彼女が生きられる世界 3

 ティーネの家を後にした俺は、通りをとぼとぼと歩く。隣にはアリスとユイも同行しているが、ここまで一切会話がなかった。

「――ねぇねぇ、これからどうする?」

 沈黙を破ったのは、まるで空気を読んでいないかのようなアリスの明るい声だった。

「……アリス」

「ダメだよ、なにかしてないと気が滅入っちゃうでしょ?」

「それは……まぁ、そうかもな」

 俺達が落ち込んでも誰も救われない。むしろ、ティーネが余計に落ち込むだけだ。


「とはいえ、こんなコンディションで狩りに行くのもなぁ」

 アリスと、それにたぶんユイも、死んでも生き返ることが出来るみたいだけど、俺は死んだら終わりだ。集中力が低下しているときに危険は冒したくない。


「じゃあじゃあ、武器や防具の強化に行くって言うのはどうかな?」

「ああ、魔石での強化か……良いアイディアだって言いたいけど、薬草の栽培のために、手持ちの魔石は使っちゃったんだよな」

「それなら、このあいだ倒したゴブリンがストレージに入ってるよ。ティーネちゃんに解体を依頼するつもりだったから、そのまんまだけどね」

「あぁ、あのときのか……」

 品質としては十分だけど、ゴブリンの死体がそのままストレージにたくさん入っているところを想像してげんなりとした。メンタル強すぎだろ。


「ひとまず、いまのティーネに頼むのは酷でしょうね。そうじゃなくても、ティーネにゴブリンの解体は荷が重いと思うわ」

 両親を失ったティーネが生きるためには、甘えは許されない……けど、ユイの言い分も理解できる。母親が死んだ日に、人型の魔物の解体をしろというのはあんまりだ。


「ゴブリンはギルドで解体を依頼した方が良さそうだな」

「ティーネちゃんにさせない方が良いのは賛成だけど、ギルドに依頼してたら、今日は武器の強化が出来そうにないね」

「あぁ……そうだな」

 最近この街にはプレイヤー一族がたくさん流れ込んできて、冒険者ギルドは大賑わいだ。

 ギルドも解体可能な者を臨時で増やしてるみたいだけど、このあいだ見た感じではまったく足りていないように見えた。ギルドに依頼したら順番待ちになるだろう。

 ゴブリンの解体はあんまり乗り気はしないけど、俺が解体するべきかな?


「ねぇ、その魔石による強化って、あたしの装備にも可能なのよね?」

「ああ、問題ないぞ」

 一応、重ねて強化を施す場合は、量産品と一品物で成功率に差が出てくる可能性はある。ただ、そんなに重ねて強化するくらいなら、高級な装備に買い換えた方が効率が良い。

 よって、強化するのは量産品でもなんら問題はない。


「なら、今回はあたしが魔石を提供するわ」

「それはありがないけど……」

 目的はなんだと視線で問い掛ける。


「調べてみたんだけど、その強化方法って誰も知らないのよ。だから、もし良かったらその技術を公開する許可が欲しいの」

 ユイが言うには、なにかと話題になっているアリス達はやっかみも酷いらしい。先日の暴漢はアリスのストーカーだが、今後はやっかみによるトラブルも予想できる。

 それらを緩和するために、強くなるための情報をある程度は公開したいらしい。


「もちろん、アルが秘匿するつもりなら無理にとは言わないけど、アネット? その子に教えるのなら、隠すつもりはないんでしょ?」

「ああ、隠すつもりはないよ」

 なぜこの技術が消えてしまっているのかは知らないけど、初歩的な技術でしかないから、俺が教えなくても誰かがすぐに見つけるだろう。

 その気になれば他にも強くなるための知識はあるし、この程度を秘匿する理由はない。


「ありがとう。ならそれと引き換えに、今回の強化に必要な魔石はあたしが用意するわ」

 ユイはストレージから魔石がたくさん入った革袋を取り出した。


「なんでユイがそんなに魔石を持ってるんだ? 普段は学校に行ってたんじゃないのか?」

「ふふん、実は夜に一人で狩りをしてるのよ」

「なるほど……」

 そういや、ユイは狩りに行くたびに腕を上げてたな。以前なら無茶をするなと釘を刺すところだけど、死んでも生き返るのなら無茶でもなんでもない、か。

 どうりで、会うたびに腕を上げているはずだ。


「それで、どうする?」

「……そうだな。ユイが構わなければ、こっちに異論はない」

「良かった。それじゃさっそくアネットのところへ……って、よく考えたら、彼女はいまログインしてるの?」

 ログインと言われても俺は分からない。連絡手段を持っているアリスへと視線を向けた。


「睡眠と食事以外はログインしてるって言ってたよ。大学はまだ夏休みなんだって。いま連絡したけど……っと、返事があったよ。工房に来てほしいって」

 ちょうどいまなら空いているらしい。という訳で、俺達は急いで鍛冶屋に向かった。



「ああ、こっちだよ。早く早く」

 鍛冶屋に顔を出すと、待ち構えていたアネットに捕まる。

「そんなに急かしてどうしたんだ?」

「そんなの、装備の強化が楽しみだからに決まってるだろ。まだどこにも情報が出回ってない強化を、あたいがすることになるんだよ!?」

 アネットの青い瞳が爛々と輝いている。やる気があるのはありがたいけど、なんか取って食われそうでちょっと恐い。


「さあさあ、あたいにその強化の方法を教えてくれよ」

 アネットがにじり寄ってくる。

 相変わらず露出が高い服で、少し視線を落とすと胸の谷間が見える。視線を逸らすと、なるほどとニヤつくユイと、む~と唸るアリスの姿が目に入った。

 俺は厄介なことになる前にと「分かったから少し下がれ」とアネットを追い払った。


「魔石での強化には魔力型と特化型、二種類の方法があるんだ」

 魔力型は魔石を武器に填め込み、紋様を刻む。そうすると魔法の威力が強化されるので、杖とかを強化するのに向いている。

 特化型は炉に砕いた魔石を混ぜて、魔力を帯びた炎で鍛える。そうすると武器は鋭さを増し、防具は丈夫さがます。

 なお、皮鎧の場合は皮を煮込むときに砕いた魔石を使用するなど、強化の方法が異なるのだが、俺はそれらを知っている限りアネットに伝えた。


「魔力型と特化型ね。複合は可能なのかい?」

「もちろん可能だ。それに、回数を重ねることも出来る」

 魔力型の場合は、複数の魔石を填めることで魔力が上手く流れなくなる場合があるし、特化型は何度も打ち直すともろくなる可能性がある。

 だが、成功する限りは回数を重ねただけ強くなる。


「大体、三回くらいまでは安全圏内だが、それ以上は成功率がどんどん下がるはずだ」

「なるほど、オーバーエンチャントって訳ね」

 ユイがよく分からないことを口にすると、アネットがそれに同意した。


「まあ今回はお試しってことで、全部一段階で良いだろう」

「そうだね。あたいもまずは感じを掴んでみたいね」

 明日はミレーヌさんの埋葬だし、戦闘をする予定はないけど、念のために予備としておいてあった武器だけ残して、いま使っている装備一式は預けることにする。


「それじゃ、お願いするね」

 アリスが杖を渡し、肩出しのブラウスに手を触れてごそごそやり始めた。一体なにをと思ってみていると、不意に肩出しのブラウスが消える。

 俺は息を呑んでとっさに視線を逸らした。


「……アルくん、弾かれたようにそっぽを向いてどうしたの?」

「どうしたって、服、服が消えてる!」

 視線を逸らしたまま叫ぶと、わずかな沈黙の後、アリスがクスクスと笑い始めた。


「アルくん。こっち見て」

「いや、見てと言われても……」

 アリスは胸の谷間がしっかりと見えるような肩出しのブラウスを身に着けていた。それが消えたのなら、いまのアリスは上半身が半裸同然のはずだ。


「大丈夫だから」

 アリスだけなら疑うところだが、一番になにか言いそうなユイがなにも言わない。恐る恐る視線を戻すと、アリスは最初に来ていた冒険者風の服と、脱ぎかけの皮装備という姿だった。


「……え? ど、どういうことだ?」

「アネットさんに作ってもらった皮鎧に、課金で買ったアバターを貼り付けてあるんだよ」

 まったく意味は分からないけど、アリスが胸当てをつけ直すと、着ている装備が肩出しのブラウスへと変化する。……むちゃくちゃ謎の現象だ。


「それ、どういう原理なんだ……?」

 肩出しのブラウスの上に胸当てなら理解は出来る。……ファッション的に似合わない組み合わせと言うことはおいといて。

 だけど、この現象は謎すぎる。幻影の類いなのか?


「ひゃんっ、アルくん、くすぐったいよ」

「す、すまん」

 アリスの肩の辺り、肩当てがあるはずの場所に触れると、見た目通りにすべすべの肌に指が触れた。どうやら幻影の類いではないらしい。

 プレイヤー一族、装備までもが謎である。

 

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