乙女ゲームのモブ姉・田端あやめの場合 前編

目隠し風前髪で顔を隠している乙女ゲームモブ田端あやめ。

卑屈で根暗で性格がひねくれた彼女は弟が入れない女子校に入学して平穏に暮らしていた。だが、その生活は一変。

あやめと和真がとっても仲が悪いです。ご注意ください。

ーーーーーーーーーーーーーーー


「ごちそうさま」

「…あやめ、前髪長すぎるんじゃない? 目が悪くなるから少し切ったらどう?」


 母さんの指摘に私はピクリと肩を揺らした。


「…いいの。私ブスだから顔を晒さないほうが楽でいられるの」

「あやめ…」

「いってきます」


 また母さんが悲しそうな顔をしている。

 悲しそうな顔をするくらいなら私をもっと美人に産めばいいというのに。

 美人な母さんにはわからないでしょうね。容姿のことで貶されたことがないんだから。


 高校受験を終えて早くも一年が経過した。

 わざと公立高校の受験をエスケープして滑り止めの女子校に入った私だけど、学校では至って平和に過ごせている。

 なんていったって男子がいない。

 つまり弟もいないし、中三の時のクラスメイトは誰ひとりとしていない。

 女子校のクラスの中にもいろんな派閥があって、女子校特有の煩わしさはあるものの、一年も経てば上手な渡り方を掴めてきた気がする。



「あやめちゃんって兄弟いたっけ?」

「…いるよ弟が。…仲良くないけどね」

「そうなの? えーかっこいい?」

「…さぁ、どうかな…」


 弟は希望通り私が受験する予定だった公立の進学校に進んだ。

 受験前、弟が全く勉強をしていない様子をみて私は苛ついたものだ。私は死に物狂いで勉強していたというのにどうしてあいつは軽々とこなせてしまうのだろうか。昔から何をしても弟は出来てしまう。

 本当同じ血が流れているとは思えない。



 家と私の通う高校の間には私が受験エスケープをした公立校の最寄り駅があるのだが、登下校中にそこの制服を着た人を見かけることがある。

 その時いつも入試の時のあの人を思い出すのだ。



「い゛ででででで!!」

「…今、何をしていた」

「………」


 そして今、私は思わぬ人物に助けられたばかりである。

 私は大人しそうに見えるからかよく電車内で痴漢に遭う。なるべく痴漢に遭わないように女性のいる場所に行ったり、ドア側に立ったりしているのだけどいつもターゲットになる。

 すごく嫌だけど、声に出して反撃する勇気のない私はいつも泣き寝入りをしていた。


 男子高生によって駅員に突き出された痴漢。常駐していた鉄道警察の軽い取り調べの後、助けてくれた相手に私はお礼を言った。


「ありがとうございました…」

「……君は…間違っていなければ、一年前うちの高校を受験しに来ていなかったか?」


 なんと彼も覚えていたようだ。

 できれば忘れていて欲しかったのだが、私に最悪な印象を持っていただろうから無理もないか。


「その節は多大なご迷惑をおかけして…」

「いや、君にもなにか事情があるのだろう。…弟がとかなんとか言っていたから」

「……すみません、私帰らなきゃ。失礼します」

「あ、」


 知らない人にこれ以上追求されたくなくて私は別れを告げるとそそくさと退散しようとしたのだが、彼にパシッと手首を掴まれた。


「………」

「あ、すまん。びっくりさせたか。…迷惑じゃなければ送っていく。君は痴漢に遭ったばかりだし」

「…大丈夫です。慣れていますから」

「慣れるって…」

「…本当に大丈夫です」


 正直、知らない男性に送ってもらうのは怖い。彼は善意のつもりなんだろうが、余計なお世話である。

 ……それに彼のような整った顔立ちの人の隣に立つのは劣等感を刺激されるからとっても嫌だ。

 彼の手を振り払うようにして私は小走りで駅を出た。彼が追いかけてきていないのを確認するとホッとしてゆっくり歩き出した。


(…学校を出るとやっぱり息が詰まりそうだな…)


 家には弟がいる。

 嫌でも顔を合わせないといけないその現状が私はとっても息苦しかった。



★☆★



 季節は早くも夏を迎えた。

 夏休みに入ったが、私は特になにか変わったことをするわけでもない。

 高校はバイト禁止だし、インドア派だから外に出てなにかするわけでもない。

 学校の友達と夏祭りに行く約束はしたものの、その他は変わった用事はない。去年から私は親戚の家に行くことはなくなったし大分心は楽になった。その間私は一人で留守番なので気楽でいられるし最高だ。


 今年も快適に過ごせるんだと思っていたんだけど……そうはさせてくれなかった。



「本当に、本当に申し訳ございませんでした!」

「お母さんがどうしてもって言うから今回は大目に見るけどね……」


 警察から連絡が入ったのは深夜。

 弟が喫煙と飲酒をしていた所を補導したとのことだった。

 弟が最近荒れ始めたのは気づいていた。

 期末テストの結果が大分悪くて両親に叱責されていたのを見かけたが、それから日に日に素行が悪くなっていたから。

 だけどまさか、そういった非行に走るとまでは思わなかった。


 親が頭を下げているというのに弟は不貞腐れた態度で全く反省した様子はない。

 それを見た私は弟に嫌悪感を感じた。

 だけどそんなの序の口で、それで反省するわけでなく夏休みなのをいいことに無断外泊が増えたのであった。


 まぁ私としては弟がいなくて家が快適と思っていたのだが、警察、高校、ご近所さんから指導・苦情を言われ、頭を下げる親の姿を何度も見かけるようになってくるとこれはもう駄目だろうと思った。

 人は完璧じゃないから悪い事の1つや2つはするだろう。だけど最近のあいつは限度を超えていた。

 

 親が人に頭を下げる姿を見るのは気分が良くない。しかも下げさせている本人には反省の色が見えない。

 元々嫌いだったけど、私は弟の事が更に嫌いになった。

 親に申し訳ないと思わないのか。何が不満でグレてんのか。学生の分際で親に養われている立場で偉そうに反抗して。

 あいつのああいう舐め腐った態度が腹が立つ。

 容姿に恵まれ、頭も良くて、何も憂いもない人生だろうに。

 何が不満なんだ。成績なんて勉強しなかった自分が悪い癖に。


 私の中の弟に対するヘイトは過去最高潮に溜まっていた。



★☆★


「ごめんっお母さんがぎっくり腰になっちゃってさ、私が家事しないといけなくなって」

「いいよいいよ。お大事にね」


 夏祭りに一緒に行く予定だった友達が急遽行けなくなってしまった。私は既に浴衣に着替えてしまっていたので、どうしようかしばし迷ったが着替えるのも勿体ないので、一人で祭りに参加することにした。



 一人だと寂しいし味気がなかったが、私は自分の好きなさつまスティックを購入してそれを食べながらお祭りの出店を冷やかしていた。


「もうすぐ花火があるからいこう?」

「…いいよ俺は」


 金魚すくいをする子どもたちを眺めていた私の耳に聞き慣れた声が聞こえてきた。

 そこには女の子と一緒に歩く弟の姿があった。


 弟は今回一週間ほど帰宅しておらず、両親がひどく心配していた。連絡も繋がらず、弟がどこで何をしているかわからない現状だった。

 …親を心配させて、ご自分は女とデートですか。いいご身分ですこと。


 …ホント忌々しい弟だ。


 私は浴衣の裾が乱れるのも気にせず大股で弟の背後に近づくと後ろから奴を蹴っ飛ばしてやった。

 まさか後ろから蹴られるとは思っていなかったらしい和真はずっこけそうになっていた。ザマァ。


 バッと振り返った弟だったが、私がやった事だと知ると目を白黒させていた。

 だろうね。私が暴力振るうなんて初めてだもんね?


「な、なにするんですか!?」


 和真と一緒にいた女が私を問い詰めてきたが、私はそれを無視した。

 誰だか知らんが、家族間のイザコザに口を挟まないでもらいたい。今回という今回はもうだめだ。堪忍袋の緒が切れた。


 こいつの顔すら見たくないけど、一言言ってやらないと気が済まない。


「…姉貴…」

「ホント…私を煩わせることが上手よねあんた。…やっとあんたの呪縛から逃れたと思ったのに、違う高校に行っても私に平穏をくれないのね」

「…は? …呪縛…?」


 私の言っている言葉が理解できないようだ。

 あぁわかっているさ。これが私の妬み嫉みだと。

 でもそれじゃ片付けられない位、私は怒っていた。


「飲酒・喫煙・暴行・深夜徘徊に道交法違反……あんたさぁ、自分のやってること格好いいとでも思ってんの? 言っとくけどダサいだけだし」

「………」

「親に頭下げさせてさ…本当なにしてんの? 成績落ちたくらいで馬鹿じゃないの?」


 私のその言葉に和真は眉間にシワを寄せて私を睨みつけるように見てきたが、私は負けじと弟を睨み返した。


「…なんだよ…あんた、俺のこと鬱陶しいと思ってんだろ。ならほっとけよ」

「わかってるんなら煩わせるなって言ってんのよ。なに被害者みたいな顔してんの? あんたの行いのせいでこっちはえらい迷惑なんだけど」

「………あんたはいつもそうだ。いつも下を向いて俺から目を背けているくせになんでこんな時だけ口出してくんだよ。…今更姉貴ヅラすんじゃねぇよ!」

 

 …私が訳もなく目を逸らしていたとでも思う? あんたに私の苦しみがわかるっていうの?

 抑えに抑えていた弟への憎悪が私の中から溢れてきた。平静を保ってあんたと接することが出来ないから避けていたんだ私は。いじめなかっただけありがたく思え。

 こいつに言っても仕方ないとわかっている。だから抑えていたんだ。

 今まで抑えていたけど、こいつを前にして私は初めて本音を暴露した。


「…あんたのせいで私の人生はめちゃくちゃよ! あんたが存在するせいで私はずっと、周りに貶され、謗られてきたの! 何もしてないのによ!? あんたがこの世に生まれた瞬間からずっとよ!」

「!?」

「ふざけないでよ! 母さん譲りの美貌に努力しないでもある程度こなせるあんたがいたから私は何をしても認めてもらえなかったの! 私が親戚に何されてたかわかってる? 教師に、クラスメイトに、近所の人に私が何を言われてきたか知ってるの!?」


 私の目から怒りなのか哀しみなのか、あるいは両方なのか…感情が爆発して涙が溢れてきた。

 だけど弟を睨む目はそのままに私は叫ぶ。

 ここがお祭り会場で、沢山の人の目があるということを忘れて。


ーーーーーーーーーーー

小動物(しかし凶暴)


和真のグレ方は本編より激しい設定。

幼少期から冷遇してくる姉に対する反発心も含まれる。負の連鎖。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る