彼女が生きられる世界 5

 死者へのお別れを告げる場で、ティーネが見知らぬおじさんに話しかけられている。それだけなら問題はないが、ティーネの顔色は悪く、周囲の者達も好意的な反応を見せていない。


「ティーネ、どうかしたのか?」

「――それでは、どうするか考えて置いてください」

 不審に思って問い掛けると、こちらに気付いたおじさんはティーネにそう告げて立ち去っていった。その後ろ姿を見送って視線を戻すと、ティーネはきゅっと唇を噛んでいた。

 なにかあったのは間違いなさそうだけど、話を聞ける状況じゃなさそうだ。

 なにがあったのかとカルラさんに視線で問い掛けると、カルラさんは一度ティーネに視線を向けた後、皆をゆっくりと見回した。


「ミレーヌとのお別れも終わったし、ひとまず解散としましょうか。アルベルトさん達は、ティーネちゃんの家に来るでしょう?」



 ティーネの家のリビング。

 話はティーネから聞いた方が良いとのことで、カルラさんがお茶を入れてくれているあいだに、俺達はティーネと向き合っていた。


「それで、一体なにを言われたんだ?」

「えっと……その、お家の事情、だから」

 他人に話すようなことじゃないと、ティーネはわずかに拒絶する。


「ティーネちゃん、お家の問題だったとしても、一人で解決出来るの?」

「それは……」

 アリスの問い掛けに、ティーネは言葉を詰まらせた。その反応を見るだけでも、一人で解決出来ないであろうことは明白だ。

 アリスに続いて俺やユイも力になると申し出るが、ティーネはだんまりだ。このまま沈黙が続くかと思ったが、お茶を運んできたカルラさんがティーネに語りかける。


「ティーネちゃん。どんな選択をするにしても、この人達には話すべきじゃないかしら?」

「カルラおばさん?」

「庭でなにか始めたでしょ?」

「あ、そう、だよね……」

 ティーネはぽつりと呟いて、一度唇をきゅっと噛んだ。それからなんらかの意思を秘めて、向かいに座る俺達へと視線を向けた。


「さっきのおじさんはラウザ商会の会長さんで、この家を建てるときにお金を貸してくれた人なんです。それで、お父さんもお母さんも死んじゃったから……」

「借金を返せって言いに来たのか」

 ティーネはこくりと頷いた。

 ティーネの家は小さいとはいえ工房もあり、平民の家にしてはわりと大きい。借りたお金は建築費用の一部だが、完済するどころか利子が膨れあがっているらしい。


「建ててから月日が経ってるから家の価値は下がってて、逆に利子は増えてる状態だから、このお家を売っても借金が返しきれないそうです。もし返すのなら、このお家を売ったうえで私が奴隷になれば、ギリギリ返せるくらいだって言われました」

「――なっ!?」

 アリスとユイが一斉に立ち上がる。ちらりと横顔を見れば、二人とも顔色を変えていた。育ちが良さそうな二人は、こういう話には慣れてないのかもしれない。


「落ち着け、二人とも」

「なに言ってるの、アルくん。ティーネちゃんが売られちゃうんだよ?」

「そうよ。こんなに幼くて可愛い子が売られるってときに、落ち着いてられないわ」

「だから、それを阻止するためにも、話を聞かなきゃいけないだろ?」

 隣で立ち上がっているアリスの背中をツツツと撫でると、アリスは可愛らしい悲鳴を上げてぺたんと椅子に座った。それから、上目遣いで睨みつけてくる。


「む~~~っ。アルくんのえっち」

「別のことを考える余裕が出たようでなによりだ。ほら、ユイも落ち着け」

 アリスへの所業に気付いてジト目を向けてくるユイに向かって言い放つ。こっちもなにか言いたげな顔をしたが、それを呑み込んで椅子に座り直した。


「ティーネの今後についてだけど、俺達は他の選択を用意することが出来る」

「他の選択、ですか?」

「ああ。ティーネが奴隷にならなくても済むかもしれない選択だ。信じる信じないはティーネ次第だけど、聞くだけの価値はあると思うぞ。……どうする?」

「聞かせてください」

 ティーネが頷いたことで、アリスとユイがさきほどの提案、俺達が部屋を借りて家賃という形で資金援助をしつつ、ポーションの製作&販売を推し進める案を伝えた。


「そうすれば、しばらくはいままで通りの生活が出来ると思う。そのあいだに高品質のポーションの量産体制を整えれば、借金も返せるかもしれないぞ」

 俺はそんな風に二人の提案を後押しするが、ティーネの表情は曇ったままだ。

 家を売っても足りないほどの借金となれば、自力での返済はかなり厳しい。ポーションを作って返済という道を尻込みするのは当然だ。


「ねぇねぇ、借金を相続しないっていうのは出来ないの? 私達の世界には、借金を含めた相続の一切を放棄するっていうのがあるんだけど」

「……それは、聞いたことがないな。親子関係が証明できなければ別かもしれないけど、街で育った子供は魔力を登録してるからな」

 冒険者ギルドで登録するのと同じシステムで、街の住民は魔力を登録している。だから、こういったケースでは子供が親の借金を引き継ぐことになるのだ。


「じゃあ……どうしてもティーネちゃんが借金は返さなきゃいけないんだね。どうしたらいいのかな? 家より高いって、相当な金額だよね?」

「そうだな……家を売った上で、俺がティーネを買い取るとか、かな」

 いくら外見が可愛かろうが、幼い女の子であるティーネの売却額は知れている。家を売った上で、ティーネと残りの借金を俺が引き継いで、専属のアルケミストとして育ててもいい。

 そんな風に提案するより早く――


「ダメだよ!」

「ダメに決まってるでしょ!」

 アリスとユイに却下されてしまった。解せぬ。


「まあ……選ぶのはティーネだ」

 家を維持しようとすれば、いつか借金の返済が滞って奴隷になるしかなくなるかも知れないが、俺が買い取ってしまえば借金の返済については心配しなくて良くなる。

 親と暮らした家を失うが、奴隷になるよりはマシのはずだ。


「……アルベルトさん、アリスさん、ユイさん、ありがとうございます。でも……その提案は必要ないです。ラウザ商会の会長さんが、もう一つの道を教えてくれたから」

「……もう一つの道? それはどんな道なんだ?」

「会長さん――さっきのおじさんと結婚する道です。そうしたら家で借金を帳消しにした上で、面倒を見てくれるって。だから私……」

 さっきのおじさんは三十を超えているように見えた。つまり、歳の差は二十くらい。結婚といったが、第二夫人とか愛妾とかだろう。


「ふむ……悪くない条件だな」

「全然悪いよ!」

「そうよ、ダメダメよ!」

 またもや二人に全力で否定されてしまった。


「なにが気に入らないんだ? ラウザ商会の会長に庇護されるのなら将来は安泰だぞ?」

 大きな商会の会長に見初められたなら、玉の輿といえるだろう。


「……アルくん、本気で言ってるの?」

「本気だけど……」

 アリスと、そしてユイまでもが信じられないと言いたげに俺を見る。その瞳は、俺を本気で批難しているようだ。俺達が半端に助けるより、よっぽど安泰だと思うんだけどなぁ。


「アルくん、分かってる? 相手はあのおじさんだよ、三十歳は超えてるよ? そもそも、ティーネちゃんは、あのおじさんのことどう思ってるの?」

「えっと……その、借金を待ってくれたりしたから、悪い人ではないと思ってます」

 アリスの迫力に気圧されながらも、ティーネはそんな風に答えた。


「ティーネが嫌ってないなら、なおさら悪い話じゃないんじゃないか?」

「アルくん!?」

「だって、俺達の支援より、確実に安全な未来だぞ?」

「そんな理由で結婚するのが幸せなわけないじゃない! 結婚は好きな人とするものだよ」

「うぅん……」

 言い分は分かる。生活を安定させて、愛する誰かと家庭を持つ。孤児院で暮らしていた俺にとっても、そんな未来は憧れだった。


 だけど、そんな未来が手に入る保証はどこにもない。俺は死ぬかもしれないし、ユイやアリスはこの街を出ていくかもしれない。

 そのとき、ティーネに手を差し伸べてくれる相手がいるとは限らない。最悪、ティーネは奴隷に堕ちてもっと酷い目に遭うかもしれない。

 そんな危険を冒すよりも、お金持ちの庇護下に入った方が確実だと思うのは一般的な考え方だと思う。その証拠に、カルラさんだって反対はしていない。

 それを悟ったのだろう。アリスはみんなを見回して唇を噛んだ。


「……ティーネちゃん、その答え、いつまでに返事するの?」

「え? えっと……十日後、お祭りが終わるまでに返事が欲しいって言われました」

「そっか……なら、もう少しだけ返事は待って。今日は説得を諦めるけど、もう一度話をさせて。ティーネちゃんには、きっと素敵な未来があるはずだから」

「えっと、でも……」

 ティーネが視線を彷徨わせる。あまり先延ばしにしたくないと思っているのだろう。


「少し待つくらいなら良いんじゃないか?」

 俺はそんな風に提案した。

「アルベルトさん?」

「アリスがどうするつもりなのかは知らないけど、ティーネにとって良い条件を提示するかも知れないだろ? 決めるのは、それを確認してからでも良いんじゃないか?」

「アルくん……」


 俺が味方に回ったことでアリスが意外そうな顔をするけど、俺だって別にティーネとおっさんとの結婚が最高の結末だなんて思ってない。

 現状では無難だと思ってるだけだから、他にもっと確実で幸せになる道があるのなら、そっちを選んだ方が良いと思う。それを伝えたら、ティーネは同意してくれた。

 こうして、ティーネの選択は保留され、未来はアリスに託されることとなった。

 

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