少年 1997年9月

エピローグ

 授賞式は厳かな雰囲気で進んでいた。思っていたのより数段立派な式だったので、少年は少し面食らっていた。大会議室の中央にはパイプ椅子が並べられ、先生や父母たちが部屋の前方に座る少年たちを見つめている。その後ろには、新聞記者らしき人物とカメラマンも何人か見える。鼻を掻いただけで、まるで犯人を取り囲んだ銃口のように、皆の視線がさっと自分に集まるような気がして、少年の身体には自然と力が入る。


 はぁーという長いため息の後に、ちっという舌打ちが続く。少年の右隣に座っている女の子が発したものだった。彼女はジーンズを穿いた足をだらしなく前方に投げ出し、のけぞるように椅子に座っていた。バス停でバスを待つ不良高校生に似てる、と少年は思う。父母の何人かは眉をひそめて彼女のことを囁きあっている。


「ねぇ、君が一位なんでしょ? すごいね」

 少年は思いきって彼女に話しかけてみた。彼女はほとんど首を動かさずに少年を見やった。その綺麗な目に、少年は思わず声を上げそうになる。

「欲しかったら、やるよ」

 目とは裏腹に、棘のある声で彼女は言った。


 下位の賞から、つまり少年の左から一人ずつ表彰されていき、やがて少年の順が回ってきた。

「続きまして、同じく小学生の部、知事特別賞……」

 少年の通う学校名と、学年、少年の名前が呼ばれ、彼は教えられたとおりに「はい!」と元気よく返事をしてから、立ち上がる。歩くとブリキのおもちゃみたいに音が鳴りそうなほど緊張していたが、何とか無事に賞状を受け取り、席に戻った。ふぅっと一つ息を吐いた。隣の少女が、ふんっと鼻で笑った。


「小学生の部、大賞は……」

 どうして知事特別賞よりただの大賞のほうがすごいんだよ、と少年は思う。あんた、北海道で一番偉いんじゃないのかよ、と式の初めに長ったらしい挨拶をした恰幅のいい男性を見る。少年は便宜的にその人を知事だと考えているが、実際には教育委員会の人間だ。おまけに「特別」まで付いてんのにさ。


 少女の名前が呼ばれても、しばらくは彼女は動かなかった。やがて会場の全員が、おやっと思ったのを見計らったように、彼女は無言で立ち上がり、賞状を受け取った。あまりその賞を名誉と思っているようには見えなかった。


 それから、少年たちの後ろに座っている中学生と高校生の受賞者にも賞状が手渡された。式は終盤に差しかかる。

「それでは、それぞれの部で大賞を受賞された三名の方に、今の気持ちとこれからの抱負などについて、お話ししていただきたいと思います」

 小学生の部の大賞受賞者からということで、少年の右隣の少女が再び指名される。少年は、僕じゃなくてよかった、とほっとしながらも、やはりどこか面白くない。


「面白い」

 少女がそうこぼすのを、少年は耳にした。少女は演壇の中央に立つと、高すぎるマイクを鷲づかみにした。咳払いを一つする。

「今の気持ちは、満足であり不満です。あんたがた大人たちにあたしの作品を認めさせたい気もするし、わかってたまるかという気もするからです」


 よくわからないけど、そういうことを言っちゃまずいんじゃないのかな、と少年は思い、周りの大人たちの表情を窺う。目を丸くしたり、口を開けたり、皆唖然としている。やっぱり、まずいんだ。


「これからの抱負は、ただ一つ」と右手の人差し指を立てながら少女は言い、呆気にとられている大人たちを気持ちよさそうに右から左へ見渡す。「誰にも書けない文章を書く。何十年も、何百年も、いや、永遠に生き続ける文章を書いてみせるよ」


 少女はマイクを戻し、何食わぬ顔で席へと戻る。すげー、よくそんなこと堂々と言えるな、と感心しながら、少年は手を叩いた。が、すぐに、ほかに拍手している人がいないことに気づいて、やめた。あ、そんなにまずいんだ。しばらく時が止まった。


「そ、それでは、次に中学生の部で大賞を受賞された……」と司会進行役の女性が無理やり続けた。ほかの大賞受賞者も居心地の悪そうな表情を浮かべながら、無難な言葉で感想を述べた。彼らのスピーチの間、恰幅のいい教育委員会の男性は隣の人と何事かを囁きあっていた。この女の子のことかな、と少年は右隣を窺いながら思う。やがて男性は、壁沿いに立って式を見守っていた眼鏡の男性を手招き、彼に耳打ちする。眼鏡の男性が二、三度頷く。そして式が終わった。

 少年は担任の先生と両親とともに会場を出る時に、眼鏡の男性が少女に付き添っていた若い男性に何か言っているのを見た。


 受付のところで、少年は副賞を受け取った。随分と大きくて重い。木の板が何枚も入ってるみたいだ、と少年は思う。少年はそのまま建物を出て、担任の先生と別れ、父親の運転する車に乗り込んだ。父親がハンド・ブレーキを下ろし、ギアを入れ、アクセルを踏むと、車がゆっくりと動き出す。


 少年はふと思う。ひょっとしたら、あの女の子は大賞を取り消されちゃうんじゃないかな。あの子の賞品は何だったんだろう? 僕のがこんなにでかいんだから、あの子のはもっともっとでかくて立派なんだろうな。ちゃんともらえればいいけど。


 少年は車の窓に鼻を押し付けるようにして、空を見上げた。秋の高い空に飛行機が一筋の線を描いていた。

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クロス×ロード Nico @Nicolulu

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