我らとともに

「ラランちゃん湯加減はどう?」


「ちょうどいいです、こんなところでお風呂にはいれるなんて、最高です」


「うれしいね、ラランちゃんにそういってもらえて、ここでお兄さんに監視されていることを除けば」


「ふふふ、大丈夫だから、リュウリ、休んでいて、自分で湯船からも出られるから」そのあと二人は風呂小屋を後にして、少し離れた旅人用の小屋に入った。


「いい加減機嫌直せよ、悪かったって言ってるじゃないか、当のラランちゃんはまったく怒っていないのに・・・なあ、お前も男だろう、正直に話そうや。ずっと一人で旅しててさ、遊んでるように思われるけど、それがそうでもないんだぜ、その点では悪い噂なんてなかったから、お前もここに来たんだろう?」


リュウリは頷くわけでもなく、目を合わせるわけでもなく、という態度だった。仕方がないことではある。

キザンが二人を見て「相棒」といって桶を下ろしてすぐだった。「かわいい! 待っていたんだよ、俺はキザンよろしく」とラランに抱き着く、というか軽くハグをするようなことをした。それはあいさつの形として許せる範囲ぎりぎりであったが、その秒数が「ごめんあと二十秒・・・」と言ってから長かったので、リュウリがカウントダウンをせざるを得なかった。


「女の子にふれてないんだよ、この若さで、ちょっとでも触れて満足させとかないと、お前俺が爆発して止める自信があるか?」


「・・・禁じ手を使えば・・・」


「・・・その手があったな・・・」


命色師にも危険な技というものがいくつかある、目つぶしのようなものから、体内にしみこみやすい色を健康な人間に命色し、徐々に、というようなものまで様々だ。


「悪かった、でもちゃんと考えているだろう?部屋も小さいけど二つあるものにしたんだから」


キザンが自分たちのことを考えて、この小屋に住んでいるのは明白だった。この場所は練習場と言われているところからは遠く、その近くの方が命色師が専門に使う小屋もあって便利なのだ。


「でも、あなたが先にお風呂に入らなくていいんですか?」リュウリは機嫌、というか、別にそんなに怒っていたわけではないので、そう聞いた。


「キザンでいいよ、優しいな、食料もいっぱい持ってきてくれて。散色師は自分の血を色に変えるから、とにかく体力一番、喰わないといけないは、血液内に色が残っていたら大変だから、命色後は絶対風呂に入らないといけないわ、結構大変なんだ。まあ、命色に関することはラランちゃんが帰って来てから話そう。聴色師って若い子が全然いなくって、学校でも教えていたのは、耳のよく聞こえていないようなばあちゃんだったからさ・・・」と話し終えると、小屋の扉が開いて石鹸の香りがした。


「ありがとうございます、キザンさん。でも今度からやっぱりキザンさんが最初に入った方がいいんじゃないかと思います。散色師なんですから」


「キザンでいいって、俺はラランちゃんって呼びたいからそうするけど、リュウリ君って言った方がいいかい?」


「リュウリでいいです」


「そう、じゃとにかく長風呂してくるわ、リュウリは後から来るといい」と出た。ラランはキザンがかなり離れたのを確認してから


「リュウリ、キザンさんは心配ないと思う」


「心配ないって?」


「その、なんていうのかな、私をラランちゃんて言っているから、猶更そうだと思うのだけど、きっと私はキザンさんの好みのタイプではないんだと思う。だから、きっと一緒でも、二人きりでも大丈夫よ」


ラランも大人になったのか、行く先々で女性たちからいい知恵を授かったのか、リュウリはラランを一人残して早めに小屋を出た。


 小屋を出て改めて気が付いた。ここは荒野の一軒家、もちろんかなり離れた所に小屋も小さく見えるが、このあたりに隠れるような場所は何一つなかった。これもキザンがラランの安全のためにそうしてくれている一つであると、兄としてとてもうれしく思ったが、リュウリは見たいものがあったので急いで風呂小屋に向かった。


 キザンの入った風呂桶はほんの少しだけ濁った感じだった。


「ここ数日命色はしていないけどな、それでもたまっているみたいでさ、見てろよ」キザンはまるでとても重たいものを持っているように、しばらく歯を食いしばっていた。それから「ふうー」と一息はくと、体の表面のどこか一部から、薄いが緑とわかる液体が出てきて、ゆっくりと水と混じり、そして消えていった。リュウリはしばらく言葉が出なかった。

「ごめんな、この後はいるのに」とキザンが言ったが、それにすら、ただ頭を動かして返事をするのがやっとだった。「そこまで驚くやつも珍しいな」と笑うキザンと交代して、リュウリも風呂に入った。


 キザンは終始楽しそうだった。食卓を複数で囲むのが久々であったせいもあるし、彼自身、命色のことが本当に好きなのだとわかった。


「そりゃそうだな、まず俺自身の事から話さないといけないよな、神の怒りにふれなかったところの命色師たちに敬意を表して」幼い頃からのことを話してくれた。

 

 

 この世界に生まれれば、誰でも命色をしてみたいとは思うのだ。「命色をしたことがないと言う者」とは大ウソつきの事である。できた、できないのことではない、誰しも試しはするのだ、人の見ているところでも、そうでないところでも。

キザンの生まれ育った町は比較的大きなところだった。命色師もたくさん行き来しているので、子供たちは彼らにせっつくように「命色して見せて、させてくれ」と頼むのが常だった。そうやって幼い頃何度も試し、出来ないとわかるとどんどん減ってゆく。自分より小さな子ができると、わずかの年の違いしかないのに、プライドがあるのか諦めてしまう子供がほとんどだった。そんな中必ずいる、諦めの悪い子供、それがキザンだった。

「またお前か!」ともうあきれて、根負けした命色師は数知れず、自分が散色師となり、年配の同業者からその時のしつこさを、今になってとがめられる事が多い。誰が誰かは覚えていない、あまりものを書く習慣がないからなのか、だがその時の命色師が語ってくれた話はほとんど覚えていた。言った本人すら忘れているようなものまでだ。

 とにかく夢中だった、できないことは事実としてまるで聖域の山のようにあったが、命色師でもないのに、貯めお金で色を買って何度も試した。そして18歳だったろうか、命色師の学校に入るには遅いような(特に年齢制限はない)年でやっと、できるようになった。


「そん時は・・・逆に信じられなくて、誰かがどこかからやったんじゃないかっって、周りを走り回って確認したんだ」

その言葉をいってキザンは一息ついた。


「もう遅いよ、寝ようか」


「そうですね、今日はいろいろ有難うございました」ラランは感謝をしたが、キザンの声から読み取れたことがあった。あの、命色師の能力が復活した男性が言ったように

「学校に入っても簡単ではなかったのだろう」と。



 久々に雨が降った。雨の日は基本的に命色は出来ない、理由は簡単である、色がものにしみこむ前に水で流れてしまうからだ。リュウリはキザンの散色を見て見たいかったが、昨日の風呂での様子から察すると、しばらくは休んだ方が良いのではと思った。ラランも同様で、キザンの話をゆっくりと聞けると二人は楽しみにしていた。キザンは雨の様子が気になるのか、ぼおっと外を眺めていたが、まるで装うように

「さあ、昨日の話の続きでもしようか」と明るく言った。


「学校に入ったはいいが、これまた苦労の連続でさ、劣等生中の劣等生、先生からは「前代未聞」なんて言われて、誰も味方がいなかった。自分がふがいなくってまあ、荒れてたんだ。ある日、年は俺とおんなじだが、そいつはもう上級クラス、最上級に上手い奴がいてね、俺が一人でいるときにそいつが近づいてきた。嫌味を言おうか、馬鹿にされたら殴ろうかなんて、自分でも嫌になることばっかり考えててさ、そいつが俺に言った


「命色するのが好きか」って。


「なんだこいつ」

って思ったさ、でもバカにしているようじゃなかったからそいつに言ってやった。


「お前は才能も環境も整ってたんだろうが、俺はそうじゃない、ここまでやってきた、何とか自分の力で」


でも正直そのあとが・・・何も言えなくてさ。するとそいつが言うんだ、俺が


「散色師になれるかもしれない」って。


そうなんだよ、俺は細かいことができないんだ、だったらって学校にある散色師の資料を全部読み漁って、それからさ、上手くいきだしたのは」


表情が明るくなった。


「では、その方が恩人なんですね」

「恩人、今は友達だ」

「いいなあ、命色師同士の友達って」

「俺たちは友達じゃないのか、ねえ、ラランちゃん」


「違います」


はっきりとしたラランの声に男二人はぎょっとした


「仲間です、だって相棒ってキザンさんがおっしゃったんでしょう」



 そのラランの言葉に二人は驚いた。だが、すぐに理解はできた。ラランは聴色師、一人では命色は難しいのだ。聴色師には色々なタイプがいる。一人の命色師だけとペアを組んで一生を過ごすもの。いろいろな人と一時的にでも仕事ができるもの。リュウリは知っていた。ラランが後者を目指していることを、誰とでもいっしょに出来なければ、救うものも救えないと心の奥で強く思っていることを。


「そうだね、ラランちゃん、うれしいよそう言ってくれて。俺たちは何人かの仲間で行動した方がいい。ラランちゃんを守るため、この世界を守るため。この世界が危機に陥った時には、何人かの志を同じくする者がいなければどうしようもないから」


「危機に陥る・・・」そこでリュウリはいうのをやめてしまった。


「リュウリ、こればっかりは仕方がない。お前も何かをしなければならないから、平和な自分たちの町だけに留まっていても仕方がない、と思ったからラランちゃんといっしょに旅をする覚悟を決めたんだろう? それは正しいと言う他ない」

キザンは一度立ち上がった。そして締め切っていた窓を開け外の空気をいれ、空を見上げた。


「ラランちゃん、このまま雨が降ると思うかい? 」

「はい、数日続くと」

「それじゃあ、話をしよう、できるだけ詳しく、俺が知っている、昔と今のことのすべてを」

 


 


 人間の過ちは何度も繰り返されたが、その中、やはり一つのまとまった形になった。それぞれの大陸に国ができ、王たちはこぞって優れた命色師を抱えるようになった。だが、領土拡大の戦争は白化したものを結果的に増やすことであった。何故なら武器は、山の鉱石からしか作れない。無理やりに聖域の山からということが横行し、そして究極的なものが作られた。


「透明の剣、ですよね」


「そうだねラランちゃん、怖いことだ」


「でも、そんなに切れ味は良くなかって」


「俺もそう聞いてる、一度だけ保管されているのを見せてもらったことがある」


「本当に? 」リュウリもラランも驚いた。何百年も前のものだ。


「ああ、透明に近いかな、すりガラスみたいだったから」



この剣が実際に武器として使われた記録はない。だが皮肉なことにこの剣が、総ての大陸を混沌と混乱の時代へと導いてしまう。


「その当時、現在の東西南北の命色の名家も王国に仕えていた。だが聖域の山から出来た剣だ、命色師としては命取りになりかねない。「その剣は危険だ」と言ったが、どの王も聞こうとはしなかった。俺ももう何百年前のものですら、やっぱり何か吸い取られているように感じたよ。出来立ての透明の剣の力は絶大だったはずだ。その当時は実際体を壊した命色師も続出した、だからこの四家は話し合い、ほとんど時を同じくして表舞台から姿を消した。絶海の孤島や山の奥の奥、誰も踏み入ったことのないような所で二百年近くを過ごし、王のそばにはそれぞれ新しい命色師が就いたがそいつらは」


「命色師じゃなかった」


「そう、リュウリ、奴らは野心家のペテン師、そいつらを重用している間に、王家はどんどん滅んでいった。透明な剣に守られているというのは要は白化したものと始終一緒ということだから、健康を害し、後継ぎも幼くしてなくなってしまった。そうなるように奴らが仕組んだのかもしれない。そうしてそのペテン師たちが国を乗っ取ったが、長続きするはずもない、百年以上にわたり混乱が続いた。王家の末裔だ、そうじゃない、どうでもいいことさ。その間まあ、それぞれの命色の家は・・・

ねえ、ラランちゃんはやっぱり西の家が好きなんだろう? 」


「はい、優れた命色師の女性がたくさんですから」

「お前はどこがいい? リュウリ」

「僕は北です、颯爽と現れて消えていくじゃないですか」

「でもバレバレだぜ、俺はだったらさばさばしている南の方がいいな。「もうちょと自分たちで何とかしろ! 」って捨て台詞の方がかっこよくないか」

「フフフフフ」

「ハハハハハ」

「アハハハハ」



「可哀そう、我らが東の名家は人気がなくて」

「そんなことありません、彼らが救ってくれたんです、そうでなければこの世界はありませんでした」

「そう? 聖域の山に色を付けた大馬鹿、大罰当たり者、だ」



 この時期東のモウ家は、争いの根源である「透明の剣」が作られる特殊な鉱石に、色を染み込ませ、これ以上作らせないようにと世界中を飛び回っていいた。しかしこれは命色師としての命を引き換えにしたことであり、このことがほぼ終えようとする直前、すべての名家の代表は集まり、今までその家にしか伝えていなかった命色の技術を教えあった。途絶えようとしていたモウ家は北の薬草で命を取り留め、今に至ることとなった。


「だから、東の家が一番今は大きな顔をしてるってとこかな」

「確か、息子さんが学校に」

「いたよ、なんで来たんだって思った。先生がかわいそうなくらいできるんだから。虫もできるしな、先生も完璧にはできないのに」


「虫? 難しいですか? 」

「リュウリは得意よね」

「はあ? 虫が命色できるの? えー! 見たい! やっぱりすごいなあの町は、技術が普通じゃないとは聞いていたけど」


ふと老師のことをリュウリもラランも思い出した。


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