宴の外で


「それでは、これからの旅の安全を願ってカンパーイ! 」


警察の食堂はお祭り騒ぎだった。明日の命色師の出発のためにささやかな酒宴が開かれていた。


「ララン、もう荷物は詰めただろうからって言うのにプレゼントを渡されたの、でもハンカチだからいいかなと思って」婦人警官が渡してくれたのは、この町の伝統の刺繍が美しく施されたものだった。花、鳥、動物、星、月、この世のすべてを描いていた。


「旅なのに・・・もったいないかな」

「そんなことはないわよ、この人の刺繍、凄く人気でね、いざとなったら売れるし」

「おいおい、夢も何もないな、女だろう? 」

「まあ! 最終手段としての事よ、宿代くらいにはなるわ」

「本当? そんなに高いの? 」

「コジョウ、ダメよ、ラランの」

「わかってるって」

「ハハハハハ」

実はラランとリュウリはこの刺繍の主に会っていた。丁度二人きりの時で


「リュウリ君とラランさんね・・・本当にありがとう、それにごめんなさいね。私の父は命色師だったの、その娘の私が・・・知っていながら止められなかった」


「どうか自分を責めることは止めてください、あなただけではありません、多くの人からそう言われました。もともと良い街なのですから、きっとこれからは大丈夫でしょう」


「ありがとう、リュウリ君。私も命色師や聴色師に憧れていたのだけれど、結局刺繍を生業にしているの、四人だったわね、全員分間に合えばいいけど」


「え! 全部で四枚ってことは一人一枚ずつ? ラッキー俺のもあるの」

「一枚リックの」

「何だとコジョウ! 」「ハハハハハ」


楽しい雰囲気だった。一般の人間もという意見も出たが、これからの事もあるので警察内だけにした。ラランの周りには「最後だから」と若い男性警官が集まっていて、それを女性警官が始終監視をしているような状態だった。


この町にとっては、すべてのものがまた元通りの大団円であったが、もちろん彼らも、これから先の命色師たちの仕事が簡単ではないことはわかっていた。


「手伝えることは少ないかもしれないけれど、頑張って」多くの人が言ってくれる中、コジョウとキザンはリュウリがいなくなっているのに気が付いた。

「あれ? リュウリ君は? 」

「あいつ、酒は激弱で、きっとにおいだけで・・・・・」

「ああ、出発の前日はやめておいた方が良かったかな」

「いいですよ、明日はラランじゃなくてリュウリがリックに乗れば」

「馬酔いするかもしれないよ、かわいそうだ」

「ハハハハハ」


みんなで笑ってはいたが、コジョウたちはリュウリのいなくなった理由に想像がついていたので、内心どうしようかと悩んでいた。

すると署長が二人の所にやって来て


「心配しなくてもいい、私が行こう。きっと君たちの誰よりも私がリュウリ君と似ているのだから」すっとにぎやかな部屋から姿を消した。遠くでラランは何かを感じてはいたが前に聞いたキザンの言葉が浮かんだ。


「ラランちゃんはリュウリの保護者じゃない」

そんな中女性警官が耳打ちした


「酔った男の扱い方を心得ておいた方がいいわよ、適度に」

その言葉も人生訓に違いなかった。



 

 酒の匂いと自分の心の何かにむせかえっていたのか、リュウリは食べたものを吐き戻していた。肩で激しく息をしながら、自分のその音がうるさく聞こえて、急に自分の横に署長が来たのも気が付かなかった。


「吐き出してしまえたかね」

「ええ・・・多分・・・・」うがいをして、顔を洗い、二人は外に出た。


「美しい三日月だ、大の月小の月もそろって」


この世界には二つの月がある。小の月は大の月よりもさらに遠くにあり、満ち欠けが複雑だった。リュウリはその言葉に頷くこともできなかった。


「リュウリ君、君と私は一緒だよ、私はマグマ、君は命色、そのことが好きで好きでたまらない。それ以外のことはあまり興味がない、良いのか悪いのかわからないけれど。そうだ、私も今はこうして警官をやっているが、知っているだろう? 何度も試験に落ちてしまった。理由は簡単

「警察官としての力がなさすぎる」だ。

言われたよ「君ほどの知識があるのなら研究者になったらいいじゃないか」とね。でも私は研究者になりたいわけじゃない。もちろんそれもやっては見たいが、数多くのマグマと接したかったんだ。それぞれの個性、警察鳥とそうでないもの、私にとっては夢のような仕事だった。難しいことも色々あったけれど、いやと思ったことはない。でもどうしても、その時はそのことができなかった。君も同じことで悩んでいる、決めかねている、そうだろう? 」


「ハイ・・・・・」

昔はよく命色師の物語を読んでいた。しかし成長するとそれはすべて実質的なものへと変わっていってしまった。技術や、歴史や、父からじかに学べる創色。キザンと話したときに「北の命色師が好き」とは言ったがそれを読んだのはもうずいぶんと前だった。


「リュウリ君、格闘のすべては防御から来ていることを知っているかね? 」

「え? 防御から? 」

「強いものがさらに強くなろうとしたのではなくて、武器を持たないものが持ってない人間に対してどう対処するかということから来ている。北の命色師は表舞台から姿を消したのに、執拗に狙われ命の危機を感じたから強くなった。

学校と一般の命色師の違いは格闘の能力だけ、ということは知っているよね」

「ハイ」

「リュウリ君、残念だけれど仕方がない、決心しなければ。君たちの町はいろいろな意味面ですごいよ、まず犯罪自体がほとんどない。軽犯罪ですらだ。人殺しなんて・・・・もう百年単位でないだろう? だから猶更「人を傷つけたくない、たとえ相手が悪人でも」そう思うのだろうけれど、それでは守れない。仲間を、ラランさんを」


 故郷を出るときにそのことを考えて、体力をつけることはしていたし、危険からの前もっての回避は念入りにしていた。でもあの命色の時のコジョウとキザンの行動は、自分が一番にやらなければならないことであり、何よりあの二人は自然にそれが身についていた。まるで野生動物のように。警察もそのことを考えて、自分をラランから一番遠い所に配置をしたのだ。だから犬に襲われはしたが、誰もケガをせずに済んだのだ、まさに正しい計画だった。


月を見上げ、署長は話し続けた。


「命色師の命を狙うものは悪人だろう、マグマもそうだ。「私はマグマを守ることもしなければならない」そう思って鍛えたよ、今は迷いはない」

そう言ってリュウリの方を見た。リュウリは少し目を閉じて考えていた。


「そうだ、迷っている暇などないのだ、わずかな時に仲間の誰かが傷つき倒れる、そう思っていなければいけない、守らなければ」不思議に力が漲るような気がした。

そうして目を開けて署長を見た時、彼はこう言った。


「そうだ、攻撃は最大の防御だ、守らなければ、君自身も。命色師を失う訳にはいかない。さあ、思い立ったが吉日だ、行こうか? 」


「どこへですか? 」


「格闘の専門家の所だ。私と同じで最近この町にやって来てね、信頼できるよ。私の心からの手向けだ」


「ありがとうございます」


「まあ、私の同僚にはいずれは会うことにはなるだろうから」


ふっとその言葉にリュウリはほほ笑んだ。







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