死という概念のある世界 11

「アリス……その服はどうしたんだ?」

「ふわぁ、アリステーゼさん、凄く可愛いです!」

 ティーネが目を輝かせてアリスに駆け寄る。そんなティーネに微笑んだあと、アリスは上目遣いで俺を見上げた。


「えへへ、課金のアバターを買っちゃった。似合ってる……かな?」

「似合ってるし可愛いとは思うけど……ちょっと露出が多くないか?」

 豊かな胸の谷間を惜しげもなく見せつける肩出しのゆったりしたブラウスに、フリルを重ね合わせたような短いスカート。その下に見える真っ白な太ももは、スカートの下から出ているヒモに吊された、黒く長い靴下のようなもので半ばから隠されている。

 愛らしいのは事実だが、露出もかなり多い。


「ねえアリス。貴方ってそういう胸を強調する服って苦手じゃなかったかしら?」

「そう、だったんだけどね。アルくんがこのあいだ、アネットさんの胸元に見とれてたから、ちょっと露出が多い方が好きなのかなって思って、がんばってみたの」

「……アル?」

 ああぁぁ、ユイが冷めた目で見てる。


「あれは不可抗力だ!」

「そうなの? じゃあ、アルくん、こういう服、あんまり好きじゃない?」

 アリスが無邪気に問い掛けてくる。

 好きじゃないと言えばアリスが傷つくし、好きだと言えばアネットに見とれていたと認めることになる。そんな二択にどうやって答えろと言うのか。

 俺の内心を知ってか、アリスの向こう側でユイが笑っている。後で覚えとけよ。


「そう、だな……そういう服は初めて見るけど、可愛いと思うぞ」

「それって……服のこと? それとも、服を着てる私のこと?」

 アリスが指を口元に添えて、上目遣いに尋ねてくる。


「……あざとい、この子あざといわ」

「ユイは黙っててね?」

「はい」

 アリスは笑顔でユイを黙らせて、再び俺に上目遣いを向けてくる。

 甘えているような仕草を見せる反面、その行動には有無を言わさぬ迫力がある。そして、その深緑のような瞳は、わずかに揺れているようにも見えた。


「アリスって意外にあざといんだな」

「ふえぇっ!?」

「ほら、アルにもあざといって思われてるじゃない」

「ち、違うよ? 私、あざとくなんてないよ?」

 胸元の布をぎゅっと握り締め、おろおろと視線を彷徨わせる。いつもはピンと伸びたエルフ耳が、しょんぼりへにょんと落ち込んでるようにも見える。

 俺は思わず笑って、アリスの頭に手を置いた。


「……アルくん?」

「その服は似合ってると思う。さっきのは、服を着たアリスのことだ」

「え? それって……っ。~~~っ」

 ぽかんとしたのは一瞬、アリスは耳を真っ赤にして身悶えた。どうやら、アリスはユイ以上に初心なところがあるらしい。


「ところでアル、アリスに腐葉土を出してもらうんじゃなかったの?」

「あぁ、そうだったな。アリス、頼めるか? ……アリス?」

 自分の世界に浸っているようで反応がない。仕方ないので耳の先を摘まんでみると、ひゃんと可愛らしい悲鳴を上げた。


「ア、アルくん? ミミはダメだよぅ」

「いや、腐葉土を出して欲しいんだけど」

「ふえ? ……あぁうん、腐葉土だね」

 ようやく落ち着いたアリスに頼んで、指定したとおりに腐葉土を出してもらう。そして予定していたとおりに、六パターンの土を用意した。

 腐葉土に魔石を混ぜた土に、一番多く薬草を植える。他は比較用の最小限に留めた。それからティーネの許可を得て、ご機嫌なアリスによる土地の保護をおこなってもらう。

 原理はよく分からないけど、菜園一帯が淡い光で包まれる。これによって、プレイヤー一族は盗みを働けなくなるらしい。

 プレイヤー一族以外には盗めるみたいだけど……そっちはいまのところ大丈夫だろう。もちろん、そのうち気を付けるようにしなきゃ、だけどな。


「アリステーゼさん、ありがとうございます」

 ティーネがぺこりと頭を下げる。そんなティーネの頭を、アリスがよしよしと撫でつけた。

「気にしなくて良いよ。私としても、ティーネちゃんみたいに可愛い子の助けになるなら、こうして課金した甲斐もあるしね」

「アリステーゼさん……うん。お母さんを助けられるように、一生懸命にがんばります」

「うん、応援するからね」

 ティーネを優しい表情で見守りながら、アリスはどれくらいで結果が出るのかなと首を傾けた。薬草の栽培が出来ることを知らなかったみんなが、俺に視線を向けてくる。


「そうだな……早ければ一週間くらいで確認できると思う」

「思ったより長いのね」

 ユイがぽつりと呟く。


「長いか? 普通は何週間とか、何ヶ月とか掛かると思うんだけど」

「え? あぁ……そうだったわね。普通のMMOだと数時間とかだから、ちょっと間隔が狂ってたみたいね」

 数時間なんてありえないと思ったけど、アリスまでそうだよねと同意している。どうやら、プレイヤー一族にはわりと普通のことらしい。


「その数時間で結果を出すのって、方法があるのか?」

「いえ、この世界では無理だと思うわ」

 ユイ曰く、別の世界の話らしい。ちなみに、この世界の常識は、ユイの世界の常識に近いとのことだ。正直、なにを言ってるか分からない。

 ユイ達は、色々な世界を渡り歩いてるの……のか?


「だから、肥料や連作障害とかの対策とか、そういう知識面は役に立つと思うのよね。そう考えると、農業とかに手を出すのも面白いかもしれないわね」

「……えっと、その言い方だと、ユイ達の故郷……ってか世界? は、ずいぶんと発展してるみたいだな。それなら武器とかポーションとかの製法とかもあるんじゃないのか?」

 もし優れた装備や、病気を治すようなポーションを作れるのならと思ったが、ユイは残念だけどと首を横に振った。


「武器や一部の大きく世界のバランスを崩すような技術は、この世界に持ち込めないように制限が掛かってるの。だから、そっち系では役に立てないと思うわ。医学的な知識は持ち込めるけど、そっちは素人だしね」

「そっか……」

 もしかしたらって思ったんだけど残念だ。


「でも、農業とか、ちょっとした商品なら作れるかもしれないわよ? もしその気があるなら、協力するけど……どうする?」

「どうすると言われても、俺は農業をするつもりはないから」

 それはティーネに聞くべきだと視線を向ける。


「私は、お母さんのためにポーションを研究したいです。だから、せっかくのお誘いだけど、農業に手を出す余裕はないです。ごめんなさい」

「そっか、それなら気にしなくて良いわ。ひとまず、薬草の栽培をがんばりましょう」

 そんなこんなで、薬草栽培の実験は開始された。



 ティーネの家を後にする頃には、太陽が地平線の向こうに沈み始めていた。

 いつもアリスやユイが帰る時間帯で、いつものように孤児院があったはずの広場へと送っていく。その道すがら、中年くらいの男の冒険者が駆け寄ってきた。


「アリスちゃん、ようやく見つけたよっ! うわぁ、凄く可愛くい恰好だね。それに、胸元が大胆で、これはけしからんっ!」

 なんかちょっとヤバそうなおじさんである。

 だけど、親しげに話しかける様子から、アリスの知り合いだと思ったのだけど、声を掛けられたアリスは、少し怯えた様子で後ずさった。


「……アリスの知り合いじゃないのか?」

「うぅん、私の知り合いじゃないよ」

 それを聞いた瞬間、おれは二人の間に割って入った。


「なんだよ、ボクがアリスちゃんと話してるのに邪魔するなよ。そうか、お前がアリスちゃんにつきまとってるNPCだな! ボクのアリスちゃんに馴れ馴れしいんだよっ!」

「――っ」

 上半身を捻ったのはただの勘だった。

 だけど、俺の捻った肩を掠めるように、銀光が虚空を切り裂いた。肩に焼け付くような痛みが走り、俺は目の前の男に斬られたのだと理解する。

 だが、その痛みで反応がわずかに遅れる。痛みに顔をしかめながら剣に手を掛けたとき、男は剣を振りかぶっていた。


「お前はここで死ねよっ!」

「だめええええええっ!」

 容赦なく振り下ろされる剣を受け止めるべく、腰の剣を抜き放つ――寸前、俺の視界に両手を広げて飛び込んでくるアリスの姿が目に入った。

 

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