エピローグ

「……アルベルトさん、このお屋敷凄くおっきいですね」

「ああ、これは予想外だ……」

 ウォルフの屋敷にある一室で、俺達は呆然と呟く。

 ラウザ商会の襲撃を撃退したあと、俺達はあらためてウォルフに招待された。そして連れて来られたのがここ、隣街にある大きなお屋敷。

 ――だったのだが、その屋敷が想定を遙かに超えていたのだ。


 おそらくは街で一番大きな屋敷。

 それだけであれば、大きな商会の会長の自宅と考えればありえなくはない。だが、門を護るのは騎士であり、使用人達は明らかに高度な礼儀作法を叩き込まれている。

 そんな屋敷の持ち主が、たんなる富豪ではありえない。そういえば、あの街のお祭りには領主も参加しているとか言ってたなぁ……と、俺は思わず遠い目をした。


「待たせたな」

 扉が開き、ウォルフが姿を現した。護衛らしき者達が同行していたが、その者達はウォルフの指示で、部屋の外に待機する。部屋には、俺達三人だけとなった。


「さて、既に俺の正体に気付いているかもしれんが名乗っておく。俺の名はウォルフ・ローゼンベルク。現ローゼンベルク子爵で、この周辺の地を治めている」

「おぉう……」

 思わず変な声が漏れた。領主である子爵家所縁の者であるとは途中から予想してたが、まさか現当主本人とは思わなかった。

 なんで領主が街を出歩いてるんだよ。


「子爵とは思いませんでした。無骨な冒険者ゆえ、失礼もあると思いますがご容赦を」

「し、しし子爵様!? ほ、本日は、おっ、お招きいただき、ああありがとうございましゅ」

 俺は無難に答えたが、ティーネは噛みまくりである。とはいえ、ティーネが十一歳であることを考えればかなりしっかりしている。


「ふむ。緊張させてしまったか。身分を偽ったままでは出来ぬ話ゆえに名乗ったが、気を使う必要はない。いままで通りに話してくれ」

 そうは言われても、簡単にはいかない。だけど、ウォルフの目を見る限りは、いたって本気のようだ。それを見極めた俺は「なら、そうさせてもらおう」と口にした。

 ウォルフは気を悪くした風もなく、それで構わないと頷く。


「さて、まずはなにから話すべきか……」

「まずはラウザ商会の件を聞かせてくれ」

 他は込み入った話になりそうだから、先にそっちを終わらせようと提案した。


「そうだな。まずはラウザ商会の会長だが、色々と後ろ暗いことがありそうだ」

 ウォルフが部下に調べさせたところ、あれこれ怪しい点が見つかったらしい。まだ調べて間もないために証拠はないが、叩けばいくらでも埃が出てきそうな感じらしい。

 ティーネの借金にもなにかありそうな感じだったが、とにかくウォルフ側で対応してくれるということだ。もう心配しなくて良いと言われた。


「ともあれ、今回の件もあるからな。ラウザ商会とその会長には相応の罰を受けてもらう。あの者が、今後おまえ達を煩わすことは二度とない」

 二度と煩わすことがない理由を考えていると、ウォルフがこくりと頷いた。

 どうやら、そう言うことらしい。遠回しに言ったのはたぶん、ティーネにそういう話をしない方が良いと判断したからだろう。

 ラウザ商会と関わることはもう二度とない、それで良い。


「ありがとう。それは助かった」

「あ、ありがとうございます」

 俺に続いて、ティーネがぺこりと頭を下げる。こっちはウォルフの思惑通り、二度と煩わすことがない理由には思い至ってないようだ。


「それで、そこまでしてティーネを護ってくれる代償はなんなんだ? ただポーションを作って卸せというわけじゃないんだろ?」

「ああ、その通りだ。エルネスティーネを救ったのには、俺の妹が関係している」

「妹……?」

「俺の妹はある日、側近である騎士と恋に落ちた。だが、当時当主だった父は別の者と結婚させるつもりだったようで、側近との結婚を認めなかったのだ」

 その結果、二人は駆け落ちをして行方知れずとなったが、父は捜索をしなかったらしい。

 だが、月日が流れてウォルフが当主となった。それを切っ掛けに、ウォルフは妹と側近の結婚を認めて連れ戻そうと、二人を探していたそうだ。


「二人は既に他界していて再会はかなわなかったが、妹の忘れ形見を見つけることが出来た」

 ウォルフはそこで一度言葉を切って、ティーネに視線を向けた。

 ここまで聞けば、答えは自ずと見えてくる。


「その二人が、ティーネの両親、なんだな?」

「……え? 私のお父さんとお母さん?」

 突拍子もない現実を受け入れきれないのだろう。ティーネは呆然としている。


「そうだ。ミレーヌは私の妹で、ロンドは我がローゼンベルク家に仕える騎士だった。キミの持っているペンダントがその証だ。ゆえにエルネスティーネ、キミは俺の姪になる」

「伯父さん……? あ、ごめんなさい、ウォルフ様が母のお兄さん、ですか?」

「伯父さんで構わぬ。俺もティーネと呼んでいいか?」

「あ、はい。もちろんです。もちろんですけど……私のお母さんが、貴族?」

 ティーネは目を白黒させている。そりゃ、お母さんが貴族令嬢だったとか言われたらびっくりするよな。途中からもしかしてと思ってた俺ですら混乱するレベルだ。


「急には現実を受け入れられないだろう。だが……慌てる必要はない。エルネスティーネ。キミをローゼンベルク家の一員と認める」

「私が、貴族になる、のですか?」

「そうだ。それにポーションの製作についても支援しよう。あのポーションの品質は素晴らしかった。しかも、安定して供給できると言っていたな?」

「えっと……はい。アルベルトさんが薬草を育てる方法を教えてくれたので」

「薬草を栽培、だと?」

 どうやら、砕いた魔石を混ぜる方法は、領主ですら知らなかったらしい。俺はざっと、薬草を栽培する方法を説明した。


「ほう、そのような方法があったのか、素晴らしい。それを我が領地の産業としても構わぬか? むろん、相応の礼はさせてもらう」

「もちろん、構わない」

「そうか。なら、その話については――」

「ああ、後日あらためてで構わない。ウォルフはティーネと積もる話しもあるだろ?」

 俺はそう言って立ち上がる。ティーネが不思議そうに俺を見上げた。


「俺はこれで帰るよ」

「え、だったら私も……」

 帰るというティーネの頭を優しく撫でつけた。


「ティーネ、キミの家はここだ。ポーションの製作だって好きに出来るし、平民だった頃からは想像できないくらい安全で幸せな暮らしが出来る」

「アルベルトさん。また、会えますよね?」

「ああ、きっと会える」

「……分かりました。アルベルトさん、その……ありがとうございました」

 俺は返事の代わりにティーネの頭を撫でつけた。



 馬車で送ってもらった俺が宿へ戻ると、部屋の前にアリスが立っていた。

「あ~やっと帰ってきた。待ってたよ」

「アリス。久しぶり……で良いのかな。もう大丈夫なのか?」

「うん、私は大丈夫だよっ」

 ふわりと微笑む。元気なアリスの姿がそこにあった。


「ところで、アルくんはどこへ行ってたの?」

「ああ、実はティーネの家族が見つかったんだ。驚くなよ? ティーネの伯父さんは、この辺りを統治する領主様だったんだ」

「へぇ、そうなんだ。……良かった。家族、いたんだね」

 驚くなとは言ったけど冷静すぎだ。子爵の家族であることに驚くでもなく、ティーネに家族がいたことを喜ぶアリスはやっぱり変わってる。


「じゃあ、ティーネちゃんはその伯父さんのお家で暮らすのかな?」

「たぶん、な」

 俺は少し表情を曇らせた。


「……どうしたの? なにか心配があるの?」

「心配って訳じゃないんだけど……ティーネはあれで良かったのかなって思って」

「どういうこと? ティーネの家族なんだよね? もしかして、横暴貴族だったとか?」

「あぁいや、そんなことはない。ウォルフは気さくでいい人だよ」

「なんだ、びっくりした。なら、なにが不安なの?」

「不安って訳じゃないんだけどな。ティーネにネックレスを託しても、ミレーヌさんは自分の素性は明かさなかったんだ」


 それに、遺言は自由に生きて、幸せになって、だった。

 もしかしたら、親に結婚を反対されて駆け落ちをしたミレーヌさんは、ティーネには貴族として生きて欲しくないと思ったのかもしれない。

 そんな風に口にすると、アリスは「なぁんだ」と笑った。


「死ぬゆく者は願うだけ。残された人が義務を負う必要なんてないんだよ」

「だけど……母親の、大切な人の遺言だぞ?」

「ミレーヌさんが最期になにを言ったとしても、ティーネちゃんが望むままに生きれば良いんだよ。ティーネちゃんが幸せなら、ミレーヌさんも喜んでくれるよ」

 もし私がミレーヌさんなら、自分の言うとおりにするんじゃなくて、ティーネちゃんが自分で考えて、自由に生きることを願う――と、アリスは付け加えた。


「そっか……そう、かもな」

 ミレーヌさんはティーネの心配をしていた。ティーネが想定と違う道を選んだとしても、幸せならきっと祝福してくれるだろう。

 ――名前も思い出せない、だけどかすかに記憶に残っている誰かも、そんな風に思ってくれるだろうか? そんなことを考えながら空を見上げる。

 そこに広がるのは、どこまでも透き通った青空だった。

 

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