零と芽生 ショッピング②


 さてさて。さーてさて。今日は念願のデートです。買い物じゃないです。デートです。たしかに、生活必需品を仕入れるために出かけているのではあるんですけど。

 で・す・け・ど、なんだかんだ言って初めてなんですよね。兄さんと二人きりでこういったところに来るの。

 今までは近所のスーパーとかは二人で行ったこともあるんですけど、乙女心的にアレをデートと認めるのはNOでしょう。流石に隣でご年配の夫婦が今日の献立について話し合っている時をデートとは言いたくないです。そもそもこのショッピングモールのようないかにもカップルがデートに来そうなところは基本的にゆーちゃんとるーちゃんが一緒ですにいるんですよね。 

 でもあの二人、あからさまに私と兄さんが隣を歩かせないようにしてきますから……。

 

 でも、今回はいつもと違います。何事も事前準備がものを言うんです。まず、今日こうやってここに来てることはゆーちゃんとるーちゃんには言ってません。普通に秘密にしました。

 ○ルモッドさんも言っていました。『女は秘密を秘密を着飾って美しくなるんだから……』と。

 つまり秘密にしたことで私は兄さんの目にはとても美しく映るのではないでしょうか。はっ。こう考えるとなんだかむずむずしてきました。

 

 よし!! 頑張りますよー! 今日で兄さんを見事落として見せましょう!!


★  ★  ★  ★  ★


「……で、手をつなぐところまでは上手くいったんですけどね……」

「ん? 何か言ったか?」


 結局、手に持った大量の生活必需品が邪魔で今の今まで押し問答を繰り広げていました。兄さんは私と手をつなぐのがいやなのでしょうか。そうだったらちょっぴり悲しいです。嘘です。すごく悲しいです。


 そもそも兄さんは私たちとは距離を開けるようにしている傾向があります。最近ちょっとそれが顕著になってきました。兄さんがそうなったのはどうもるーちゃんが何かやった疑惑があります。でも本人に聞いてみても、


『特に何も無かった。ただ兄さんと色々な物件について話し合っていただけ』


 だそうです。何で物件について話し合ったのかもわかりませんが、それで兄さんの態度が変になるのもおかしいとは思いますけれど。まぁ、この件は帰ってから問い詰めるとしましょう。


 今はこの状況を利用して兄さんと……!


「いえ、兄さんと手をつなげてうれしいなって思いまして」

「ははっ。芽生もまだまだ兄離れが出来てないんだな」


 違います。絶対にしたくないですし、むしろもっと近づきたいくらいです。


 私と兄さんは手をつなぎながら、しばらくぶらぶら歩いていましたが流石に荷物が重く感じてきました……。

 これをさっきまで兄さんは一人で持っていてくれていたんですよね。大好きです。

 とと、違いました。取り敢えずどこか休憩するところに入りたいですね。確かこのショッピングモールには休憩には良い場所が結構あったはずですが……。

 

 地図を確認して、あ、ありました。ここです。Door coffeeです。何やら色々突っ込みたい名前ですが、落ち着いた雰囲気の店内はカップルには最適だとか。

 Go○gle先生が教えてくれました。頼りになります。


「へぇ~。落ち着いた雰囲気で、結構良いな、ここ」


 やりました。兄さんのテンションが上がっています。兄さんはこういった雰囲気が好きそうだと思ってマークしておいた甲斐がありました。

 兄さんは一通り店内を見渡した後、こちらを見てきます。あ、ダメです。こんな真剣に見られると、色々ダメです。ボワンッてします。


「はい、私もこの雰囲気が気になって前々からマークしておいたんですよ。に、兄さんと二人で来たくて……」

「俺と二人で? ……あぁ、確かに」


 おや? 兄さんが苦笑いしています。何やら思いついた様子ですが……。ま、まさか私の気持ちに気付いてくれたんじゃないでしょうか! きっとそうです! 

 兄さんはにぶちんではありません。どっちかって言うと鋭い方です。だから、きっと私の気持ちに気付いてくれたに違いないです。


「す、凄いです……」

「ん? 何が?」


 ふ、二人きりで外出というイベントが、ここまで兄さんとの心の距離を縮めるとは……。


 ゆーちゃん、るーちゃん、ごめんなさい。私、一人で先に進みます……! 私は覚悟を決め、兄さんに想いを伝えちゃいます!!


「に、にいさん。わ、わたし……」

「うんうん、確かにあの二人はこういう雰囲気苦手そうだからなぁ。家族で来るとなると、俺ぐらいしかいないからなぁ」

「……」


 はい。はーい。そうですよね。知ってました。私期待なんてしてませんでした。兄さんはにぶちんでした。鋭くなんてないです。ははっ。


「さ、何頼みましょうか」

「あ、あれ? なんか急に冷たくなったような……」


 う~ん。流石にいろいろな種類がありますね……。ドリップ、アメリカン、カフェオレ、カフェモカ、カプチーノ……。魔法少女になれそうです。何でも無いです。


 はっ!! こ、これは……!!


★  ★  ★  ★  ★


 一通りメニューを眺めてみたけど、うん。どれも良さそうだ。取り敢えず、無難にカフェオレあたりを頼もうかな……。


「芽生。注文決めたか? 俺は一応決めたけど」

「に、兄さん。私、これが気になるんですけど……」


 ん? 何やら芽生がメニューとは別に渡された期間限定のメニューを見て戦慄したように震えている。なになに……?


「こ、この『カップル限定!! 食べたらハッピーになること間違いなし!! 幸せのホワイトパフェ ~トッピングに秘密の雪の粉を添えて~』にしませんか!?」

「うん、ネーミングからしてダメそうだから。間違いなくハッピーがちがうハッピーだから」

「略して『ハッピーホワイトパウダー』だそうです」

「アウトォ!!」


 略し方おかしいよねぇ!? 何で粉をわざわざパウダーって読んだの!? 余計怪しくなってんじゃん!!


「これ一日限定十食しかないそうですよ! 私食べてみたいです!!」

「やめなさい!! 明らかにやばいから!! ……って何で店内の皆さんは冷たい目で見てくるんですかねぇ!?」


 いつの間にか、店内にいた他のお客さんから白い目で見つめられていた。最初はうるさくしちゃったから嫌な目で見られていると思っていたのだが。どうも視線は俺に集中してる感じがした。


『見てよあの彼氏……彼女がせっかく勇気を出して頼んでるのに、あんなに冷たくあしらって……』

『ほんとだよ……ひっでぇやつだよな……あれじゃ彼女さんが可哀想だぜ』


「…………」


 え? 俺がおかしいの? 『ハッピーホワイトパウダー』食べなきゃいけない?


「……兄さん」


 はい、そして目をうるうるさせた芽生さんがたたみかけてきました。あぁもう! こうなったら漢は根性だ!! かかってこいや! 『ハッピーホワイトパウダー』!!



★  ★  ★  ★  ★



「はい、兄さん、あ~ん♡」

「どうしてこうなった」


 数分後、注文した『ハッピーホワイトパウダー』が運ばれてきたのは良いのだが(良くない)、失念していた! これカップル用じゃん!!


 案の定、本来二つ付いてくるべきであったはずのスプーンは一つしか無く、量も多い。芽生一人に食べてもらうという逃げ道もなくなってしまった。

 つまりはカップル伝統の『あ~ん』を図らずもしなければならない状況へと追い込まれてしまった!


「ま、待て。別にわざわざ『あ~ん』はする必要ないだろ? ほら、一口ずつ順番とか……」


『見て、また拒否してる……』

『ほんとだ、ひどい男……』


 畜生!! 味方が一人もいない!! ていうか別に彼氏彼女じゃないのに!!


「ほら兄さんっどうぞっ!!」

「……ああもうっ」


 ええいままよ!! 


 覚悟を決め、一口。うっわ……あま……。成る程。雪の粉は砂糖か。そして何よりこの生クリーム。甘い。甘すぎる。これは……確かにカップル用だ……。


「どうですか兄さん? ハッピーですか?」


 兄さんの口の中はアンハッピーです。


「……これ、甘過ぎだろ」

「そうなんですか?」

「うん。あっまあまだ。カップルで食べるにしてもこれはきついんじゃないか……?」

「じゃあ、私にも食べさせて下さい、にいさん」

「……やっぱり?」

「はい!! 当たり前じゃないですか!!」


 ぐいっとこちらに身を寄せてくる芽生。興奮しているのか若干鼻息が荒い。取り敢えずまあしょうがない……いやしょうがなくないけど。ここで断ればまた外野に何言われるか分かったもんじゃない。やるしかないだろう。


「……あ~ん」

「あ~ん♡ んむ、確かにちょっと甘いですけど、このくらいがちょうど良いんじゃないでしょうか?」

「へ? なんで?」

「だって、今私、すっごいドキドキしてますから。このドキドキとこの甘さは、きっと一番ちょうど良いんじゃないでしょうか……なんて」

「……そういうもんなのか?」

「はいっ!!」


 まあ、今の芽生がとてもうれしそうなのだ。よく分からないがよしとしよう。


 一人納得をして、その後も食べさせあいっこは続くのだった。




 





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