ヤノサラセの島

@mkodo

一話完結

                       

 彼は、もう一人の男に引きずられるようにして、息も絶えだえの様子で迎えの船に乗り込んできた。たった今、離岸して来た無人島で何があったのか、俺は彼が話し出すのを静かに待った。

 彼とは、お笑いコンビ「しりこだま」の、影の薄い方の芸人小玉のぼる。俺は山田一郎。経験は長いが、未だに深夜枠専門のTVディレクターだ。

 今回は、ゴールデン移行のチャンスを掴もうと、B級構成作家のオータニと練り上げたドキュメンタリー風シリーズの企画第一弾、無人島サバイバル編の撮影だった。

 最低限の食料と水に、寝袋、ビデオカメラのみを持たせ、孤島に出演者を置き去りにする。電波は通じないと言ってスマホまで取り上げてしまう。そして、そのいじられキャラの出演者が苦闘するさまを楽しもうという、言ってみれば大衆迎合型の悪趣味な企画なのだ。

「しりこだま」は、背も高くイケメン風の沢尻えいじと、小太りでオタク風の小玉のコンビ。昨年、ある漫才コンテストで準決勝まで残った。ネタを書きアドリブも利く沢尻の方は、バラエティのひな壇などでそこそこ売れてきた。だが、相方小玉の世間的認知度は低いまま。業界内の評判も、瞬発力に欠けるが素直さは一番という、芸人にとっては売りにならないものなのだ。

 その小玉が、今回の主役だ。アドリブも冴えないB級芸人一人に、自撮りを兼ねたカメラ一台を持たせただけ。普通なら、とても番組として成立しない。だが、下手な映像や失敗も、見せ方次第でリアルなドキュメンタリー風になる。実際は三日間なのに、朝日と夕日を場所を変えて二回づつ撮影させれば、一週間近く滞在したように編集できる。長年の低予算制作のノウハウを詰め込んでいるわけだ。

 当然ながら、時間的予算的に、何より志ざしからして本格的ドキュメンタリーにはなりようがない。話題になった映画「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」や「カメラを止めるな」のようなモキュメンタリーを狙ったわけだ。モック+ドキュメンタリーで、擬似ドキュメンタリーを意味するんだと小玉に説明した。

「ちょっと、なに言ってるんだか分からない」

 有名漫才師の決めフレーズで返してきた。オマエは素人か? ロケが不安になったが、番組的にはこの機転の利かなさが狙いでもあるのだ。


 船室に入って、どうやら落ち着きを取り戻した小玉が話し始めた。もう一人は、疲れたと言ってベッドで寝てしまった。

「山田さん、最初に言いましたよね。『安全な無人島でこの季節だから、ちょっとしたキャンプ気分だよ』って。だけど、ひとりぼっちになったら、とてもそんな気分にはなれなかったですよ」

「なんたって主役だからな。多少の苦労は我慢するさ」

「それでも、最初の情景を押さえておこうと、森の手前のブッシュに踏み込んだんです。で、カメラを海から森に180度パンしたその時、ファインダーに人影が映ったんです。ビデオ見てください」

「ほんとだ。だれか写ったね」

「信じられますか。原始人みたいな恰好した女が、森に逃げ込んでくとこです。距離はせいぜい三十メートル。すごいネタだと、けもの道みたいな細い道を夢中で追いかけましたよ」

「なんか、画面が乱れてるなぁ」

「すみません。走ってるんで、揺れて見づらいですね」

「お、急に暗くなったぞ。どうしたんだ?」

「今、うゎっ!って叫んだのは僕です。落とし穴に落ちたんですよ。見上げると、もじゃもじゃ頭に入れ墨の、原始人みたいな男と女が覗き込んでいて、男が長い棒を突っ込んできました」

「その時の画はないのか?」

「とんでもない。恐ろしくて撮ってなんかいられませんよ。槍だと思って観念して目をつむったんですけど、薄目を開けて見たら、入れ墨も髭もない日本人の顔が覗いてたんです」

「日本人が?」

「ええ、そこのベッドの彼です。棒に掴まって穴を出ると、彼が『この人たちは危険じゃありません。一緒に集落の方へ行きましょう』と言うので付いて行きました。途中、東都大学人類学科准教授の大谷鉄馬で、この島に調査に来てもう一年になると、自己紹介されました」

「キミのことは、知ってたのかい?」

「『しりこだま』というお笑いコンビの片割れで、これでも番組のロケなんだと挨拶しましたが、彼はきょとんとしてましたね」

「真面目な学者さんが、キミクラスの芸人を知ってるわけないか」

「前を行く原始人の男女が、知らない言葉で何か喋ってたんですが、『あなたを泊める家や、歓迎の食事について話してます』と、大谷さんが翻訳してくれました」

「言葉が分かるんだね」

「ええ。大体分かるようになったけど、大昔に日本語から派生した言語のようだと、専門家らしい説明がありました。彼自身が、研究用にビデオと写真を撮影していて全く問題ないと言うので、森の景色と二人の姿を撮りました。無人島に原始人がいたのには驚きましたが、まず番組的にオイシイ、ツイテルって思いましたね」

「そうそう、その意識が大事だよ」


 引き続き船の中で、小玉はこの後のてん末を次のように語った。

「開けた場所に出ると、教科書で見たような竪穴住居がひとつ建っていました。大谷さんも最初はあそこに泊められたけど、今は、奥にある集落の一軒をあてがわれていると言ってました。

 案内してくれた男女二人は、大谷さんと何やら言葉を交わすと、奥の森に入って行きました。この家で休んでくれ。後で食べ物を持ってくる、と言ったそうです。中に入ると、意外に明るいし、二、三人は泊まれそうな広さもありました。夜空に寝袋で野宿することを考えたら、まったく快適な宿と言えるでしょうね。

 大谷さんが、この部族についてこれまでに分かった事を説明してくれました。

『小玉さんは、未接触部族って知ってますか? 文明との接触を拒んでいる部族が、世界中にはまだ百以上あると言われています。アマゾンの源流域に数百人が住むマシコ・ピロ族や、インド洋の島に住むセンチネル族なんかが有名ですが、現代文明による開発に追われたり、免疫がないために伝染病をうつされて絶滅する部族も多いんです』

『その辺りは、まったく不勉強で……』

『ま、普通の人はそうですよね。未接触部族の多くは石器時代の生活を継続していて、文明人の接触に姿を隠したり弓矢で威嚇したりして、実態がほとんど分ってないんです。日本にも戸籍を持たず山野を移動して定住しない、サンカという集団がありました。ただ、彼らは、川魚や竹細工を里人と取引きしていましたし、次第に定住して今では存在しません。未接触部族というものは、日本にはいないはずなんです』

『でも、この島には居たってことですね。 ここって日本ですよね?』

『ええ。僕は、ある島で文明から隔絶された少数部族を見たという古い文献の記述から、あちこち探した結果、この無人島で発見したというわけなんです。彼らは、自分たちの種族を「ヤノサラセ」と呼んでいます。人種的には僕らと同じ日本人が、遠い昔に孤立したものだと推測しています。秋田弁ぽい言葉があるし、女性は秋田美人の流れなんでしょうか、さっきの彼女も中々の美人でしょ』

『ええ、よく見たら結構な美人でした。スタイルもいいし』

『全体でも五十人ほどの少数部族ですが、昔は大勢いたのか、それともずっと小集団なのかはまだ不明です。ヤノサラセ族は、歴史を記録できる文字を持っていないんです。この島に孤立している限り、資源的に大人数の集団は賄いきれませんから、小集団で維持されてきたと、僕は見てます。このような小集団内では血縁が濃すぎて、健全な子孫の存続が困難になります。それを、彼らはどう解決してきたのかというと……。おっと、食事が来たようですね。詳しくはまた後で話しましょう』

 さっきの男女が、素焼きの食器に、芋の蒸し焼きや骨つき肉の丸焼きやらを載せて持って来ました。しかも甘口の強い酒まで出てくるんですよ。運んで来た二人は一緒に食べないんですが、彼女が土器でお酌してくれるんです。その時「ドノサウゾ」と言ったように聞こえました。そして、ぼくの目を見つめるんです。その色っぽいことといったら。もう、顔の入れ墨も気にならなくなりました。

 食べ終わると、二人は空の食器をまとめて帰って行きました。夕暮れの中を行く二人の後ろ姿も、映像的になかなかの光景でした。番組的にも効果的だと思いますよ。大谷さんが、今夜はここに泊まってくれると言うのでホッとしました。

『さて、血縁を濃くせずに、健全に子孫を存続する方法でしたね。小玉さんは女護が島って知ってますか? 井原西鶴の「好色一代男」の主人公世之介が、六十歳にして人生の最後に目指した島です。女だけの島で、男が漂着しようものなら、もうモテてモテて体が持たないという、男のユートピアですね。この島も完全な母系集団で、男は下僕として必要な、去勢された数人だけなんです』

『さっきの背の高い男もそうなんだ。それより、ここがユートピアの女護が島なんですね!』

『まあまあ落ち着いて。子孫存続をどうしているかでしたね。そう、外部の血を導入するんです。たまに漂着する男は絶好の対象となります。何をにやけてるんですか。彼女らの基準があるんですよ。今日のところは、まだ一次試験通過というとこですからね。明日は体力的なテストをされるはずです。僕の時はヤシの木の木登りでした。最終審査は、女性陣三十人くらいの前に立ちます。そう、オーディションみたいなもんですね』

『うーん。ピンでウケたためしがないからなぁ』

『大丈夫ですよ。立ってるだけでいいんです。人類学的にみたら小玉さんは縄文顔だから、ここでは結構モテるんじゃないですか。どっちみち、お笑いネタやってもウケませんよ。言葉も風習もまったく違いますからね。僕の場合は三人から手が上がって、それ以来、僕の竪穴住居に交代でやってきます。どうやら、女の児が生まれるまで続くようです。今、二人のお腹が大きいんですが、さて、男が出るか、女が出るか。ともかく、賓客待遇されて人類学の研究も出来て、まるで天国ですよ。おお、期待に顔が輝いてきましたね。でも、明日に備えてそろそろ寝た方がいいですよ。ま、せいぜいモテた夢でも見てください』

 翌朝。夜明け少し前に目が覚めました。山田さんの指示どおりに、日の出を二ヶ所から撮りました。朝昼兼用らしい食事の後、昨日の二人の前で、木登りテストやら浜辺を走らされたりしました。ちょっと情けない気もしましたが、芸人としてはオイシイぞ、と自分に言い聞かせながら全力でやりました。大谷さんに撮影して貰えたのもラッキーでしたね。

 なんだかんだで時間が過ぎ、夕景を二パターン撮って住居に戻ると、夕食の用意が出来ていました。この夜は、気のせいか彼女の態度が随分親密に感じられました。言葉は通じないのですが、勧め上手なんですね。色っぽい目付きで「オノサヒトヨシ」とか言うんです。気に入られたみたいだと感じました。ヨシとか日本語の流れで良い意味に違いありません。あの酒をついつい飲み過ぎて酔いつぶれてしまいました。

 あっという間に三日目です。午後三時までには、山田さんたちの船が来ることになっていましたよね。予想外のネタが撮れて、取れ高も十分。番組的にはオーケーかとは思いました。でも、どうせなら、ヤノサラセ族の人たちと交流してから、ラストには涙のお別れシーンくらいは欲しいじゃないですか。まぁ、大谷さんみたいにモテたかったというのが本音だったんですけどね。船が来たら、滞在の延長を提案してみよう。なんてことを考えながら、夜明けの景色なんかを撮影しました。

 朝昼兼用の食事が終わると、大谷さんは『後でまた来ます』と言いおいて、二人と一緒に集落に向かいました。オーディションまでの間、恥ずかしながらウォーキングの練習なんかしてたんです。

 そこに、必死の形相をした大谷さんが駆け込んできました。

『た、大変だ。早く逃げましょう。彼らの話を立ち聞きしちゃったんです。さぁ、急いで!』

 突然のことで、まったく意味が分からないまま、荷物をまとめて竪穴住居を出ました。浜に向かう森を抜けながら、大谷さんがわけを話してくれました。

『女の子が生まれたんです。だから、僕はもう用済みなんです。これまでの男たちも、口封じで消されてきたから、この島の秘密が漏れなかったんだって、今頃になって気付きました』

 森を出ると、嬉しいことに、迎えのこの船が見えたんです。船に向かって、砂浜を必死に走っていると、森の向こうから太鼓のような音が聞こえてきました。

『気付かれたみたいです。急ぎましょう』

  大谷さんが、切羽詰まったように叫びました。

 そういうわけで、息も絶え絶えに船に乗り込むと、早く出航してくださいと叫んだんです。あぁ、ともかく恐ろしかった……」

 小玉は、まだ少し震えが残った様子で話し終えた。

  

 あれから一週間経った。

 俺は、小玉を呼んで、彼の撮ったビデオをベースに、粗編集を終えたばかりの番組「ヤノサラセの島」を見せた。そこには、彼のビデオには無かったシーンもたっぷりと挿入されている。落とし穴や竪穴住居などの隠し撮り映像だ。

 船に向かって、砂浜をこけつまろびつ駆けてくる二人の姿は、本格的な望遠レンズによる迫真の映像だった。

「あれぇ、ぼくたちの撮ってない場面があるじゃないですか。それに、会話もちゃんと録音されてる。一体、誰が……」

 小玉は、粗編ビデオを見終わっても、キツネにつままれたような顔のままだ。

「いくら何でも、下手な自撮りカメラ一台で、番組になるわけないだろう」

 俺はそう言うと、オータニを呼び込んだ。

「紹介してなかったよな。この企画の構成作家のオータニ君だ」

「えぇっ、大谷さんじゃないですか。人類学者の……」

 俺は、もう一人の男を呼び入れた。

「あれぇ、沢尻がなんでここに?」

 俺は、沢尻に長髪のかつらと、もじゃもじゃのつけ髭を付けさせた。

「入れ墨は省略していいよな。モデルの彼女は、スケジュールが合わなかったんだ」

 小玉は、目を丸くして、口は半開きのまま固まっている。

「あの酒は甘口で強かっただろ?」

 沢尻が嬉しそうな顔で、初めて口を開いた。

「うん。初めての味で、すっかり酔っちゃったよ」

「泡盛に甘酒を入れたんだよ」

「……っていうより、おまえ、初出演の映画ロケで海外だったんじゃ」

 沢尻の代わりに俺が答えた。

「ごめん。ちょっと嘘言ったんだよ。ひとりになったキミに主役の番組が来たら、張り切るだろうと思ってね」

「そりゃ嬉しかったですよ。でも、結局コンビでの出演だったってことですよねぇ」

「まあまあ、主役は主役なんだから。これが受ければ、キミのピン出演も増えると思うよ」

「だと良いんですけどねぇ」

 納得しきれない顔付きの小玉に、俺は種明かしを始めた。

「ところで、小玉君は『ノサことば』って知らないかな。俺は、子供の頃これでよく遊んだんだよ。何にでもノサの二文字を挟むだけで、知ってるやつにしか分からない隠し言葉になるんだ。例えば、彼女が酒を勧めた時に、何て言った? 」

「確か、『ドノサウゾ』とか言いましたね。ん? ノサを取ると……。つまり、あの二人はそのノサことばで喋ってただけだった……」

「フフ。そういうことだよ」

「あれ、じゃぁ『オノサヒトヨシ』って……」

「『お人好し』さ。残念ながら、気に入ったって意味じゃなかったね」

「なんで山田さんが、彼女の話した言葉を知ってるんですか?……ひょっとして、台本があった。つまり、番組自体がやらせだったってことですか?」

「フフフ。そうなるね。そもそも、あそこは孤島なんかじゃなくて、先端が海に伸びてる小さな岬なんだよ」

「え、島だとばっかり……。そうか、それで行き帰りとも窓のない船室に入れられてたんだ」

「竪穴住居のセット造りとか、隠し撮りスタッフや機材を運ぶのは、陸路の方が簡単だろ。経費も安上がりだし」

「俺たちもロケバスで行ったんだよ」

 またまた嬉しそうに、沢尻が付け加えた。

「……」

 言葉を失ったようすの小玉に俺は言った。

「騙して悪かったけど、そこがこの番組の面白さなんだよ」

「でも、やらせなんて、今どきのテレビじゃまずいんじゃないですか?」

「もちろん、隠したやらせはだめだよ。だから、現場の設営からこの種明かしの場面まで含めての、どっきりドキュメンタリー番組ってことなのさ」

「それにしたって、『ヤノサラセの島』ってタイトルからして嘘じゃないですか。島なんかじゃないんだから」

「いやいや、ちゃんと言ってるだろ。『ヤラセの島』って」

                  

                       了

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