3 桐生院 麗ができるまで3

「あ、帰ってたんだー。」


家に帰ると、ノンくんとサクちゃんがいた。

今日を待ち焦がれてたクセに、それを見せないあたし…

相変わらず、可愛くない。



「おかえり。」


久しぶりの姉さんに、少しだけ照れくさくなって。


「…ただいま。」


無愛想に答えてしまった。


でも…

家族が多いって、いいな。

最近そう思えるようになった。

…あたしも、早く結婚して子供が欲しいな。


そしたら…誓のことも、ふっきれるんだろうけど…


ずっと、昔から。

あたしは、弟のちかし以外の人を好きになったことがない。

…かなり問題ありよね…



「今夜はお寿司でもとりましょうかね。」


おばあちゃまは、ご機嫌。

あたしはノンくんの手を持って。


「もちろん特上にしてくだちゃいねー。」


腹話術のように言ってみせる。


「はいはい。」


みんなが、笑った。

なんだか…優しい空気。

こんな中でなら、あたしも…笑えるかもな…。



* * *



「…あ。」


思わず、立ち止まってしまった。

学校帰りの公園。

神さんが…ベンチに座ってる。

ど…どうしよう。

向き変えて帰るのも、何だか…ヘンだし。

あたしがカバン抱えたまま考えこんでると。


「…よお。」


神さんが、あたしに気付いた。


「…こんにちは…」


少し…痩せたかな。

TOYSが解散してしまってからというもの、神さんは全然テレビに姿を出さなくて。

それでなくても、わが家では神さんの話はタブーになってる。


「久しぶり。大人んなったな。」


寂しい笑顔の…神さん。

あたしは、ゆっくり神さんに近付く。


「学校の帰りか?」


「…うん。」


なんとなく…話したいと思った。

そこで、あたしはベンチに座る。


「…今、何してるの?」


「仕事?」


「うん。」


「なあんにも。」


「…何もしてないの?」


「ああ。」


神さんは頭の後ろで両手を組むと、空を見上げて。


「何をしたらいいか、分からなくなったんだ。」


って…珍しく、弱気な発言。


「…姉さんに、会った?」


遠慮がちに問いかける。


「…いや、会ってない。」


視線は、空を見上げたまま。


「あいつは、えらいよ。辛そうな顔して向こうに行ったけど、頑張ったもんな。」


「……」


「俺は…合わせる顔がない。」


「神さんらしくないね。」


「俺らしくないー…か。」


あたしは、神さんを見つめる。


「ねえ、神さん。」


「ん?」


「姉さんのこと、まだ好き?」


その問いかけに、神さんはあたしを見つめて。


「もう、俺は知花ちはなにとっては過去の人間だ。」


って…


「……」


「俺は、知花ちはなを不安にさせたままだった。何も…してやれなかった。そのうえ、今こんな状態じゃあな。」


「じゃあ…頑張って会えばいいじゃない。」


「…何のために歌えばいいのか、分からなくなったんだ。」


「神さん…」


「ずっと、自分のためだけに歌ってきた。でも、自分のためだけに歌うことは自分の力にはならないって言われてさ。全く、そうなんだよな…でも、じゃあ…何のために歌えばいいんだって。」


「…姉さんのために歌えば?」


「俺には、そんな資格ないさ。」


「……」


どうしよう。

極秘なんだけど。

わが家のトップシークレットなんだけど。

こんな神さん、ほっとけない。

姉さんだって…忘れたふりしてるけど、絶対神さんのこと…



「…何?」


小さく笑った神さんに問いかけると。


「いや、おまえ…知花ちはなのこと「姉さん」って呼んでるなと思って。」


「ああ…」


鼓動が逸る。

打ち明けて…神さんが立ち直ってくれるとは限らないのよ。

でも、あたしの心は決まってしまった。



「神さん…」


あたしは、意を決して神さんを見据える。


「何。」


「姉さん…………子供…産んだの。」


「…え?」


あたしの言葉に、神さんは一瞬絶句して。


「…結婚…したのか?」


頭の後ろで組んでた両手を、おろした。


「…ううん…」


あたしが首を横に振ると。


「…結婚してないのに…子供を産んだって…」


「……」


「…誰の…」


神さんは、何か言いたそうな…だけど、あたしの顔色を見てる。

あたしは、涙が浮かびそうになってしまった。

神さんは、姉さんのこと…ちゃんと、想ってくれてるんだ。



「神さんの、子供。」


あたしがキッパリ言うと。


「…俺の…?」


神さんは髪の毛をかきあげながら。


知花ちはなが…俺の子供を…?」


信じられないような口ぶりで、繰り返した。


「大変だったのよ?離婚の後、父さんに勘当されて…姉さん、アメリカに行って妊娠に気付いて…双子を産んだの。」


「……」


七生ななおさんから連絡もらって、みんなで慌ててアメリカに行って…そしたら姉さん、もう神さんとは違う道を歩いてるから、このことは言わないでって。」


「……」


神さんは、呆然。

そりゃ、そうか…

別れた妻が自分の子供を産んだ…って、突然聞かされたら…。



「…今、うちにいるよ?」


「……」


「お願い…もう一度、歌って?そして…会いに来て。」


「…ますます…今の俺じゃ合わせる顔がないな…」


「神さん…」


神さんは立ち上がって。


「ありがとな。」


あたしの髪の毛をクシャクシャっとした。


「いつか、知花ちはなに胸を張って会えるよう…やってみる。」


「…神さん…」


「しばらく時間がかかるかもしんないけどな。」


あたしも立ち上がる。

神さんをじっと見つめて。


「頑張って。」


思いを込めて、言う。

すると、神さんは。


「本当に、ありがとな。」


あたしの肩を抱き寄せて…そう言ったのよ…。




* * *



「…え?」


あたしは、おばあちゃまを振り返る。


「だから…今日、うらら千里ちさとさんと話てるの、聞いてしまったんですよ。」


「あ…あたしと神さんが…って、公園で?」


「ちょうど、私も展示会の帰りでね。公園で二人を見かけたから。」


「……」


バツが悪くて俯くと、おばあちゃまは予想外の事を言った。


「それで、あなたが千里ちさとさんと別れたあと、私も話しました。」


「…おばあちゃま…」


てっきり…秘密をバラした事を叱られると思ったのに。

まさか、おばあちゃままで神さんと話したなんて…


「来週、子供たちと会わせる約束をしたんですよ。」


「えっ!?」


展開の早さに、思わず口が開いたままになってしまった。


「これで、少しでも千里ちさとさんが仕事に復帰できて…知花ちはなを迎えに来てくれればって思うのですけどね…」


リビングからは、姉さんと子供たちの笑い声。


「いいですか?くれぐれも、知花ちはなには内緒ですよ?」


おばあちゃまが、声をひそめて言った。


「…わかってる。」


あたしも、声をひそめる。


そこへ…


「何が内緒?」


ふいにちかしが声をかけて、あたしとおばあちゃまは飛び上がるほど驚いてしまった。


「び…びっくりした。何だ、ちかしか…」


あたしが胸を押さえてると。


「何、コソコソして。」


ちかしは、怪訝そうな顔。


あたしとおばあちゃまは顔を見合わせて。


「…こっちにおいで。」


一番奥の部屋にちかしを連れ込む。


そして…


「…協力するわよね?」


「もちろん。」


ちかしをも、巻き込んでの「神さん応援計画」は進められて行ったのよ…。




* * *



「こんにちは。」


おばあちゃまが優しい声で言うと、神さんはハッと顔をあげてベンチから立ち上がった。


「…こんにちは…」


緊張してるのか、神さんは…らしくない顔。


「今日は、お約束通り子供たちを連れてきました。」


「…知花ちはなは…このこと…」


「知りません。今日からレコーディングだとか言って帰りも遅いですから、ゆっくり遊んでやって下さい。」


おばあちゃまがそう言って。


うらら。」


あたしを、呼んだ。

あたしは、ノンくんとサクちゃんの手をひいて、神さんに近付く。


「……」


神さんは、無言で子供たちを見つめる。


「…あなたの、子供ですよ。」


おばあちゃまが、そう言うと。

神さんは、ノンくんとサクちゃんの前にしゃがんで。


「…名前は?」


優しい声で、問いかけた。


「…かろん。」


「…しゃっか。」


二人が、あたしの後ろに隠れながら遠慮がちに答えた。


「こっちが華音かのん、男の子です。こっちは咲華さくか、女の子。」


あたしが、二人の頭をなでながら言うと。


「すぐにはなついてくれないと思いますけどね…血がつながってるんですから…きっと、何か感じるものはあると思いますよ。」


おばあちゃまが、優しい目で神さんに言った。


「…目元が、知花ちはなにそっくりだ。」


神さん、目が潤んでる。


「でもね…」


あたしも、しゃがんで。


「だんだん神さんに似てきたなって思う。」


小さく、つぶやく。


「…知花ちはなは、いつも子供たちの寝顔をずうっと見つめてますよ。」


「……」


おばあちゃまの言葉に、神さんは目頭を押さえてうつむいてしまった。


「神さん…」


あたしが声をかけようとすると…


「……」


ノンくんとサクちゃんが、神さんに近付いて、髪の毛に触れた。

神さんが、驚いたように顔をあげる。


「…よしよし…って、言ってる。」


あたしは、涙目で笑う。


「…え?」


「泣かないでって。」


「……」


神さんは、きっと姉さんにも見せてないであろう涙をぬぐうこともできずに。

二人を抱きしめたのよ…。



* * *



「ねえ、うららはなんでそんなに母さんが気に入らないの?」


さくらさんが、アップで迫ってきた。

二人きりになるのは避けようって思ってたのに。

つい、夕食の片付けをしてたら二人きりになってしまった。


さくらさん。

姉さんの、母親。


姉さんを産んですぐいろんな事情で行方不明になって。

この度、わが家に帰って来た。



「…気に入らないって言ったら?」


あたしが不機嫌に答えると。


「気に入ってもらう。」


さくらさんは、不敵な笑顔。


17で姉さんを産んだだけあって、まだ若い。

よくしゃべり、よく笑う。

さくらさんが帰って来て、家の中が明るくなった。

それは、すごくいいことだし…素敵な女性だってことも認める。


でも、ここであたしがこの人を母と呼ぶと…

あたしの本当のお母さんが、かわいそうな気がする。



「ねえ、母さんって呼んでよー。」


「あたし、宿題があるんで失礼します。」


さくらさんの問いかけを無視して、あたしは立ち上がる。


もう。

しつこいったら。



うらら。」


あたしが部屋に入りかけると、おばあちゃまが仏間から手招きした。


「…何?」


「いいから、いらっしゃい。」


「……」


無言で仏間に入ると、おばあちゃまは仏壇の前に座って手を合わせた。


容子ようこさんに遠慮して、さくらを認められないのかい?」


「…えっ?」


見透かされたようで、驚く。


「座りなさい。」


「……」


おばあちゃまに言われて、正座する。

遺影の母さんを見上げると、少しだけ切なくなった。



「この前からね。」


「?」


「この前から、さくらが毎日容子ようこさんの遺影に話しかけてるんですよ。」


「さくらさんが?」


「そう。まるで友達に話しかけてるみたいにね、返事がないってわかってても、うららちかしのことを笑いながら喋ってみたり…そうかと思えば、くじけそうなんだって涙ぐんでみたり。」


「……」


思わず、あたしは口を開けたまま。


…どうして?

どうして、そんなことするの?


「…さくらは、本当におまえたちの母親になりたいんですよ。」


おばあちゃまが、静かな声で言った。


「だって…」


「さくらは、容子ようこさんに辛い思いをさせたって、そう思ってるからこそ…そうやって話しかけてるんでしょうね。」


「さくらさんが?どうして、そんなこと思うの?」


「…本当に、家族になりたいからこそ、そう思うんですよ。自分が容子ようこさんと同じ立場だったら…って。そんな思いをさせてしまった根元は、全て私と貴司たかしにあるのに…」


「……」



不思議。

あんなに悲しいイメージしかなかった母さんの遺影…

なんとなく、笑顔に見える。


あたしが心を開かない限り…

おばあちゃまと父さんまで、ずっと罪の意識を背負ってしまうのかな。



うららの気持ちも分からなくはないから、無理強いしませんよ。」


振り返ったおばあちゃまは笑顔。

あたしは…少しだけ首を傾げて言った。


「あたしのスリッパ返してくれたら、考えてみるわ…」



* * *



「…神さんて、子煩悩だったのね。」


「全くね。」


あたしと、おばあちゃまは笑う。


結局。

家族全員で共謀して行われている「神さん応援計画」。

最近では、姉さんがいないのを見計らって、家に来てもらっている。

そこで、神さんは子供たちと大はしゃぎ。

ずいぶんイメージが…



華音かのん!」


「きゃー!」


子供たちが笑うのが嬉しくてたまらないらしい神さんは。

毎回、いろんな物を持参する。

服だったり、おもちゃだったり。

子供グッズ専門店「カナリア」のスタンプが、もうすぐいっぱいになる。なんて、以前からは考えられないようなことで喜んでる神さんは、どこから見ても父親の顔。


姉さんも、きっと気付くはず。

自分にとって、一番大切な人は誰かって。


…あたしも、変わらなきゃいけない。

母さんが憎んだ人を、あたしは…愛してあげよう。

今、体はここになくても、きっとどこからか見てくれてる母さんも。

その方が…きっと楽になれるはず。



千里ちさとさん、元気だなあ。」


さくらさんが笑いながら、おばあちゃまの隣に座った。


「見かけによらず自転車通勤だもんね。体力あるわよ。」


あたしがお茶を飲み干してそう言うと。


「可愛くて仕方ないんですよ。我が子が。」


おばあちゃまが目を細めて言った。


「そうよね…また、手がかかって可愛い頃だしね。」


さくらさんのつぶやき。


さくらさんは、姉さんを産んだけど、育ててはいない。


「もう一人産みたいー。」


なんて、父さんにお願いしてたけど。



貴司たかしさんも、うららたちをあんな感じであやしてた?」


優しい目。


貴司たかしはオロオロしてばかりでしたよ。」


「じゃ、容子ようこさんが?」


容子ようこさんと私もオロオロしてました。」


珍しいな。

おばあちゃまが、昔のこと喋ってる。



「じゃ、誰が?」


知花ちはなが歌を歌ってやったり、絵を描いたりしてやってましたよ。」


知花ちはなが?」


「姉さんが?」


つい、さくらさんと同時に言ってしまった。

同時に問いかけられたおばあちゃまは、あたしとさくらさんを交互に見て。


容子ようこさんは産後の肥立ちがよくなくてね。それでなくても、うららちかしはよく泣く子で、私も貴司たかしもオロオロして。」


「泣き虫だったの?あたし。」


「そう。そのたびに、知花ちはながよく分からない歌を歌って…それでもうららたちは泣き止んでたから、私たちは助かってました。」


「……」


そうだったんだ…



「いいなあ、可愛かったんだろうな。うららのちっちゃい時。」


さくらさんが、あたしの髪の毛を引っ張って言った。


「…ちっちゃい時って言い方、おかしくない?」


「そうかな。」


あたしとさくらさんが、そんなこと言ってると。


「ただいまー。」


玄関から、姉さんの声。


「!」


あたしたちは顔を見合わせる。


「うっうらら、玄関へお行き!さくらは千里ちさとさんに!」


おばあちゃまが指令を出して、あたしたちは駆け足で行動に移る。


「ど・どーしたの?姉さん。今日、遅くなるんじゃなかったの?」


さりげない顔で、玄関に向かうと、姉さんは靴を脱ぎながら。


「どうしたのって…用が早く終わったから…」


少しだけ、怪訝そうな顔。

ドキドキしちゃって、次の言葉が浮かばない。


「それより、髪型についても何か言ってよ。」


そう言われて姉さんの髪型を見ると、なるほど…今までになくショートカット。 

気が動転してて、そんなことも気付かなかった。


「あ、うん…似合う。」


あたしは、慌ててそれだけ言うと。


「母さーん、姉さん帰ったわよー。」


大声で、母さんを…



はっっ。



あたし、今…


ますます気が動転して、バタバタと和室に向かう。

後はおばあちゃまに任せよう。


和室に向かうと、神さんが帰り支度をしながら。


「今日のおまえは、格別にかわいいな。」


って、あたしの頭をなでた。


「え?」


キョトンとしてると、神さんの後ろで。


「も一回。もう一回言って?」


って、涙ぐんでるさくらさんが言ったのよ…。



14th 完

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いつか出逢ったあなた 14th ヒカリ @gogohikari

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