第19話:新年(2)

 エリーナも、俺と同じようにステータスを見ている。

 だが、どうも様子が……

 ステータス画面を見たまま固まってしまっている。


 心配になった俺がエリーナの顔を伺うと、彼女はぽつりと呟いた。


「……一体、どういうことですの?」

「……大丈夫か?」


 あまりにも不安そうな表情をしているエリーナに声を掛ける。

 俺の目から見えているのは、半透明なプレートだけ。

 だが、恐らくだがエリーナは自分のステータスについて、何か悩んでいるに違いない。


 だが、すぐに気を取り直すと、エリーナはこちらに顔を向けて軽く微笑んだ。


「……あ、大丈夫ですの。ただ……」

「どうした?」

「……いまいち意味が分かりませんの」


 どうやら、色々不明点が多いらしい。

 確かに称号の意味とか、分からないよな。

 実は俺もエリーナも、ステータス画面の意味なんてこれまで教わった事がないのだ。


「ステータスが分からないか?」

「セグントス様」


 エリーナの表情を見たのか、セグントス様が傍に来て俺たちの上から覗き込んでくる。

 こうして後ろ手に組んで近付いてきたセグントス様を見ると、背が高いな、かなり。

 体つきは大柄で、筋肉質だが、その目からは非常に高い知性や思慮深さを感じる。


 そんなことを考えつつもエリーナのステータスを覗き込む……が。


「いや、何も見えない……」

「え!? 何でですの?」


 さっきも言ったように、何かエリーナの前に半透明のプレートがあるのは分かる。

 だが、見えるであろう表側から見ても、何も内容が見えない。

 やはり個人的なステータスというのは、見ることは出来ないのだろう。情報は大切だからな。


「ああ、それは自分で見るためだからな。【オープンステータス】と唱えればいい」

「分かりましたの……【オープンステータス】」


 名称的にステータスの公開ということだろうな。

 というか、これは英語のはずなのだが、問題なく受け入れられているのか。

 いまいちこの世界の単語というのは、何語を基にしているのか判断がつかない。


 さて、エリーナが【オープンステータス】を唱えたことで、エリーナのステータスが俺にも見えるようになった。

 どれどれ……気になるから見てみよう。

 そうやって覗き込むと、先ほど自分自身のステータスを見た時と同じような画面が見える。


=====================================

名前:エリーナリウス・サフィラ・フォン・イシュタリア

性別・年齢:女 5歳

種族:人族

スキル:水属性、風属性、光属性

称号:イシュタリア第二王女、魔を統べる者、七柱神の使徒

加護:七柱神の加護

《ステータス》

STR:E-

INT魔力:D+

DEX技巧:C+

CON制御力:A+

VIT防御力/体力:E

MEN精神力/耐性:B-

=====================================


 中々高いレベルなのでは?

 技巧系統はエリーナの方が上か。

 それよりも気になるのが【魔を統べる者】っていう称号なんだけど。


「凄いステータスだな……でもこの【魔を統べる者】ってなんだ?」

「分かりませんのよね……」

「ああ、それか」


 この称号について悩んでいると、セグントス様が見方を教えて下さった。


「ステータスの中で知りたい項目があれば、触れると詳細が見れるぞ」


 なるほど。

 実際に自分のステータスでしてみると詳細が表示される。

 エリーナも確認しているらしい。


「サクリフィアに連なる……? どういう……」


 そうエリーナが呟いたため、エリーナのステータスを見てみる。


 ================================

 【魔を統べる者】

 旧世界サクリフィア家に連なる存在。

 魔術師の末裔であり、竜と契りを結んだ者を示す。

 彼の者は竜と共に歩み、その終焉においても不変。

 竜は鍵となり、魔は楔となった。

 ================================


 旧世界。

 それは、千年以上前に存在していた世界といわれる。

 だが、多くの情報が失われており、ここに書かれているサクリフィア家が何かすら分からないのである。


 しかし……それ以降の記述の意味はなお一層分からんな。

 「竜」と「魔」。

 それが鍵らしいが……


「さて、洗礼は以上だが、もう少し話す事があるので戻ってくれんかの?」


 思考の迷路に入っていた俺とエリーナは、セロウス様の言葉にハッとすると、すぐに椅子に戻った。

 ステータスについてはまた考えよう。


「すみません、色々考えていました」

「失礼いたしましたわ」


 二人してセロウス様に謝り、席に落ち着く。

 そんな様子を見ていたセロウス様は、面白そうに笑いながら口を開いた。


「ほっほ。構わんよ。……さて、これからは色々動く必要が出てくる。まあ、洗礼を授けたことは、お主たちと一緒におる面々には知られておるので、動けないことは無いと思うがの」

「はい」


 そうか。洗礼を受けたことは皆に分かるんだな。

 そうなると、今後の動きが変わってくるに違いない。

 ……あれ? 結構自由に動けるんじゃ?


「特に、儂らが与えた【七柱神の使徒】という称号は強い意味を持っておる」

「どういう意味ですか?」


 確かに二人とも称号に【七柱神の使徒】がある。


「何じゃと思うね?」

「……皆様からの命に従って動く、ということですの?」


 エリーナが答える。

 セロウス様はそれに対して軽く笑いながら、今度は俺に聞いてきた。


「レオン君はどう思うね?」

「基本はエリーナと同じですが、更に言うと近しい存在、直接このようにお話しすることができる立場という意味では?」

「ほっほっほっほ! 流石じゃ二人とも。流石はかつて……」


 笑っていたセロウス様が、ふと何かを懐かしむ表情をしたが、すぐに言葉を切ると微笑んでこちらに目を向けた。


「……それでじゃ! お主たちの立場は分かったじゃろ? それでのう、お主たちに頼みがある」


 無理矢理、言葉を途中で切り上げたセロウス様を不思議に思いつつ、俺たちはセロウス様の言葉を待つ。


「受けてくれるかの?」

「「はい」」


 二人揃って返事すると、セロウス様だけでなく他の七柱神も嬉しそうに頷く。


「では、レオンハルト君、エリーナリウスさん。二人には世界に散らばった『旧世界の残滓』を集めて欲しい」

「「『旧世界の残滓』?」」


 声をそろえて聞き返してしまった。

 この二年、色々な本を読み知識を蓄えたが、そんなものは聞いたことがない。

 それはエリーナも同様のようだ。


 旧世界については有名であるが、あくまで知識や遺跡があるからこそ知っているレベルだ。

 残滓と言われても、それが何なのか、どうしたら良いのかすら分からない。


「ほっほっほっ、知らなくて当然じゃ。あくまで便宜上そう呼んでいるが、普通の人間に理解できるようなものではないからのう……まあ、それを集めて、自分たちの知識にし、出来れば世界に還元して欲しいのじゃ」


 なるほど。いわゆる知識チートというか、発展のために尽力しろと言うことだろう。

 この世界は、旧世界の崩壊以降、発展が緩やかであるといわれている。

 少しでも文化が成長する事は、確かに大切だろう。


 だが、どういうことだ? 不思議な点があるのだ。

 旧世界の残滓が普通の人間に分からないものなら、俺たちにも分からないのではなかろうか。

 そんなものをどうやって探したら良い?


「人間に分かるものでないのであれば、私たち二人でも無理なのでは?」


 思ったことをそのままぶつける。


「確かにそうじゃ。今の人間・・・・には分かるものではないのう」


 なんだ?

 やたらと含みのある言い方だが。


「まあ、ヒントじゃ。各地に散らばる旧世界の遺跡があるじゃろ?」

「ええ」「ありますわね」

「そこからは多くの遺物……発掘品があるはずじゃ。だが、それ以上にその場所には、旧世界の思念に似たものが存在しておる」


 思念か。

 それは初耳だ。

 普通、旧世界の遺跡は発掘された際には国の機関が調査を行う。

 そして、様々な技術を手に入れたり、道具を手に入れて、それを参考に新しいものを作り出す。

 それが魔導具ギルドの仕事の一つでもある。

 

 だが、そこに思念が残っているとは意外だ。

 それを見つけるとなると、その場所に行ってみなければいけないだろうな。


「まあ、レオン君のスキルと『残滓』は相性抜群じゃから、間違いなく分かる。そして、エリーナちゃんも恐らくな」


 エリーナでも分かるのか。

 何か見えるのだろうか。

 思念だから、靄のような物だろうか?


「ちなみに、残滓を手に入れた場合は、二人どちらも残滓を持っておく事じゃ。そうせねば……色々面倒が起きるからのう……」

「どちらも……ですか? でも、先に見つけた方が手に入れてしまうのでは?」

「言うたじゃろ? あれは思念のようなものじゃから、伝え合えば問題ない。とは言っても面倒ではある」


 そうでしょうね。

 それに思念なんて、口頭で伝えられるものではないでしょうに。


「まあ、心配するな。もしどちらか発見した場合、自動的にお互い共有出来るようにしておくからの……プリメア」

「ええ、安心しなさいお二人とも。お互い向き合って……手を繋いで」


 実は思念を伝えるなんて面倒だな、とは思っていた。

 どうもその問題の解決のために、今度はプリメア様が力を貸して下さるようだ。


 プリメア様——品の良いお婆さんのような生命神——の言葉に従ってお互い向き合って手を繋ぐ。

 お互いに身体の前に手を持ってくると、その上にプリメア様の手が重なる。


「我が目前の二人に『比翼の誓約エンゲージ』を与えよ。それは永遠とわの誓約。何時如何なる時も、健やかなる時も、病める時も、死も、時も、世界も越えて。いにしえの誓約よ、新たなる誓約となり、二人を祝福せよ」


 ちょっと!?

 何だこれ、何だこれ! 結婚式の誓いみたいなものじゃないか!

 いや、嫌というわけではないんだが……


 顔が熱くなるのが分かる。正面を見ると、エリーナは火が出るのではないかというレベルで真っ赤になっている。

 だが、特に手を離すでもなく、しっかりと握ったままプリメア様の言葉を聞く。

 すると、すっとプリメア様の手が離れたので、どうしたのかと顔を見上げる。


「さあ、これで完了よ。これで二人は『旧世界の残滓』について情報を共有できる。あとは、お互いのステータスを確認することが出来るわ。きっと役立つはず」

「あ、ありがとうございます」

「か、感謝いたしますの……」


「さて、この誓約……スキルでもあるんだけれど、これに関しては私でも解除できないものよ。そして、それが出来るとすれば、お互いがお互いを本当の意味で拒絶した時だけ。いいかしら?」


 お互い同士が、本当に拒絶しなければ解除されない誓約。

 これ本当に結婚の誓いじゃなかろうか。


 しかし、プリメア様ですら解除できないというのは驚きだ。

 でも、どこかでこの誓約を有り難く思う気持ちと、懐かしく感じる気持ちを抱きつつ、俺たちはこの誓約を受け入れたのだった。


 それからは、聞ける範囲で色々と相談したり、ヒントをもらったりした。

 七柱神の加護を得ている俺たちは、七柱神それぞれと会話して、今度伸ばした方が良い部分などを教えて貰う。

 ちなみに加護を得ている分野では、より良い技能や結果を得る事が出来るそうだ。


 七柱神はそれぞれ、世界神セロウスと生命神プリメア、天地神セグントスと魔法神テルセラ、商業神カトルス、武芸神キントと芸術神セイシアと呼ばれている。


 世界神と天地神の加護が分かりづらいのだが、世界神の加護を受ける者は今後、世界での大きな役割を果たすことが定められているらしい。だが、その役割を果たしていく上で困難に打ち勝つだけの力や知識、幸運を得る事が出来る。

 そして、天地神の加護は、いかなる自然現象や事象、瘴気や毒などに対する耐性を得る事が出来るようだ。


 ちなみに魔法神の加護は、既存の魔法に対して習得速度が上がったり、制御や精度に対する訓練効果が大きく得られるということらしい。ただ、テルセラ様が「自分で見つけたり開発した方が楽しいわよ?」と言われたので、加護頼りにしない方が良いのだろう。


 しばらくすると、セロウス様が近付いてきた。


「さて、そろそろ時間じゃの。またいつでも教会に来れば会えるからのう。出来れば、この世界の発展のためにも、遠慮せず色々試すんじゃよ」


 そろそろ時間らしい。

 ふと、元々の時間はどの程度進んでいるのか気になったが、セグントス様曰わく「精神の時間と肉体の時間は異なるから心配するな」と言われる。


「それでは、お世話になりました。またいずれ」

「ありがとうございましたの。また、お会いする時を楽しみにしておりますわ」

「うむ。我らも待っている。また会えるのを楽しみにしているぞ」


 エリーナと共に、七柱神にお礼を言う。

 応えるセグントス様の一言を聞いたと同時に、目の前が白くフェードアウトしていく。

 恐らく、大聖堂に戻れるんだろう。


 俺とエリーナは手を繋いだまま、神界から消え去った。




 * * *


「ふむ……戻ったかのう」

「二人の将来が楽しみね」


 神界では未だに神々が話し合っていた。

 世界神セロウスと生命神プリメアが、戻っていった二人の将来を思いながら呟く。

 すると、側にいた天地神であるセグントスが溜息をつきながら口を開いた。


「それにしても、迂闊ではないかセロウス・・・・。流石に冷や汗を掻いたぞ」

「む、すまんのう……懐かしくてな……」

「……気持ちも分からんではないが」


 先ほどまでとは異なる口調でセロウスに話しかけるセグントス。

 それを咎めるでもなく、逆に責められてしゅんとするセロウス。


「でもでも、誓約を二人が取り戻す事が出来た以上、そう心配しなくて良いんじゃないかしら?」


 そう告げるテルセラに対して、首を振りながらセグントスは続ける。


「確かにそれは成功した。だが、やっとの事でここまで辿り着いたのだ。詰めを誤る訳にはいかん。そんな事をすれば……申し訳が立たんだろう」

「せやなぁ……やっとこさ、やっとこさ揃ったんや。下手なことはせんで、サポートに徹するのが今は吉やろうなぁ」


 商業神のカトルスがセグントスの言葉に同調する。

 見た目、中肉中背の商人あきんどのカトルス。彼は手元の宝石箱のようなものの中を眺めながら楽しそうに笑う。


「せやけど、この調子なら早いんちゃう? 多分、レオン君は分かってんで? 自分のスキルのこと」

「……それならいいのだ。それよりも、残滓を元に彼らが本当のことを思い出した時、あの世界がどうなるか……観測を密にせねばな――どちらも・・・・



 * * *


「――七柱神の名において、エイメンそうあれかし

『エイメン』


 ちょうど、祈祷の最後の文を大司教が告げたと同時に、俺の精神は現実世界に戻っていた。

 白い光が収まったのを感じつつ、祈祷文の最後を繰り返す。

 目を開けてみると、大聖堂の祭壇の前に俺もエリーナもいた。


 しかし、さっきまで神界に居たのが夢のように感じるな。

 さて、神様たちは洗礼を分かるようにしておくと言っていたが……


「それでは、新年のミサは以上でございます。王族の皆様、ご退出願います」


 そう告げる大司教の言葉に従い、皆で控室に移動する。

 控室に移動する途中で、母上が近づいてきた。


「レオン、新年のミサはどうだったかしらん?」

「中々厳かでしたね。でも、前半は集中するのが大変でしたよ。まだ後半の方が……」

「あら、それもそうね。祈祷の時間の方が、確かにいいかもしれないわね。ふふっ♪」


 なんとなく、祈祷中に俺やエリーナに何があったのか、この人は知っているのではなかろうかと思う。

 母上は不思議な人で、細かなことも、秘密も見透かされている気がするのだ、いつも。

 なにか魔眼でも持っているのでは?


 そんなことを考えている内に、母上は俺の頬を撫でてエリーナの方に同じ事を尋ねていた。

 エリーナも似た答えをしていたが、やはり母上は意味深な微笑みを見せてから、ひらひらと手を振って父上の方に移動していった。


 控室はなぜか子供たちと大人で分かれており、大人たちは奥の控室に入る。

 子供たちは手前の控室に入り、お茶やお菓子を楽しみながら大人たちが迎えに来るまで待機するのであった。



 * * *


 大聖堂、奥の控室。

 今ここには、国王を筆頭に成人王族が集まっている。

 それぞれ夫婦でソファーに掛けており、ある人物を待っているのだ。


「申し訳ございません陛下、お待たせいたしましたな。さて……」


 扉が開き、老人が入ってくる。

 他の神官より豪華な法衣に身を包んだこの人物は、セプティア聖教の大司教である。


 名をミーシャエル・フォン・ラインハルト。

 大司教という立場であるが、同時にその名が指すように貴族でもある。

 ラインハルト家は法衣子爵家であり、主に聖教との連携や連絡を代々行う礼務系(儀式的な事柄を行う部署)貴族なのだ。


「本年も恙なくミサを執り行うことができました。七柱神の皆様も、陛下たちの信心を喜んでおられましょう」

「それは良かった」


 ミサの後、必ず王族と大司教は面談の時間を持つ。

 毎年お決まりの挨拶を聞きつつ、ウィルヘルムは大司教に対して「だが……」と言葉を続ける。


「それにしては、かなり焦ったような表情をしているな」

「……何のことで御座いましょう」


 少しの間は取り留めのない会話で時間を稼げると思っていたのだろうか。

 大司教である子爵は、国王であるウィルヘルムの言葉に対して、最初はしらを切ったものの身体まで完全にしらを切る事が出来ず、頭の天辺を汗で光らせつつ言い淀む。

 もちろんそれを見逃す国王でもない。


「あからさまに動揺しているが。どうした? 何を見た?」

「そうですな……今後の王国の今後に関わる、とでも申しましょうか」


 わざわざ真実を告げず、小出しに、そして何か匂わせながら告げる大司教。

 もちろん大司教も王国貴族なのだが、どちらかと言えば聖教寄りのため、立ち位置の関係上全てを国王には告げない。


 これは不敬罪では、と思うかもしれないが、別に国王に反抗している訳でもなく、ただ口を開くかどうか渋っているだけなのだ。


 下手にここで権力をかざしては、聖教本部から何を言われるか分からない。

 教会のネットワークは、王国だけでなく帝国や他の国々にも根を張っているのだ。


「つまり、国への影響がある事を理解しつつも、それは報告するつもりはないと……そういうことか?」


 口を開こうとしない大司教に対して、ジークフリードが詰め寄る。


「どうした? 陛下がお尋ねなのだが、答えず仕舞いか? それとも……何か、隠すつもりではあるまいな?」


 基本的に、当代の王族は皆武闘派である。

 それだけに、凄んだときの圧力というのは普通の人であれば逃げ出すようなレベルだ。

 特にジークフリードは、軍務卿を務める人物。

 彼の纏う覇気は、尋常ではない。


 立場上逃げ出すような事はないが、表面上平静を装いつつ大司教も言葉を続ける。


「隠すも何も……一体何を隠すというのです? 今年もミサが問題なく終わったのです。あとは——」

「あとは、見えたものを本部に報告するだけ、かしらん?」


 そこで口を挟んだのは公妃であるヒルデだ。

 ヒルデは大司教であるミーシャエルの言葉を遮って、彼の言葉を先行して告げる。


 その言葉は、まさしく当たりだった。

 一瞬顔色を悪くした大司教を見ながら、ヒルデは笑みを浮かべてさらに言葉を重ねる。


「多分、誰かに洗礼と『加護』が見えたのかしら? 視線の感じからすると……」

「こ、公妃殿下。何を仰います、そんな事があるはずないでしょう? 大体、本部に——」

「視線の感じからすると、うちのレオンと……エリーナちゃんかしら? あの二人、洗礼を受けているみたいね、どうも」

「!?」


 明らかに確信を持って放たれた言葉に対し、言い返すものを大司教は持っていなかった。

 本音、今回の件は先に聖教本部に伝えた上で、指示を仰ぐつもりだった大司教にとって、ここまで状況を見透かされているのは非常に拙かった。


 相手はヒルデ・フォン・ライプニッツ公妃。

 当代国王の従妹であり、元宮廷魔導師団長という立場を持つ強力な魔導師。

 普段からお茶目で明るい雰囲気であるが、その洞察力、推理力、実力全てが普通ではない。

 軍務卿を務めるジークフリードも知性的で、非常に頭の切れる人物だが、それを上回るのが彼女であった。


 実は、大司教として、レオンハルトとエリーナリウスを聖教側にしっかりと取り込む必要があると感じていた。

 何せ、加護の種類がおかしいのだ。

 それなのにヒルデに見つかっては、まず自分の思い描く方向に動くことは出来ないだろう。

 それで、どうにかしてこの場を切り抜ける必要があるのだが、あまりの分の悪さに、大司教はことさら冷や汗を掻きつつ口を開く。


「……流石に公妃殿下といえども、常識というものを理解していただきたい。流石に我らとて神々からの命により十歳未満の子供には洗礼を授けられないのですから……」


 ここは常識的な話をして、話を逸らさなければならない。

 本来洗礼を受けたことは、それを施した司祭から伝えられなければ子供では理解出来ないのだ。

 いずれ気付くとしても、それまでに聖教本部に報告を入れればいい。

 そう思いながら言葉を選ぶ。


 まあ、それでどうにかなるヒルデではないのだが。


「うーん、常識はそうだけれど……でもね、あの子たちに関していえば常識では計れないわよ? それに……一応私、司祭資格持っているんだけれど?」

「……!」


 ヒルデの放った言葉はとどめとなった。

 大司教は忘れていたが、実はヒルデは司祭資格を持つ。つまりは、洗礼を受けたかどうか、どのような加護を持っているか視る事が出来るのであった。


(迂闊だった……完全に忘れておったわ……)


 こうなっては正直に話すより他にない。

 聖教関係者である以上、何か不敬罪で殺されるということは確率低くても、完全に目を付けられてしまう。

 一つ咳払いをし、大司教は国王であるウィルヘルムに対して全てを話し始めた。


「……恐れながら、あまりこの件は知られない方がよろしいかと存じます」

「それで?」


 一応予防線を張りつつ喋る大司教だが、口を開くが国王の反応は冷たい。


「……ご存じの通り、我等神官の中で司祭以上の立場である者は、叙任の際に神々より一つのスキルを与えられます。それは【見通しの瞳】というものですな」

「続けよ」


 大司教の言葉に対し、ウィルヘルムたちは頷き、続けるように促す。


「これは、洗礼を受けているかどうか、そして、洗礼を受けた者の『加護』の種類を視ることができるのです。そして……ヒルデ公妃殿下の仰せの通り、レオンハルト殿下、エリーナリウス殿下に洗礼の反応が見られます」


 ヒルデが述べた言葉が真実であるということを告げる大司教。

 それに対して、確認の意を込めてウィルヘルムが聞き返す。


「そうなのか、ヒルデ?」

「ええ、間違いないわね……加護も【七柱神の加護】だから珍しいってものじゃないわ」

「はっ、間違いございません。また、『加護』についても恐らく七柱神全ての加護を得ておられます」

「「!!」」


 その後半の言葉を聞き、流石の国王も公爵も皆驚く。

 通常、洗礼を受けたと同時に一つ、あるいは二つの加護を受ける事が出来る。

 これはその人物の得意分野であったり、今後伸ばすとよい方向性を知る一つの指針となっている。

 だが七柱いる中で、加護は五つといわれているのがこの世界の状況である。


 そのため、七柱神全ての加護を得ているというのは初耳……いや、世界初といっても良いのではないかと彼らは思っていた。


「つ、通常、世界神セロウス様と、天地神セグントス様の加護はないと聞くが……」

「そうですわね……初耳でしてよ、ヒルデ?」


 七柱神の中で、世界神と天地神の加護だけはこれまで見当たらなかったのだ。

 その加護をどちらも得ている子供たち……その価値というものは如何ほどか。

 王族として高い教育を受けてきた彼らでも知らなかった事なのだ。


 だが、ヒルデは何事もないかのように言葉を続ける。


「そうは言ってもね……『聖教典』には書かれていたはず。そうでしょう?」

「……ええ、その通りです」

「そして、さらに言うとね? 全ての加護を持つ存在というのは——『使徒』なのよ」



 * * *


 大人たちが控室から出てくるまで、子供たちは休憩をすることが出来た。

 色々お菓子が並んでいるのを見ながら、紅茶を楽しみつつ考える。


(うーん、しかし……俺とエリーナは、どうにかして一緒に行動出来るようにしておかなければな……)


 そんなことを考えながら、左の薬指を見ると、ちょうど指の付け根の辺りにぐるりと、三本の線が縒り合わされたような痕がある。

 これが【比翼の誓約エンゲージ】の証。


 だが、いくら【比翼の誓約エンゲージ】があるからとはいえ、国王であるウィル叔父上がどのように俺たちを使っていくかは分からない。

 基本的に女性王族は有力な貴族家や、他国の王家に嫁入りするという政略結婚の切り札になる。


 そして、男性王族で継承権が高くなければ、やはり他国の上級貴族家への婿入りであったり、新しく家を立ち上げて王家と有力貴族との新しいパイプを作るための道具となる。


 転生前であれば信じられないような状況だが、この世界ではこれが当たり前。

 というよりも、これは王族としての義務と言って過言ではない。


(……と頭では分かっているんだけどな)


 やはり頭で分かっていても、エリーナと共にいたいという気持ちはとても強い。

 誓約の影響もあるのだろうが、初めて見た時からずっと感じている事だ。


(この気持ちはやっぱり……アレだろうな)


 まだまだ五歳という幼い時だが、やはり精神の部分で転生前の成人していた頃に心が引っ張られている気がする。

 誰かが「精神は身体に引っ張られる」などと言っていたが、そうとも限らないのではなかろうか。

 それとも未だになじんでいない証拠なのだろうか。


(初恋、ねぇ……)


 転生前は、最早考えることを諦めていた事柄。

 今度はやたら早くから考えなければいけないらしい。


 一緒にいるための一番簡単な方法は、エリーナの婚約者になることである。

 だが、俺はいくら王族とはいえ次男。エリーナは次女。

 階位としては同格なのだが、普通この格で婚約することはまずない。

 新しく家を立てるにしても、少し下の家格の貴族家……大体、侯爵か伯爵家の長女を娶るのが普通である。


(下手にライプニッツ家と王家が近すぎるというのも、貴族たちからの攻撃要因になりやすいからな……)


 それでも出来るだけエリーナと一緒に入れる方法を考えておきたい。

 どうやってウィル叔父上や父を納得させようか。

 そんな事を考えつつ、一つのお菓子を口に運ぶ。


「ん、これは…………」


 この世界では甘味が少ない。

 理由としては砂糖の産出量が少ないという点が大きいだろう。

 もちろん、サトウキビは知られており、南方では収穫されているのだが、いわゆる大規模なプランテーションがあるわけでもなく、量が少ないためにどちらかというと北方にあるイシュタリアには流れてこないのだ。


 そのため、製菓産業というのがほぼ無く、お菓子の種類も少ないし精練されていない。

 今口に入れた焼き菓子は、逆に砂糖の使いすぎなのか甘すぎる。


「あら、そのお菓子…………どう思いました、レオン?」

「……もう少し甘さを抑えた方が良いな」


 どうやら隣にエリーナが腰掛けていたらしい。さっきまでは姉たちと話していたはずだが……

 一体いつの間にここに来たのだろうか。

 さて、俺が食べているものに目ざといエリーナであるが、何を食べているか見た途端、なんとも言えない表情をしてきた。

 多分エリーナも甘さが強すぎると感じたのだろう。


「そうですわよね……出来れば上手に使っていただきたいのですが……」


 エリーナの言うことももっともである。

 砂糖を使うということは、それだけお金を使うこと。

 もちろんお金を使わなければ経済は回らない。

 

 だが、出来るだけ無駄にお金を消費しないようにして欲しい、そう思ったのだろうエリーナは本当によく出来た子である。


「エリーナのそういう優しいところ、好きだな」

「……ズルいですわ」


 つい、口から出た褒め言葉に対して、エリーナは顔を紅くしながら呟く。

 それを眺めておきたい気分でもあるが、実際にエリーナが行いたいと思っている事ならば、手助けしようと思う。


 ちょうど給仕をしてくれている一人の神官に声を掛けると、これがどこのお菓子であるかを教えてくれた。

 どうやら聖教会と関係のある商会らしいが……


 話を聞いてみたところ、元々は孤児院や寡婦を救済するため自立援助の方策として立てた商会らしい。

 たが、現在では貴族相手にお手伝いさんであったり養子だったり、嗜好品を斡旋する商会と化したようだ。

 顧客が顧客なので、かなりの寄付金(利益とは言わない)が舞い込んでいるとのこと。

 だが、どうやら最近、製菓業の売り上げが悪いらしい。


 うーん……別に助ける必要無いんじゃ?

 そう思ったのだが、エリーナに話を聞くと、この菓子を売る側は孤児や寡婦で、その売り上げが悪ければ自立出来ずに結局どこかの貴族家にメイドや従者として出される、ということもあるらしい。


 自立援助というが、結局弱者を食い物にしているような……体のいい奴隷扱いだよな。

 このイシュタリアでは、奴隷というのは犯罪奴隷だけ。

 そのため、いわゆる借金奴隷のようなものはいないはずなのに……


「でも、本来の状態を戻すにしましても、かなり利権など絡んでいるらしく、難しいそうですわ……」

「まあ、そこを考えるのは後だ。叔父上――陛下にも報告しておかなければいけないが、計画や手段を考えることはできるだろう?」

「そうですわね……手伝って下さいますの?」

「もちろん」


 エリーナの手が、膝の上の俺の手に重ねられる。

 それに対して、俺も手を重ねつつ……


「ただ……その前に『新年の儀』を乗り切らなければ……」

「そうですわね……」


 二人して苦笑いしつつ、親たちが戻ってくるのを待つのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る