょうが、理由は全く違います。まあ、こんな子供も見たことも聞いたこともありませんがね。なあ、コジョウ、何故奴らの中に入っていった? 」


しばらく間があった。


「理由が・・・知りたかったのです。彼らが悪いことに走る理由が何かあるのだろうと思って」


「で、色々とわかったかいコジョウ? 」


「ハイ、サンガさん。お父様、お母様、僕はそうする必要がなく育ったので」


「優秀なお子さんたちで」

それから数日もたたぬうちに家を後にした。



 それから神の娘の訓練機関に入った。やはり格闘技の基本を教わり、武器の使い方、コジョウの言ったように「悪い人間」の元となるものの心理学的な研究などを学んで、完全に神の娘として「働ける」ようになって家に帰った。やはり三年以上たっていた。


「おかえりサイサイ」

「お父様もお母様もお変わりなく」

「お前はそんなに変わっていないような気がするよ」

「そうですか? コジョウの方が大きくなってびっくりです」

「もう子供じゃない」

「確かに」


 楽しい時間だった。ゆっくりと自分の育った家をあらためて見て回り、そして幼い頃思ったことが心に浮かんだ。


「両親の愛情、心根の正しい弟、衣食住に事欠かない暮らしか・・・」


悪に染まった者に制裁を加える自分が、とても恵まれているという矛盾は

ずっと消えはしないのかもしれなかった。

すると庭の隅にある、小さな花が白化しているのに気が付いた。


「これは大変、すぐ元に戻してあげるからね」


とコジョウか、父を呼ぼうとした。

でも何を思ったのか、自分は家に戻り色を持ってきた。


「ごめんね、やらせて」

心を落ち着かせた。自分としては出来ないことを「再確認」して、これからの神の娘の仕事に向かおうとしていたのかもしれない。

今までの中で、一番澄み切った心で白化したものの前にいた。

そして色を置き、ゆっくり呪文を唱えた。


「神の怒りを受けぬもの、この色とともに、我らとともに生きよう」 


「命色」


その言葉を言ったとたん、自分の掌から薄いぼんやりとした光が出たのが見えた。それに驚き、花に覆いかぶさるようにあった手を、ゆっくりと動かすと、


花には、色がついていた。


その横の同じ種類の花々から、祝福でも受けているかのように少しだけ風にそよぎ、時間がたつにつれ、いったいどれが自分の命色した花なのかわからなくなってしまった。


サイサイはその場で泣いた。

うれしいのか、悲しいのかわからない。そうしていると、あの時と同じように母がやって来て

「サイサイ・・・」不安げに自分を見たが、しばらくして何もかも理解したようだった。


「よかったわね、サイサイ」

「お母様・・・ありがとうございます」



 そうして意識がだんだんと戻って行き、ぼんやりと父の顔が見えた。

「お父様・・・」

「サイサイ・・・・・」

「大丈夫です、ご心配をおかけしました。きっとお母様にも・・・」

「ああ、知らせてはある」

「そうですか」


母はここには来れない、それも仕方がなかった。

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