彼女が生きられる世界 6

 アリスがティーネを説得する時間が欲しいと宣言したことで、ひとまずティーネは一人暮らしを続行で、そのあいだはカルラさんが様子を見ることになった。

 そうして三日が過ぎたが、アリスやユイはあれから顔を見せていない。

 だから、俺は狩りをすることにした。これからどんな結果に転ぼうとも、お金を稼いでおくに越したことはないと思ったからだ。

 もっとも、装備は改造中なので、あまり本格的な狩りは出来ない。俺は最初に持っていた武器を使ってほどほどに狩りをしたり、ティーネの様子を見たりしていた。

 そんな三日目の夜、ユイが宿に顔を出した。


「三日ぶりだけど、どうしてたんだ?」

「アリスはリアルでちょっと忙しいの。あたしもテストがあったんだけどもう終わったから、今日はティーネの様子を見に行くつもり。アリスにも頼まれたしね」

「……ふぅん?」

 忙しいのなら仕方ないけど、ティーネを助けるとか説得するとかいってた割りに、他のコトしてるんだなと首を傾げる。

 それとも、説得をするための準備をしてるんだろうか?


「一緒に行こうと思ってアルを誘いに来たんだけど……どうする?」

「俺は夕方様子を見てきたんだけど……まぁ良いか」

 ユイが行くならと、俺はついていくことにする。


「ユイ、ちょっと着替えるから外で待っててくれるか?」

「あら、あたしに寒空の下で待てって言うの?」

「……まだ暖かい季節だと思うんだけど」

 夏は過ぎたが、まだまだ夜だって暖かい季節である。

 とはいえ、ユイが言いたいのはそう言うことではないだろう。俺はせめて後ろを向いててくれとため息をつき、外出着に着替え始めた。


「ねぇ……アルはどうしてティーネを止めるのに積極的じゃないの?」

「それは逆に俺も考えた。ユイ達がどうしてそこまで結婚を反対するのか、って」

「それで、答えは出たの?」

「一応な」

 親を持たない子供にとって生きることは戦いだ。俺は冒険者になれたから成り上がれたけど、そうじゃなかったら行き倒れるか、奴隷にされていたと思う。

 身寄りのない子供が衣食住を維持するのは大変だ。だから、たとえ二十歳以上離れている相手との結婚でも、生活が保障されるのならマシな方だ。

 ――と俺は考えているのだが、ユイやアリスはわりと育ちが良さそうに見える。冒険者としての素質もありそうだし、明日をも知れぬ生活というのはピンとこないのではないか?

 そう問い掛けると、ユイは沈黙してしまった。


「……つまり、アルにとってあの商人の申し出は、比較的マシだってこと?」

「そりゃ、ティーネの望んだ未来じゃないのは分かるぞ? でも、他の未来と比べればマシな未来だと思う。奴隷になったら、もっと酷い未来が待ってるからな」

 ティーネは容姿が整ってるから、運が良ければどこかのお金持ちに買われるかもしれないけど、今回の結婚より幸せかは疑問だ。娼館に売られる可能性だって十分にあるし、運が悪けれどばもっと酷い未来だってあり得る。


「でも、あたし達が手を差し伸べると言ったのよ?」

「でも、一生面倒を見る覚悟はないだろ? それがダメとは言わないけど、お前らに見捨てられたとき、あの商人がまだ手を差し伸べてくれるとは限らない。その不安がある以上、ティーネが目の前にある救いの手を掴むことは止められない」

「それは……」

 ユイにも思うところがあったのか、それ以上の反論はなかった。



「アルベルトさん、ユイさん、こんばんは。こんな時間にどうしたんですか?」

 家を訪ねると、ティーネが玄関から恐る恐る顔を出した。少し不安そうに見えるのは、一人暮らしになって、他者に対して警戒心が湧いているからだろう。


「ユイがティーネの様子を見たいって言うからついてきたんだ」

「そうなんですか?」

「ええ、アリスも心配してたからね。顔色が良くなってるから、少し安心したわ」

 たしかにティーネの血色はそれほど悪くない。良くもないけど、先日よりはマシに見える。少しは気持ちが落ち着いてきてるんだろう。

 ただ、ティーネの表情は少し硬い。先日の件で、説得に来たのかもと、ちょっと警戒してそうだ。そんな気配を察したのか、ユイはポンと手を打った。


「そうだ。栽培してる薬草はどうなってるのかしら? 少し確認してみない?」

「あぁ……そうだな。確認しておいた方が良いな」

 ミレーヌさんが亡くなってから薬草は見てない。雨は降ったりしてたから、枯れてるってことはないはずだけど、確認した方が良いだろう。

 それに、ティーネが期限は十日と言ってから三日が過ぎている。ユイがティーネを説得するつもりなら、判断材料くらいにはなるだろう。

 ということで、俺達は裏庭へと向かった。


「まだそこまで日が経ってないから、そこまで変化はないと思うけど……お?」

 魔石を使った魔導具の灯りによって菜園を照らすと、既にぽつぽつと芽が出ていた。

 最初は雑草かと思ったけど、丁寧に土をどけてみれば、植えた薬草の根から生えているのが確認できる。ちゃんと栽培が出来ているみたいだ。


「思ったよりも成長が早いな。それに……腐葉土の効果もある、のか?」

 一番成長が早いのは、砕いた魔石を腐葉土に混ぜた土に植えた薬草だった。驚くべきなのは、砕いた魔石を入れていない腐葉土でも薬草が生長していることだ。

 街の土を耕しただけのところに植えた薬草は枯れかけていた。


「腐葉土にも、魔石と同じ効果があるのか?」

「うぅん。腐葉土って言うのは大雑把に言うと、植物を育てる栄養が多い土のことよ? 魔石が肥料と同質だとは思えないんだけど」

 ユイの話を聞いて、じゃあどういうことだろうと考える。

 うぅん……腐葉土だけの分と、砕いた魔石を混ぜた街の土では、腐葉土だけの方が成長が少し早い、か? 魔石の量が足りなかった? それとも、栄養の差か?


「ねぇ、ふと思ったんだけど、魔石を混ぜたら栽培できるってことは、森の土には魔力が溶け込んでるってことよね?」

「……あぁ、そのだな」

 俺は少し考えてそう答える。


「なら、その土を使えば、街でも魔石がいらないってことじゃないかしら?」

「なるほど。じゃあ薬草の栽培は、土に溶け込んでる栄養と魔力量に影響するってことか。その仮説が正しかったら、栽培は比較的楽かもな」

 薬草が手軽に増やせるのなら、ポーションを多く作ることが出来る。ティーネの借金返済に一役買ってくれるかも知れない。


「後は……そうだな。属性のある魔石を使えば、薬草が変質したりするかもな」

 強い敵の魔石には、炎や水を初めとした属性を持つことがある。それらの魔石を使えば、薬草になんらかの変化が現れるかもしれない。


 ちなみに、前回は興味津々で話を聞いていたティーネだが、今はその情熱がみられない。母を助けるためという目標を失ったからだろう。

 熱意がなくなれば、才能を伸ばすことも苦しくなる。二人には悪いけど、ティーネの説得は難しいかも知れないな……と、俺はため息をついた。



 その後、ポーションの買い取りをして欲しいとティーネに言われたので、俺達は工房へと移動する。そこには少し色の違うポーションが並べられていた。


「これは試作でできたポーションです。少しだけど、普通のポーションより回復量が上がってると思います」

 ティーネがいくつかの小瓶を差し出してくる。


「じゃあ、金額は……普通のポーションより少し色をつけた値段で買い取らせてもらうよ。使用してみて、想定より効果が優れてたら後で代金を上乗せするな」

 俺はポーションを買い取ろうとお金を取り出す。


「あら、あたしには売ってくれないの?」

「ん? ユイも必要なら分けるけど?」

「あたし、夜にソロで狩りをすることが多いから、ポーションはわりと必要なのよ」

「なるほど。じゃあ、ユイが好きなだけ買ってくれ。俺はひとまず、効果が確認できる最低限あれば良いからさ」

 最近はアリスと行動を共にすることが多いから、治癒ポーションはあまり必要としない。

 俺の目当ては最初から魔力を回復するポーションで、ティーネの成長に期待、だったんだけど……ティーネの今後の選択次第だな。


「半分はあたしが買わせてもらうわ」

「分かった、それじゃ残りは俺が買い取るな」

 まずはポーションの代金を支払い、そこから薬草の代金を返してもらう。大金とは言えないけど、ティーネが生活するのに必要な金額は残ったはずだ。


「それじゃ、ティーネの様子も確認できたし、今日は帰りましょうか」

 ユイが立ち上がるのを見て、ティーネが意外そうな顔をする。

「……私のこと、説得しに来たんじゃなかったんですか?」

「あら、ティーネは説得して欲しかったの?」

「そ、そんなことはないです。けど……それが目的だと思ったから」

 戸惑うティーネを見て、ユイはクスクスと笑った。


「いまのあたしには説得できそうにないから、今日はやめておくわ。アリスがティーネのためにがんばってるから、その準備ができたらまた来るわね」

 アリスが姿を見せないのは、裏でなにかしているからだったらしい。詳しくはまた今度――ということで、俺達はティーネの家を後にした。

 

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