敦くんと花恋ちゃん その後【後編】

「あっくん! おはよう」

「はよ」

「はい! 本命チョコだよ!」

「……渡す相手間違ってない?」

「間違ってないもん!」


 正門で元気よく挨拶してきた本橋は鼻を赤くしながら俺に可愛らしい紙袋を差し出してきた。

 …こいつずっとここで待ってたのかな。


 2月14日バレンタイン。

 俺はこの日が苦手だ。

 なんてったって美形の弟とイケメンの幼馴染を持つ俺はメッセンジャー係だからね。

 毎年自分の靴箱や机の中に放置されていたりするし、送り主の名前はあれど、宛先が書いてないから適当に振り分けて二人に渡してる。


 ホワイトデーには貰ってもいない女子からお返しをせびられることもあるので、ホワイトデーはハロウィンのごとくお菓子をむしり取られている。その月の小遣いがいつもお返しで消えてなくなるんだけど。だから苦手。


 下駄箱に行くと今年も俺の靴箱にはいくつかギフトが収まっていた。

 面倒くさいため息が出そうになったがそれを抑えて、持ってきていたエコバックにそれを収めた。

 本橋がなにか言いたげな顔をしていたので俺は

「これ、大志か和真宛だから」

と言ったのだが、本橋は変な顔をして固まっていた。


「え、あっくんそれ」

「あっちゃんおはよー!」

「はよ沢渡。英語の宿題やって来たか?」

「当たらないからやってなーい」

「マジかよ。俺自分が当たる所自信がないんだけど」


 沢渡と宿題の話をしながら教室に向かっていったので俺は本橋の呟きが聞こえなかった。


「…あっくん宛だと思うんだけど……」



☆★☆


 乙女ゲームではバレンタインもイベントであったけど、俺に本命と言って渡してきた本橋は…どうするつもりなんだろうか?



「おーい敦ー一年の子が呼んでるー」

「ん? あ、室戸じゃん」

「田端先輩! これ良かったらどうぞ!」

「わざわざありがとな」


 室戸がわざわざ二年のクラスまで義理チョコを渡しに来てくれた。こいつも律儀だな。


「それとですね、私の友達も先輩に渡したいそうなんですよ」

「え? …和真か大志宛の?」

「違いますよ!? 小鳥ちゃんっていうんですけど田端先輩に渡したいそうです」

「あ、あのっ…受け取ってください!」


 室戸の友達らしい女の子からもチョコレートを貰ったけど、この子文化祭の時室戸とお化け屋敷に来た子かな。

 大人しそうな女の子で、あの時お化け屋敷内でビクビクしていたから「大丈夫? あれだったら出口まで送るけど」と声を掛けた気がする。


「小鳥ちゃんっていうんだ。ありがとうね」

「い、いえっ」


 顔面がトマトみたいに赤くなってるけど男慣れしてない子なんだろうな。 

 小鳥ちゃんはそのまま俯いてしまった。

 室戸に引っ張られるようにして小鳥ちゃんは帰っていったが、特に俺と接点があるわけでもないのに何故俺に義理チョコを渡しに来たんだ…?


「あっくん……」

「うぉっ!?」

「……貰うのは良いけど、食べるのは私の作ったチョコレートが先だからね…?」


 背後霊と化した本橋にいきなり脅された俺は首をガクガク振って頷いた。

 怖いよお前。



 昼休みになるとモテる男は戦場だった。

 あちこちで告白合戦が行われていたから大変そうである。

 俺はというと本橋にチョコレートを今食え、今すぐにだ! と脅されて弁当を食べる前に甘いものを食わされていた。


「おいしい?」

「うまいうまい」

「チョコの中にはね、当たりが入ってるんだよ! 何が入ってるでしょうか!」

「わさびとか?」

「ちがいまーす」


 味に飽きないように甘いの、苦いの、変わり種を作ってくれたようだ。手間がかかるだろうに。

 だけどチョコレートって一気に食うもんじゃないよね。分けてちょっとずつ食べたいのに本橋は全部食えって目をしている。


「…せっかく美味いんだからちょっとずつ食いたいな…」

「! し、仕方ないなぁ! 良いよ別に」


 なんだそのツンデレの劣化版みたいな対応。

 俺はツンデレ萌なんてしないからな。


 ようやく昼飯にありつけると思って食べていると、教室の出入り口にある男が現れた。


「花恋、ちょっといいですか?」

「…? 伊達先輩?」


 攻略対象の伊達志信に呼び出された本橋だったが、少しだけ喋ってすぐにこっちへ戻ってきた。

 教室の外では呆然とする伊達の姿があったが、奴はなぜか俺をキツく睨みつけて立ち去っていた。

 なに? 俺なにかした?


 本橋は何事もなかったかのように俺の目の前で弁当を食べ始めていたのだった。



★☆★



 月日が立つのはあっという間で、あと残り数日で乙女ゲームの舞台は終わる。

 三年生達が出校日になると一気に告白ラッシュの流れになり、攻略対象もヒロインも呼び出しを受け、告白の応対に追われるようになっていた。


 そして俺はそれを教室前の廊下から眺めていた。


「田端ぁ、あんたいい加減腹くくんなさいよ」

「…そういうのやめろって言ってるだろ」

「いつまでも逃げてちゃ後悔すんだからね?」


 そこにギャル二人がやってきて俺を急かしてくる。


「あんた上手く隠してるつもりなんだろうけどバレバレなんだから」

「どうして修学旅行の時上手くやんなかったのよ」

「うるさいなー」


 あれだけ注意したのにこのギャルたちは相変わらずお節介だ。

 あーそうだ。俺は今まで気づかないふりをしていたさ。


 身の程知らずにもモブという身の上でヒロインである本橋花恋に惹かれている自覚はある。

 だから、見ないふりをしてきたのだ。


  こんな時他の男ならどうするんだろうか。

 あ、和真と大志はいつも受け身だから全然参考にならないから。

 沢渡を見ていたら恐れもなくアタックしていて見習わないとなとは思う。あいつ彼女いないけどさ。


「あんたが何を悩んでるかあたしは知らないけどさ、真っ直ぐでいいんだよ。駆け引きなんて無駄なことしないでさ」

「本橋ちゃんはそのままのあんたが好きなんでしょ。たまにはあんただって気持ちをぶつけてやんなよ」


 井上と染川の言葉は軽いようで重かった。

 俺は今の関係が崩れるのを恐れていたから。





 卒業式前最後の出校日。

 帰りのHRも終わり、皆が帰ろうとしてる時にやって来た。


「花恋、ちょっといいか? …話がある」

「間先輩?」


 攻略対象の間克也だ。


 ……この人にはひどい目に合わされた。

 後夜祭の時の仕返しなのかは知らないが目をつけられて散々だったんだ。

 球技大会の時、じゃんけんに勝ったのに無理やりバスケ出場させられた俺は試合で3−Aとぶつかり、対戦相手だった間に故意的なファウルをされ、足をひどく捻挫したのだ。

 同じくバスケ参加でその試合を見ていた橘先輩が間に抗議してくれたが、相手は反省の余地もなく、謝罪もなく。

 俺の親が学校を通じて間の親に抗議したが、学校で起きたことなのでと流され、慰謝料代わりなのか菓子折りが宅配されてそれで済まされた。


 ……こいつだけは嫌だな。

 これが嫉妬なのか、それとも間が嫌いだからなのかはわからない。

 

 俺は二人にばれないように後をこっそり追いかけていった。

 また如何わしい真似をしようとしてたら妨害してやる!



 二人について行くと辿り着いたのは中庭だった。

 上手く隠れて二人の様子を伺っていた俺は攻略対象とヒロインの並ぶ姿を見て胸が痛くなるのを感じた。

 なんだよこれ少女漫画のヒロインみたいじゃん。

 俺らしくもない。


「間先輩、どうかしたんですか?」


 本橋が訝しげに間に問いかけた。

 相手は真剣な顔をして本橋を熱く見つめて、意を決したように口を開いた。


「…花恋、俺はお前のことが好きだ。俺は陽子の家の力を借りずとも自分の力で会社を大きくしてみせる。……だから俺についてきてくれないか…?」


 乙女ゲームの告白の台詞と全く違う。

 乙女ゲームではお付き合いを申し込んでいたのにこれじゃプロポーズじゃないか。

 駄目だ。本橋がこいつの告白を受け入れてしまえばこの後苦労することになる。

 金には苦労しないかもしれない。

 だけど世間一般の女性が強いられるようなことのない難題を課せられるようになるのだ。


 ヒロインである本橋がこいつを選ぶなら…俺は見送るしかない。

 それが、モブである俺の役目。

 だけど、だけどやっぱり嫌だ!



「ちょっと待ったぁ!!」


 俺は婚活番組の横やりのように飛び出して、びっくりした様子の二人のもとに大股で近づくと、本橋と向き合った。


「本橋! 俺お前のことが好きだ!」

「はぁ!?」

「あ、あっく…?」


 視界の端に目と口をがっと開いた間の姿が映るが俺は本橋だけを見つめた。


「ごめん、俺怖かったんだ。俺みたいな地味で平凡な男に好きって言ってくるお前の気持ちを疑って信じてやれなかった。…お前のこと好きなのに気づかないふりをしていた」


 俺は本当に卑怯だ。

 臆病で情けない。

 こんな俺では本橋にがっかりされてしまうかもしれない…

 俯きがちになった俺の頬を柔らかい両手がそっと包み込んだ。


「…あっくんは地味で平凡なんかじゃないよ……ずっと、私の王子様だったの」

「…本橋」

「そんなふうに自分を卑下しないで? 私はあっくんがあっくんだから好きなの。…あっくん以上の男の人なんていないもん」

「…本橋……」


 ハラハラと涙を流す本橋がとても綺麗で、ここが中庭だということを忘れ(ついでに間がいることも忘れ)本橋の唇に自分のそれを重ねていた。

 

「…花恋って呼んで?」

「…花恋」

「なーに? あっくん」


 長過ぎる口づけを終えた俺達は少しバカップル風な会話をした後、浮かれ気味に二人並んで帰宅していった。


 後ろで真っ白になっている間の存在をまっさら忘れて。

 


 

 その後当てもなく街をデートした。

 だけど物事には順序があるから俺の戦いはまだ終わってはいない。お付き合いには段階というものがあるのだ。


 花恋さんお願いだからすり寄ってこないでください。 


ーーーーーーーーーーーー

間を当て馬に。

ちなみに伊達は花恋からバレンタインチョコレートもらえると思ってたら貰えなかったからショックを受けていた。

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