第11話

今回の開催も無事終了。

うちの厩舎はゴーヘーが勝っただけで後は掲示板に載ったのが3頭ほど。

それでも前回よりは良かったと先生は笑う。

そりゃそうだ。前回の開催は6頭出して全部着外だったんだから。

出る以上はいくらかでも賞金をくわえて来てもらわないと。


そのゴーヘーはいつも通り。

挨拶を忘れた同僚が噛まれそうになったり、蹄鉄の打ち換えが3人がかりなのもいつものこと。

厩舎に来た頃よりはいくらかマシになったけど。

同僚の協力や工夫があったから大暴れにならないだけで、基本はまだまだ暴れん坊。

さてどうしたものかと思案してみるが、いい知恵なぞ出るわけもなし。


今日は全休日。

当番に当たった人間だけが飼葉をつけに来るだけで、基本的には何もなし。

馬場も開放にならないから何も出来ないし。

なので、厩舎は閑散としてる、はず。

なんだけど……。


昼飼いの当番を仰せつかった俺が出てきてみたら、先生と番頭が昼飼いをつけて回ってる。

出遅れたかと思って時計を見たが、むしろ早すぎたぐらい。

あれ先生、今日はどうしたんです?

怪訝に思って聞いてみる。


「いやな、普段はあんまり馬見れてないからさ。たまにはこういうことでもしとかんとね」

先生はニコニコしながら答える。

「放牧先見に行った帰りに飼葉つけてくか!って。先生らしいよな」

番頭もこう言って笑った。

先生たちは飼葉をつけながら「調子はどうだい?」とか「まずかったらすまんなあ」とか言いながら馬を見てる。

その様子を、俺は苦笑いしながら見てた。

俺の仕事、全部取られちゃったからな。


「俺らは馬の機嫌とって、嫌がられない程度にしとかなくちゃいかんからな。そのためには普段を見ておかなきゃならんのよ」

飼葉をつけ終わった先生は汗を拭いながら言う。

「下手に嫌がられてこじらせたのもいたし、つけあがって増長しちまったのもいたよ。でも、そういうのだって普段を見てたら対策出来てたかもしれないからなあ」

そうですよね。我々も細かいところをもっと見なくては。

「とはいえ、普段の細かいところってなかなか見られないよな。仕事中はどうしたって張り付いてられんしさ。だから時々こうやって全休日に時間作ってやるんだわ」

そうだったんですねぇ。

「でも、みんなには内緒だぞ。バレたら全休日の飼いつけ全部こっちに回ってくるからな」

先生はいたずらっ子のような顔で笑った。


結果的に手が空いたのでゴーヘーの様子を見に行く。

ゴーヘーは一心不乱に飼い桶の中身と戦っていた。


ゴーヘーは塊をほぐすのに一苦労しているようだ。

先生、キューブの牧草をふやかさずに入れたらしい。

それじゃあ食べにくいよな。

それでもなんとか完食して、今度は牧草の桶に鼻先を突っ込んでる。

相変わらず食欲落ちないよなあ。いいことだ。

感心して見ていると、番頭が声をかけてくる。

「やっぱゴーヘーはいい馬だわ。新馬であれだけ走ったのにケロッとしてたしな」

ですね。その後コズミも出てないですし、順調です。

「これだけすごいのに知ってるのは俺らの他に地元の競馬新聞の人とあの日見てたお客だけだよ。なんか悔しくないかい?」

そりゃまあ……。でもじきに知られるはずですよ。

「でかいとこ取ったら知名度上がるよな。俺はゴーヘーを全国区にしたいんだ」

……え!?

一瞬、耳を疑った。全国区って……?


「今は新馬勝っただけだが、いつか交流戦に出られる時が来る。そうなったら絶対に勝ちに行くぞ」

普段こんなこと言わないのにな。番頭もゴーヘーがお気に入りなんだろう。

「ローテは先生と相談だが、俺としては暮れの川崎に連れて行きたいんだ。それだけの力はあると思ってる」

全日本2歳優駿……。

胸の奥がドキリとした。


「まあ、現時点じゃ夢みたいなもんだわな。そこまでにクリアしなきゃいかんハードルが多すぎる」

いつの間にか先生もゴーヘーの馬房の前にいた。

「ここの賞金じゃあ出るレース全部勝たなきゃ間に合わんしなぁ。そうなると相当無理もしなきゃならんだろうし」

先生は顎をさすりながら続ける。

「第一、オーナーさんがうんと言うかどうか。近いうちに茶飲み話のついでにでも聞いておくかな」

そして番頭にこう言った。

「一応、こっちの2歳重賞勝ったら川崎は考えようや。とりあえずはそっちに全力だぜ」

こっちの2歳重賞と言っても10月の若鯱賞は例年レベルが高い。

そっちに全力というのも納得だ。生半可な仕上げじゃ太刀打ちできないかもしれない。

なんてったって重賞だもんな。


「そういうわけで、キミにも頑張ってもらわんといかんわけよ。頼んだぜ」

先生はニコニコしながら俺の肩を叩く。

「そこまでに1つ使わんと賞金間に合わんな。番頭さんよ、9月2週の1200メートル、申し込みかけといて。願います」

今度は番頭の肩をぽんと叩いて、厩舎を後にした。

番頭も後に続く。「中4週の特別戦かぁ。ま、なんとかなるな」と言いながら。


俺は残った。

先生たちが飼葉をつけてくれたとは言え、道具の片付けまでしていったわけじゃない。

そこの片付けはやらなきゃだし、なによりゴーヘーの様子はきちんと見ておきたい。

今までの馬たちも一生懸命世話をしたつもりでいたが、今回は相当締めてかからんといかんようだ。

なにせ重賞を取りに行くって言われちまったからな。

なぁゴーヘー、お前全国区の人気者になるんだってさ。どうするよ。

ゴーヘーに聞いてみる。もちろん返事はない。

そのかわり、まっすぐ俺を見つめてくる。

稽古はきつくなるし、今までみたいとはいかんかもしれん。暴れてるヒマなくなるぞ?

ゴーヘーはうんうんと頷く。

俺も頑張るからさ、お前も頑張ってくれよ。頼むぜ。

ゴーヘーの鼻先をなでながらつぶやいた。

ゴーヘーが俺の指をくわえようとするのであわてて手を引っ込める。

あぶねぇ。ここで怪我するわけにいかんもんな。


今まではチーコも含めて、目の前のレースに向けて仕上げるだけだった。

終われば来月のレースに向けてまた仕上げるの繰り返し。

それが、ゴーヘーは目標をきっちりと決められた。

そこに向けての仕上げが求められる。

果たして俺で務まるんだろうか。

大丈夫だと言い聞かせながら、どこかで不安が消えないのも事実。

ともかく、やれることをやるだけだ。

そう考えながら、厩舎を後にした。

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