異世界の常識、非常識 3

 危なっかしい女の子達の面倒を見るか否か。これ以上助ける義理はないのだけど、ここで見捨てたら後悔すると、自分の中のなにかが訴えている。

 どうしてそんな気持ちになるのかと考えていると、女の子の悲鳴が森に響き渡った。


「いまのは悲鳴、だよね?」

「そうだな。助けに行こう」

 俺の提案にアリスは頷いたのだが――


「そうね、それじゃまずは、体力を回復させてから向かいましょう」

 ユイがとんでもない提案をしてきた。


「なにを言ってる? そんな悠長なコトしてたら間に合わないだろ?」

「……え?」

「いや、そんな、なに言ってるの? みたいな顔をされても……間に合わないだろ?」

「……あ、あぁ! そうよね。ごめんなさい。強襲イベントの前は体力を回復させる癖がついてたのよ。急いで助けに行きましょう」

 意味が分からない――けど、あれこれ言ってる暇はない。


「よし、それじゃ行くけど――今度は無謀に突っ込んだりするなよ?」

 二人に念を押し、悲鳴の聞こえた方に走り出す。

 そうして木々のあいだを駆け抜けること十数秒。見覚えのある女の子が三体のブラウンガルムに追われて必死に逃げている姿を発見し――


「大変、助けなきゃっ!」

「あたしがブラウンガルムを抑えるから、アリスは女の子をお願い!」

「うん、任せてっ」

 一瞬の迷いもなく突撃を掛ける二人を前に、俺は思わず頭を抱えた。


「お前ら、無謀なマネは止めろって言っただろうがっ!」

 ユイの前に躍り出て、先頭の一体を斬り伏せる。だが俺の横を駆け抜けた残り二体のブラウンガルムが、ユイへと襲いかかった。


「くっ、このぉっ!」

 ユイの振るった細身の剣が一体のブラウンガルムを浅く切り裂く。だが、もう一体のブラウンガルムがユイを狙っている。


「ちぃっ!」

 ギュッと落ち葉を踏みしめ、ユイを助けようとするが、身体が重くて自分のイメージに身体がついてこない。届くはずの距離が届かない。

 ユイの柔肌に、ブラウンガルムのキバが――


「まっけるかあああああっ!」

 ユイは必死に剣を跳ね上げ、ブラウンガルムのキバを受け止めた。だが、その勢いまでは止めきれずに、地面に押し倒されてしまう。

 だが、その一瞬で俺は距離を詰めた。


「ユイっ」

 魔術で身体能力を引き上げて距離を詰め、ユイに覆い被さっているブラウンガルムを蹴り飛ばし、体勢を崩したブラウンガルムにとどめを刺す。


「残り一体っ!」

 叫ぶと同時、ブラウンガルムが背後から牙を剥いた。だが、俺は既に身体を捻っている。俺が寸前までいた虚空を切り裂く、ブラウンガルムの巨体をすれ違いざまに斬りつけた。


「他は……まだいるな」

 森の奥に、ブラウンガルムが残っている。

 俺は剣を鞘にしまい、森の奥に向けて手のひらを突き出した。

 体内に宿る魔力を引き出し、手のひらに集めていく。その魔力を使って、イメージした事象を現実に引き起こす。初級魔術のエアスラッシュを打ち出した。

 襲いかかる風の刃が、ブラウンガルムの隠れている樹木ごと切り飛ばす。


「……ふう。これでひとまずは安全だ」

 周囲の安全を確保した俺は、アリスと女の子の方へと視線を向ける。

 女の子は……やはり見覚えがある。さっき、街で冒険者に絡まれていた女の子だ。

 だが、俺を覚えていないのか、はたまた気付いていないのか、女の子は小さな身体を震わせ、アリスの背中に隠れている。

 すっかり怯えてるようなので、俺はアリスに目配せをした。


「えっと……もう大丈夫だよ、怪我はない?」

 アリスが女の子の前に膝をついて、その顔を覗き込んだ。

 こっちは任せておけば大丈夫だろう。そう思ってユイへと視線を向ける。ユイは落ち葉まみれになって、座り込んでいるところだった。


「まったく、無茶するなっていったばっかりだろうが」

 俺はため息をつきつつ、ユイに手を差し出す。

「し、仕方ないじゃない。女の子がピンチ、だったんだから」

「言いたいことは分かるけど、それで自分がピンチになってたら意味ないだろ」

 ユイの手を掴んで引き起こし、その背中の落ち葉を払ってやる。

「怪我は……ないな」

「あ、ありがとう」

 ユイがちょっぴり頬を赤らめて、お尻をパタパタと払う。


「……ありがとう。また助けられたわね。アリスの時もそうだけど、ありがとう」

「いや、良いけどさ。二人って、妙に仲が良いよな」

「あぁ、うん。あたし達、姉妹だからね」

「……そっか」

 人間とエルフのあいだに生まれるのはハーフエルフだ。だけど、二人はどう見ても純血のエルフと純血の人間だから、なにやら込み入った事情があるんだろう。

 相手から話さない限り過去は追及しない。孤児院で学んだ暗黙のルールだ。


「それよりアル、さっきのって攻撃魔術?」

「ん? あぁ、そうだよ」

「それに、その前は剣技も使ってなかった?」

「あぁ、攻撃スキルな」

「やっぱり! あたしにも使えるかしら?」

「攻撃スキルは練習したら問題ないはずだ。魔術は属性に適性があるから、俺と同じ風の魔術を使えるかは分からないな」

「じゃあ、魔術自体は?」

「それは練習すれば、どれかは使えると思うけど?」

 俺がそう答えると、ユイは意外そうな顔をした。どうやら、魔術は才能のある一部の人間にしか使えない技術だと思っていたらしい。


「才能の有無や属性の適性はあるけど、練習してもまったく使えないって奴はいないぞ」

「へぇ……そうなんだ。じゃあ、魔法剣士とかも出来るのね。だったら、あたしはレイピアと攻撃魔法を中心に伸ばして……」

 ユイが自分の世界に入ってしまったので、俺はアリス達へと視線を向ける。女の子はようやく落ち着きを取り戻しつつあるようだ。


「えっと……もう話は出来そうか?」

「あ、はい。助けてくれて……あれ、あなたは?」

「覚えてたか、さっきぶりだな。どうして、こんなところにいるんだ? 危ないぞ?」

「……ごめんなさい。でも、お母さんが病気で、ポーションを作る薬草がどうしても必要だったんです。だから……その……」

「……薬草? それにしたって危ないだろ? 薬草なら、冒険者ギルドで買うことだって出来る。キミになにかあったら、お母さんやお父さんが悲しむぞ?」

 俺は女の子の無謀な行動を咎めた。


「……お父さんはいません」

「いない?」

「はい。少し前に事故で死んじゃいました。それで、お母さんがお父さんの分まで働いたんですけど、もとから病弱だったんですけど、無理がたたって寝込んじゃったんです。それで、借金も返せなくなって……だから、その……」

 うわぁ……と、声には出さなかったけど、あまりの不幸っぷりに引くレベルである。

 その先は聞かなくても分かる。薬代がないのなら、諦めるか自分でなんとかするしかない。そんな二択に迫られ、この子は命を懸けて森に入ったのだ。


「あ、あの、身勝手なお願いだと思いますけど、薬草の採取を手伝ってくれませんか?」

「これもなにかの縁だ、俺は構わないよ」

 ただ、二人がどういうか分からない――と口にするより早く、二人も構わないと頷いた。

 無謀でよく分からない二人だけど、根は良い奴――


「クエスト発生ね。報酬はなにかしら」

 ――と思ったら、ユイは報酬が目当てだったらしい。


「あ、あのあのあの、私、薬草を買うお金もないから、報酬とかは……その」

 報酬を請求された女の子が泣きそうになる。


「……ユイ、いくらなんでも酷くないか?」

 正式な依頼なら報酬をもらってしかるべきだけど、この子が報酬を支払えないのは明らかだ。それを前提でお願いしてきてるのに……と、思わずジト目で睨んでしまう。


「……え? あ、ご、誤解よ! あたしはただ、クエストを達成したらお金とか、便利なアイテムとかがもらえるのかなって思っただけで……ご、誤解よ!?」

「……いや、そんな搾り取る気満々の発言をしながら誤解っていわれても」

 いっそ清々しいレベルの鬼畜である。


「そ、そうじゃなくて、ほらっ、クエストって達成したら、報酬がもらえるでしょ?」

「そりゃ、普通の依頼ならな」

 でも、この子に報酬を期待するのは酷だぞと声には出さずに続ける。


「そ、そうじゃなくてね。クエストを達成したら、報酬が空から振ってきたり、目の前に出現したりするでしょ?」

「………………はあ?」

「し、しない?」

「するわけないだろ?」

「そ、そうよね」

 なにを言ってるのやらである。本当に。

 

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