裏1話:目覚めと出会い

 ——暗い。

 ——ただ、暗い。

 ——ここは、純粋に暗い。


 闇の世界で、一人の少年が動いている。


 ——そろそろ、腹が空いてきた。


 人のものとは思えないうなり声を発しながら、周りを見渡す・・・


 ——どこだ。

 ——腹を満たすものは、どこだ。

 

 何か飛びかかってくるのを感じる。

 腕を振るう。


 ——ザシュッ! ボトッ!

 ——ビシャアアアァ!!


 何かが落ちる音がする。

 同時に何かが吹き出す音がする。

 

 自分に生暖かいものが降りかかるのを感じる。

 足下をまさぐると、落ちた何かが手に触れる。

 その何か・・を口に入れながら、少年はそう考える。


 ——まだ足りない。

 ——だから、俺の糧になれ。


 少年の手は血に塗れていた。

 幾度も、幾度も。



 * * *


 幾ばくもの時が過ぎて。


 ——————ゴゴッ。


 遠くで音が聞こえる。


 —————ゴゴゴゴ。


 揺れている。


 ————ゴゴゴゴゴ!


 音が近づいてくる。

 同時に目の前が白くなってきた。


 これは何だ。痛い。

 灼かれるようだ。


 ——カッ!!


 音はしない。

 だが、白い何かが目の前をすべて覆う。


 ——俺はどこだ。


 瞬間、意識は光に溶け、消え去った。


 * * *


 スレヴァリ王国。

 ここは、大陸最南端の国。


 いや、果たして国と言って良いのだろうか。

 ここは、極端な全体主義を掲げる国である。


 誰もが生まれたときから職業が決まっており、大半の国民は軍人。

 そして国を動かすための部品のように国民は見られ、上層部は決まった動作をしながら国民を使う・・


 他の国とは交流がないが、定期的に他国を侵略する。

 理由は「オーバーフローの処理」だそうだ。

 他国からは「死の定期便」と揶揄される侵略、というか処理のための戦い。


 周辺諸国も分かっており、遠距離兵器や罠で対抗する。

 お決まりのパターンだった。

 

 そうやって人口を調整しながら国を回している、存在が異常な国。

 だが、もしその中で「不適格」という烙印を押されたものはどうなるのか。

 

 すべて「ガーベッジ」と呼ばれ、スラムとも呼べないような場所に送られる。

 光もなく、出口もない。

 唯一外に出られるのは、出荷・・の時。

 

 そんな世界に少年は生きていた。

 だが、先ほどの白い何かによって、その場所は消し飛んでいた。


 それは、少年にとって自身の存在すら認識できなくなるほどの何か。

 果たして、それは少年の救いになったのだろうか。

 それとも、少年の終わりになったのだろうか。


 * * *


 …………


 あれからどれほど経ったのだろうか。

 自分が生きている事は認識できている。

 だが、あまりの痛みにしばらく動けなかった。


 おそるおそる目を開けてみる。

 目が少し痛かった。


 さっきよりは周りが見える。

 でも、何も動いていない。


 見渡すばかり瓦礫の山、山。

 自分はここにいたのか。


 初めて見る光景、空気の匂い。

 少し物足りなさすら感じる。

 生暖かいものの匂いは全くない。


 


 これらはあまりに膨大な量の情報だ。

 普通の人間であれば廃人になってもおかしくないかもしれない。


 だが、少年は違う。


 少年には、燦めく鱗があった。

 少年には、鉤爪があった。

 少年には、爬虫類を思わせる黄金の瞳があった。

 少年には、星の輝きをもつ逆鱗があった。

 

 少年は————竜人だった。


 * * *


 謎の白い光は、スレヴァリ王国が開発した「竜砲」と呼ばれる兵器だった。

 その試し撃ちと、威力の測定のために闇の世界へ発射したのだ。


 そこに何が住んでいようと、上層部には関係がない。

 ただ淡々と、決められたルーティンに沿って動く。

 彼らにとっては、数%ほど土地が広くなり、食糧が数%減った、という程度の認識でしかなかった。


 だが、これは周辺諸国には見過ごせないものとなる。

 その破壊力。

 その行為。

 その王国の存在自体が許せないものとなった。


 周囲の国は同盟を結び、南の王国へ侵攻を開始する。

 その国民を解放し、上層部を処刑するために。


 結局、攻めたことはあっても攻められたことがなかったスレヴァリ王国は一日で滅びた。

 といっても、彼らは一通りの抵抗をした後は、何の反応もしなくなった。

 上層部は、無機質な目で侵攻軍の将兵を睥睨すると、ためらいなく自殺した。

 

 その様子を見て、その異質な国民性を見て、周辺諸国は絶句したという。


 国民は解放され、王国は周辺諸国に分割される。

 かつてのスレヴァリの民は、徐々にではあるが人間らしい生活をするようになった。

 ……そこに至るまでは、侵攻した同盟国の凄まじいほどの努力があったわけだが。


 しかし、少年はそのことを知らなかった。

 というか、大勢の人間が来て、次の日には帰ったようにしか見えなかったのだ。

 だれ一人、竜砲で消された闇の世界に生き残りがいたとは思わなかったからである。


 * * *


 草木が一本も生えず、動物も存在しない荒野。


 一人の女性が歩いている。


 彼女は研究者だった。

 二十代後半位で、凜とした雰囲気を放つ。

 

 颯爽と歩きながら、時に足を止め、周辺を見て片頬笑む。

 彼女は、スレヴァリ王国が開発した竜砲の威力と結果を調査するためにやってきた。

 

 同盟国の一つに属する彼女は、国の依頼を受けており、その依頼に関連して、かつて闇の世界があった場所に足を踏み入れたのだ。


 そこでその女性と少年は出会った。

 少年にとって、初めて近くで見る人間である。

 だがそれよりも、少年には問題があった。


「ウ、ウガアアアア!!」


 空腹なのである。思わず女性に飛びかかっていた。


「な、なんだ!?」

「グガッ!?」


 女性に爪が届こうかという瞬間、女性が魔法を放ったため、少年はその場から吹き飛ばされ、動けなくなった。


「あ、ああっ!? す、済まない、人がいるとは思わなかったんだ。驚かせてしまったな。大丈夫か?」


 そう女性はまくし立てるが、少年は理解できない。

 言葉が分からないのだ。


 突然吹き飛ばされた少年にとっては、女性は未知の存在であった。

 明らかに自分より弱そうなのに、負けた。

 少年にとっては青天の霹靂だった。


 ——勝てない。でも、腹が減っている。


 少年の頭にはそれしか浮かんでいなかった。

 そんなことを考えていたからだろう。


 ——グ、ググ〜ッ。


 盛大に少年の腹が鳴った。


「なんだ、お腹がすいていたのか。ほら、これを食べろ。レーションだが栄養はバッチリだ」


 そう女性は言って、レーションを少年に渡す。

 だが、少年は食べられない。先ほど女性の魔法によって、身体が動かせなくなっているのだ。

 女性は少年を吹き飛ばすと同時に拘束の魔法を撃ち込んでいた。


「む、済まない。手だけ拘束を解こう。ほら」


 女性がそう言うと、少年の手は動くようになった。

 だが、少年はまだ食べようとしない。

 やむを得ず、女性はレーションを少年の口に入れようとするが……


「グルルル…………」


 どうも少年は警戒してしまっている。

 女性は自分がまず食べて、食べられるものであることを示した。

 すると少年は、これが食べられることを理解したのだろう。手でレーションを掴み、口に入れた。


「ッ!?」


 少年にとって初めての味だったらしい。驚いたような顔をした後、匂いを嗅ぎながら、今度は少しずつ食べ始めた。

 しばらくしてレーションを食べ終わると、少年はもっと欲しそうな顔をする。


「やれやれ、食いしん坊だな。ほら、もう一個やるからそう言う目で見るな」


 もう一つレーションを女性が渡すと、少年は嬉しそうに食べる。女性はついでに足の拘束も解いておいた。

 しばらくして人心地ついたのか、少年は横になった。

 完全に警戒は解いていないようだが、前より近くに来ている。


「なんか餌付けをしている気分だ……」


 * * *


「さあ、私は調査をしなければ。君、名前を何と……って喋れないんだな。どうするか……」


 女性は腕を組み考え始めた。

 少年は、横になったままだが目を女性に向けている。


「そうだ!」


 何か思いついたのか、女性は立ち上がり声を上げた。

 あまりに声が大きかったため、少年がびっくりして素早く距離をとってしまった。


「あ、ああ、驚かせたな。悪かった。……今日は謝ってばっかりだな……君に名前を付けてあげようと思ったんだ。今日から君を『ヴァイス』と呼ぶことにするよ」


 女性は微笑みながら、少年——ヴァイスに語りかける。

 その優しげな微笑みに警戒が少し解けたのか、ヴァイスが近づいてくる。


「さあ、君はこれから『ヴァイス』だ。私はそう呼ぶことにするよ、ヴァイス」

「う……うぁ……い……す」

「すごいな君は! そうだ! 君はヴァイスだよ!」

「……ヴァ……イス……」



 女性はヴァイスを指で指しながらそう言う。

 ヴァイスも自分の事を言われているのが分かったらしく、小声で繰り返している。


「ああ、よろしく頼むよヴァイス。ちなみに私はレジーナだ。ジーナと呼ばれているよ」

「ぅえじ……な……」

「レ・ジ・ィ・ナ・だ!」

「レ……ジーナ……ジーナ……」

「ああ! さあ、私は調査に行くよ。また会おう」


 女性——ジーナが手を振る。

 それに対し、ヴァイスもなんとなく手を振り返していた。


 これが、竜人「ヴァイス」と、研究者「レジーナ」の出会いだった。

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