第8話


理解ができなかった。

思考が停止して、動くことを拒んだ。

仕事をしない。

役に立たない。

どうしてなのかわからないけれど

頭がほとんど動きを終了させてしまったかのようだ。

誰かに必要とされたという事実が。

久しぶりのその感覚が。

こんなにも心地いのだなって思い出した。













少し昔の話をしよう。

僕と杉本の出会ったときの話を。



どこまでも漆黒で明るくて、どこか冷たさを感じるのに心の内に暖かい温もり。

夜空で一際美しく強く光る星があるならば彼なのではないだろうかと思うくらい

杉本は明るかった。

いや、世間一般でいう明るいうるさい存在といのではなく静かな明るさというのだろうか。杉本の明るさは、花葉色や、金茶色のような色の明るさだ。

杉本の笑顔は眩しくて明るくて。

僕の今までの世界には存在しなかった。

だから惹かれたのだ。

尊敬した。憧れた。

こいつとなら一緒にやっていけるのではないか、なんて。

ずっと親友という存在で入れるのではないだろうかなんて。

子供ながらに、幼いながらに思っていたのであった。

いや、実際その仲は今でも続いているのだけれど。

まぁ。本人には絶対言ってやらないが。

昔、確かに自分へと笑いかけてくれる人はいた。

親戚や両親、同じ組の子供達など。

確かにその存在は探せばたくさんいたのかもしれない。

でもそれは作られたものだった。汚く醜いものだった。

でも、その中で杉本の笑顔だけは違う。

いや、違ったのだ。

キラキラしていて輝いている。

どこまでも透明で、素敵なものだった。


「どうしたらそんなふうになれんの」


なんて問いかけてみる。

そんな僕の顔を見ると杉本は笑った。

いつもみたいに。キラキラと。

眩しくて、素敵なその笑顔で。


そして言ってきたのだ。


「なら、俺の真似をしてればいい」





どれだけ頑張っても僕の笑顔は杉本のようにはならないけど

でも、笑うってこんなに楽しいんだな。








その瞳は深い深い夜のように黒い。

例えるなら深い眠りにみんながつくであろう深夜の澄んだ星空のようだった。

燃えるような夕焼けがなりを潜めた静かな夜空を切り取ったような

どこまでも綺麗なその瞳が僕を射抜いて離さない。

離すことなど許されないかのような。



「翔」



どこか舌っ足らずで。

でも芯のある低音が耳に溶け込む。

冷たいように聞こえるがでもどこか暖かく優しくて。

子供のようで大人なその声は。

心地が良い。

でも、その心地良さが怖い。

いつか終わるのではないだろうかと。

萎縮してしまう。

いつかどこかに消えてしまうのではないか。

その声が自分に向けられることはなくなってしまうのではないか。


「なんだかんだお前はすごいやつだよ

頑張り屋で、真面目で、周りが見えてる」


「頭が悪いのが難点だけど、な」


顔が熱くなるのがわかる。

褒められた、それを理解するだけでこんなにも頬が熱い。

熱でも出てるのだろうか。

そう思うくらいに、赤くなる。

窓の外の燃えるような夕焼けと同じように。


なんだ、この感情は。

わからない。

僕にはわからない。



「喜んでるんだ、顔が赤いよ?」



よろこんでる?

これはよろこび?

なるほど。

ねぇ杉本、僕、嬉しいよ。

お前の目に映っている僕はきちんと喜べてますか?











感情っていうものがわからなかった

心というものがなかったのかもしれない

親に、親戚に、否定され続けていたせいか

自分の存在すらもわからなくなっていた。

生きている意味さえも

存在価値というものさえも

よくわからなくなっていた。






嬉しいって何ですか

笑うって何ですか

喜ぶって何ですか

悲しいって何ですか

苦しいって何ですか

怖いって何ですか

怒るって何ですか

辛いって何ですか


感情って何ですか



感情なんてわからなくなってしまった。

いつの間にかだった。

使わなくなった途端に忘れてしまったのだ。


親からの愛というのは誰しも無条件に与えられる愛のことである。

親は子を愛し子は親を信頼する。

それが普通。

それが当たり前。


そんなことを思っていたあの頃はまだ感情というものが自分の中にもあったのに。






なんて考え込んでいれば相手の言葉でハッとする。



「いつぶりだ?やっぱあの最後は2人して遅刻して怒られた時かな?

その後どこかで会ったことあったっけ?」

「ないよ、それが最後であってる」

「やっぱりかぁ、、なんか変な感じするねこうやってこんな感じで会うと。

てか何でそんなにびっくりしてるの?馬鹿なの?あぁ、馬鹿だったね。」

「うるっせぇ」


相変わらず距離感というものを知らないこいつは話をどんどんと先へと進めていく。

こいつ、こと、杉本は、友達百人作るのが夢だとか言っちゃうようなやつでそれでもそれが許されてしまうほどのキャラクター性があった。

それほどのフレンドリーな存在だった。

クールで冷たいような印象を受けるのになんだかんだいいやつでそんなやつと僕がなぜここまで話しているかと言えば家が近所の幼馴染、という間柄だからである。

何から何まで正反対の僕らだが幼馴染みという間柄なのでそれなりに長い時を共に過ごしている。

なんだかんだ言っているが、僕自身、こいつと話すのは特別嫌というわけでもなく、何と無く空気感が心地いいので遠ざける事はしていないのである。

でも、今はそこじゃない。

もう色々と起こることがでかすぎてもうもはや何なのかもわからなくなってきたし

何を聞きたいのかもわからなくなってきた。


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夢のカタチ 天崎 瀬奈 @amasigure

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