王の器とは

 劉備の家は元々豪農だった。それこそ筵を編んで生活しなくてもいいくらいに。甘家のような豪農で、この辺り一帯の地主だ。だが劉備の父が病で亡くなり、地主である仕事を担えなくなりその座を甘家へ渡した。もちろん、それから没落したのは言うまでも無い。

「だろうな。でも俺達は劉備殿を失っては困る。だから俺は邪魔をした。これ以上劉備殿の行く手を阻むのなら俺にも考えがある」

「ええ、そう。私も考えがあるわ。あなたが何者かはわからないけれど、あなたが劉備を守るというのなら守ってみなさいよ。権力のある方が勝つのは世の摂理よ」

「そうか。いいぜ、なら劉備殿を阻んでみろ。俺がそんな事をさせない。あのお方はこの国を引っ張って行く人だ」

 そう、劉備は王者の才覚を持つ。王者たる資格を、王者の器を持つ。何度出会ったとしてもそれは変わらない。甘梅は「楽しみにしているわ」とだけ言い残し森から去って行く。追う事はしなかった、どうせ彼女の未来はいずれ――。

 そんな事より敵方にバレているという事だ。現時点、彼女は董卓に言う事はしないだろう。理由としては、董卓が劉備を利用するつもりでいる事、董卓の傍に彼の愛妾・貂蝉や憲英が居るからだ。迂闊に機嫌でも損ねれば婚約者と言えど殺されかねない。董卓はそういう男である。だが同時に法正を焦らせる案件でもあった。

「呂布には……伝わっているだろうな」

 猛将・呂布。彼に伝わっているのは確実と見ていい。なら何故呂布は董卓に伝えないのかが気になった。董卓に伝わっていれば貂蝉も憲英もただでは済まない。董卓が野放しにしておくほどのような性格とも思えない。

 となると、呂布の一存――という可能性も拭えなくはない。

「……これだから獣の相手は苦手なんだよ」

 知性のない予測不能の相手は嫌いだ。想定外の事をするからである。警戒は強めた方がいいだろう。法正は一先ず呂布の情報を盗みに向かう事にする。このままでは綻びかけている策を立てられないからである。

 姿を消し、一瞬で甘家の屋敷へ移動する。瞳を開けばすぐに甘家の屋敷だ。法正は敷地内を警備している董卓の私兵達の中をくぐり抜けて、屋敷へと侵入。堂々と屋敷内へ入るが誰一人気付かない、気付かせない。屋敷内では忙しなく動く女中や董卓の私兵達。法正は彼らの会話から情報を盗み出し、呂布が居るであろう部屋へ向かって行く。二階の階段を上がり、階段から二つ目の部屋に入る。

「――では、仲穎様にお味方すると。奉先様もわかっているでしょうに……あんなやり方ではいつか仲穎様は殺されるだけだと」

「憲英。義父に義理を立てたいと思うのは当たり前の事だろう。私はそれを実行しているに過ぎないのだ」

「……そうですわね。わたくしはそれを全て信じられそうにありませんが」

 室内に入ればちょうど憲英と呂布が話し込んでいた。憲英はこちらに気付いたようだが、何も触れずただ話を続ける。法正は壁にもたれ腕を組んでは二人の会話を聞いていた。もちろん、呂布が法正に気付く事はない。

「憲英、一つ聞きたい。貂蝉を唆したのは貴様か?」

 窓際に立ち呂布は憲英を見下ろす。その瞳には鋭利な刃物のような力が宿っていた。怒っている、憎々しいとでもいうような感情が見える。嫌な予感がした。

「唆す? 何の事かわかりませんわ」

 憲英も心なしか顔が強張っている。呂布の感情が目に見えたのだろう。憲英は一歩後退するも表情を崩さなかった。

「貂蝉は義父上を失脚させるつもりだ。王允殿は義父上を殺すつもりだが、二人の言っている事は大方被る。失脚させて董家を平民に戻す――なんて事はならないだろう。結局義父上は恨まれている奴らから殺される。……お前はそれに一枚噛んでいるのか?」

「ご冗談を。わたくしはただ、仲穎様に雇われた侍女ですわ」

「私はただ本当の事が知りたい。それだけだ。お前を殺すつもりも、邪魔をするつもりもない。……ただ貂蝉を救いたいだけだ」

 呂布は語り出す。己は貂蝉と密会している事を。それを董卓にバレたくはない事、バレたらきっと制裁を加えられるだろう。貂蝉もどうなるかわからない。だから、貂蝉に董卓の怒りを買って欲しくない。そのために貂蝉を洛陽の曹操の下へ送りたい――と。

 それは恋。義父の妾に対する恋だった。叶わぬ恋だろう、悲恋と呼ぶべきものだろう。義父の妾に恋をするなど胸が張り裂ける思いに違いない。

「……わたくし達はこの村を救いたいだけですわ。誰も死ぬところを見たくはない。だから董卓を追い出すだけ。そのための失脚ですわ。命を取るつもりはありませんの」

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