異世界の常識、非常識 1

「ログインとかリアルとか、さっきからなにを言ってるんだ?」

「えぇ、共感してくれないの? こんなにリアルな光景なんだよ? ほら、見て見て! まるで、自分がぴょんぴょん跳びはねてるみたいでしょ?」

「みたいもなにも、自分で飛び跳ねてるじゃないか……」

 ちなみに、サラサラのロングヘヤーが跳びはねるたびに揺れている。残念ながら、エルフらしく控えめな胸は揺れていないようだが……間違いなく跳びはねている。


「アリス、少し落ち着きなさい。この人、たぶんNPCよ」

「え、NPC!? またまたぁ。こんなにリアルな反応するNPCなんているはずないよぉ~」

 アリステーゼが驚いているが、ユイは俺を指差して「ほら、ターゲットしてみなさい。フレンド登録がないでしょ?」とか言っている。

 見た目は可愛いけど、変な女の子達に捕まっちゃったなぁ。


「ねぇ、あなた。本当にNPCなの? 違うよね? プレイヤーだよね?」

「そもそも、その質問の意味が分からないんだが?」

「えぇ? じゃあ……本当に、この街にずっと住んでるの?」

「……それが、俺自身よく分からない。気がついたらここにいたんだ」


 自分が誰かは分かっているし、ここがどこかも分かってるけど、自分がどうしてこの街にいて、いままでなにをしていたかが分からない。

 そんな状況をどうやって説明すれば良いのか、迷っているとユイがポンと手を打った。


「なるほど、分かったわ」

「えっ、いまので分かったのか!?」

「ええ、もちろん。要するにあなたは、取り敢えず意味深な設定だけを持ってて、真相はいつまで経っても分からない、チュートリアルの案内人なんでしょ!」

「は? なに? チュートリアル?」

 俺はまったく理解できないんだけど、アリステーゼは「なるほどぉ~」と納得している。この二人、ときどき俺の知らない単語を口にしてて訳が分からない。


「それじゃ、チュートリアルの案内人さん、お名前はなんて言うの? あ、ちなみに私はアリスで、こっちはユイだよ」

「俺はアルベルトだけど……」

 アリステーゼに名乗られて、反射的に答えてしまう。そんな軽はずみな自分を責めるより早く「じゃあ、アルくんだね」とアリスが微笑んだ。


 アルくん、遊んで遊んでぇ~。

      ほら、アルも見て見ろよ!     アルくん、いつも偉いわね。

  アルさん、こっちですか?       アルにぃのバカーっ!。


 脳裏に浮かんだのは子供達に囲まれている光景。懐かしさと言いようのない寂しさを覚え、胸が締め付けられるような感情を抱いた。


「……えっと、ダメだった?」

「え、なにがだ?」

 俺は我に返って顔を上げる。


「アルくんって呼び方、ダメだったかなって」

「……いや、呼び方くらい好きにすれば良い」

「えへへ。それじゃ、アルくん。もし良かったら、私達に戦い方を教えてくれないかな?」

「装備がいかにも初心者っぽいと思ったけど、まさかこれからデビュー……なのか?」

「うん、そうだよ。さっきログインしたばっかりだから、戦闘はこれからなんだ~」

「マジか……」


 初戦で実に二割ほどが再起不能な傷を負い、四割ほどが心に一生消えぬほどの傷を負う。

 それを乗り越えたとしても、第二、再三の壁にぶち当たって離脱。一年後も冒険者を続けていられるのは十%にも満たない。冒険者とはかくも過酷な職業である。

 とてもじゃないけど、華奢な二人が生き残れるとは思えない。


「おまえ達みたいな華奢な娘が冒険者になっても死ぬだけだぞ?」

「ふふっ、このゲームでもテンプレはあるのね」

 俺の忠告に、なぜかユイが微笑んだ。


「……テンプレって、どういう意味だ?」

「お前は戦いに向いてないって煽っておいて、実際に戦うのを見たら、さっきの評価は間違っていた。おまえには才能がありそうだ――って、プレイヤーをその気にさせるのよね?」

「いや、本気で危ないって言ってるんだが」

 っていうか、なんだよその手法。初心者を調子に乗せたら死ぬだろ。


「大丈夫よ、そんな風に煽らなくても、あたし達はもう、このゲームを続ける気満々だもの」

「いや、だから……」

 ホントに、なにを言ってるのやらである。


「……本気で冒険者になりたいなら冒険者ギルドに行った方が良いぞ。あそこなら、初心者に最低限の講習はしてくれるからな」

 たぶん、講習を受けたら冒険者の適性なしと判断されて、別の仕事を勧められるはずだけど、初戦で死ぬよりはずっとましだ。


「あら、あなたは教えてくれないの?」

 ユイの問い掛けに、俺は苦笑いを浮かべる。俺の実力なら、森で狩りをするついでに面倒を見るくらいは余裕だけど……正直、関わると面倒な気がする。


「うぅん、仕方ないわね。アリス、二人で狩りに行ってみましょ?」

 俺が乗り気じゃないのを察してくれたまでは良かったのだが、ユイはアリスに向かってありえない提案をした。


「え、アルくんは、冒険者ギルドに行くべきだって言ってるよ?」

「そうだけど、これだけ自由度の高いゲームだし、チュートリアルは後でも良いじゃない」

「それは……たしかにそうだね」

「いやいやいや! そうだね――じゃねぇよ!」


 俺は思わずツッコミを入れてしまった。お節介だと思うけど、いたいけな女の子二人が無残に魔物に殺されるを見過ごすことは出来ない。

 青空の下の広場で、俺は思わずこめかみを揉みほぐした。


「ハッキリ言ってやる。女の子がたった二人で狩りに行くなんて自殺行為だ」

「そう思うなら、あなたがついてきてくれたら良いじゃない?」

「……だから、冒険者ギルドで仲間を募集しろって。もしくはギルドで研修を受けろ」

「嫌よ、面倒くさい。今日はお試しで戦うだけなんだから」

「あのなぁ、それで死んだらどうするんだ?」

「そのときはそのときよ」

 危機感が皆無なユイの発言に、俺は盛大にため息を一つ。アリスへと視線を向ける。


「……おまえもなにか言ってやれよ。このままだと、二人纏めて死んじゃうぞ?」

「え? うぅん……私はこういうことに不慣れだから、ユイに任せようかなって」

「だーかーらーっ、それで死んだらどうするんだよ!?」

「どうって……生き返る?」

「んな訳あるかぁっ!」


 秘薬を使おうが、治癒魔術師に頼もうが、死んだ人間を生き返らせることは出来ない。死んだら終わりというのがこの世界の法則である。

 なのに、この二人はそれがなぜか理解できてない。ここで見捨てたら、二人は森に行ったまま生きては帰ってこないだろう。

 それを俺は……許容できなかった。


「あぁもう分かった、分かったよ! 俺がついて行ってやるよ!」

「え、ホントに? アルくん、ついてきてくれるの?」

 アリスが目を輝かせる。

 わりと面倒くさそうだが……いまの俺は記憶喪失で、ひとまず日銭を稼ぐ必要があるので、どのみち狩りには行くつもりだった。

 少し面倒だが、まあ……ついでだと俺が頷くと「わぁい、アルくん。ありがとうね」とアリスが俺の手を握ってきた。なんか、スキンシップが激しい女の子だな……


「…………」

 無言の圧力を感じるなと思ったら、ユイがジト目で俺を睨んでいた。

「……なんだよ?」

「言っておくけど、アリスにはずっと昔から、それこそ前世からずっと思い続けている人がいるからね? 勘違いしちゃダメよ?」

「いや、別に勘違いはしてないけど」

「アリスも、ロールプレイのつもりかもだけど、誤解されないように気を付けなきゃダメよ」

「ふえ? 私、別にロールプレイなんてしてないよ? むしろ、それはユイの方――」

「はいはい、そういうことにしておけば良いのね。とにかく、気を付けなさい」


 ぴしゃりと言い放った。

 これは……あれか? 妹に近付く悪い虫を心配して、思わず暴走しちゃったお姉ちゃんとか、そんな感じか? なんかみていて微笑ましい……というか、ちょっと懐かしい?

 そんなことを考えていると、ユイが再び俺に探るような視線を向けてきた。。


「それで、あなたはホントについてきてくれるの?」

「さすがに、お前らが死にに行くのは見過ごせないからな」

「……そっか。ありがとう、アル。案内役を引き受けてくれて」

 険しかったユイの眼差しがふっと和らぐ。

 だが、次の瞬間にはいたずらっ子のような微笑みへと変化した。


「でも、よく見たらアルって、あたし達と似たような装備よね?」

「ん? あぁ……ホントだな」

 いまの俺は防具を装備してなくて、腰に一振り剣を吊しているだけだ。

 でもこれ……ドラゴンスレイヤーの魔剣じゃないか? たしか、終末の災禍って、世界を滅ぼすドラゴンを倒すために鍛えられた武器、だよな。

 最大強化されてるみたいだけど……なんで俺がこんなモノを持ってるんだ?


 まあいいか――と、俺は二人を連れて森へと向かった。

 

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