祝福
それは、愛しい人を失った哀れな竜の悲しみだった。竜は世界樹のいないこの世界に絶望し、世界樹を枯らした自分の存在に絶望し、世界を焼き尽くそうとしてる。
――それは違う。
竜の中にいる『もう1人』が声をかけても、竜は応えない。もう、愛しい人はこの世界にいない。ならば、こんな虚しい世界に何が残るのだろうか。その人が新たな命を残していたとしても、それは自分の愛した世界樹ではないのだ。
白き竜は涙を流しながら世界を焼く炎を吐く。その炎を吹き飛ばすものがあった。
白き竜の青い眼が見開かれる。
金の眼でこちらを睥睨する黒き竜が、灰にけぶる空を飛んでいた。その背には、新緑を思わせる髪を靡かせた乙女がいる。
その乙女から世界樹の香りがした。
ああ、彼女が帰ってきたと竜は思う。でも、姿かたちは似ていても、彼女は自分の愛した世界の礎ではない。自分の愛した世界樹ではないのだ。
だから、彼女の残り香である乙女に白き竜は牙を剥いていた。
咆哮をはっし、竜はかつての仇敵であった黒き竜へと躍りかかる。黒き竜はそんな白き竜の首元に喰らいつくのだ。
血しぶきがあがる。白き竜は咆哮を放ちながら、大きく眼を見開いていた。
その眼に、あの乙女が駆け寄ってくる。
「アッシュ! アッシュ! 目覚めて!」
黒き竜の背から跳び下り、彼女は白き竜の顔めがけて降ってくる。鳶色の眼は力ずよく輝き、白き竜をしかと見つめていた。
――ああ、今行くよ。グライン。
竜の中の『もう1人』が彼女に語りかける。それほどまでにもう1人の自分は、新たな世界樹を愛しているのだ。
かつて、白き竜がそうだったように。
――頼む。僕のことは消してもいい。グラインにもう一度だけ、会わせてくれ。
それが『もう1人』の望みなのかと白き竜は悟る。世界樹の滅んだ世界に自分は未練などない。けれど、もう1人の自分はその残り香を愛し、その残り香たる乙女もまた、自分の中の『アッシュ』を求めている。
自分が、世界樹を求め続けたように。
ならば、自分は愛した世界樹のもとに行こう。もう1人にすべてを託して。
そっと白き竜は眼を瞑る。
そうして彼は、アッシュにすべてを委ねた。
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