第50話 最後の日


 伊藤を湊が、仁村は光が運ぼうとしたけど無理があったため、竜之介が代わりに湊の家まで運んだ。


 湊の両親は不在のため、一階のカフェが使いたい放題のようだった。

 テーブル席のソファーに二人を寝かせる。


「俺コーヒーとケーキ」


「マジかよ、のんき……」


「あ?」


 健はカウンター席に着くなり、伊藤を安静にさせたばかりの湊にリクエストする。湊は健の分だけではなく、全員の飲み物の準備を始めた。


「治療、しましょう。葵」


「うん、そうだね」


 ヒリスを抱えた葵はまずは傷が酷そうな伊藤に近づく。


「葵、大丈夫かよ? お前も怪我してるんだし……」


「大丈夫です! 服が切れただけで、肌には傷がないですし。それに、私が傷つけてしまったのですから私が治します」


 竜之介の心配をよそに、葵は伊藤の傷が深そうな腕に手をかざす。すると優しいグリーンの光が傷口に当たる。

 するとゆっくりとだが傷口が塞がっているように見えた。


「あれお前と同じじゃね?」


 湊が健にコーヒーを出しながら聞く。健はその様子を見ていた。湊からコーヒーを受けとると、それを口にしてから答えた。


「俺のはあれのスピード早いやつ。その分俺の体力がなくなる。あれはゆっくりだから体力使わない」


「へえー」


 光、竜之介にもコーヒーを出した湊は納得したのか次の作業へうつった。

 健はコーヒーを飲みながらスマートフォンをいじり始めた。そしてすぐに、その画面を光と竜之介に見せた。


「何々……帰還まであと22時間……? これってあの勝手に入ってたアプリじゃねーか。帰還って……な!? 俺のにも同じやつ出てる!」


 健の画面を見た竜之介は自分のスマートフォンを取り出して確認する。光も同じように確認した。

 するといつもなら玉座だけだが、今は時間が表示されており、刻々と減っている。


「帰還ってアルベールたちは帰るってこと?」


 アルベールに問いかけ、画面を見せた。

 するとアルベールはしゅんとしたような顔で答える。


「そのようです。管理者がいなくなったら終了……クラシスと兄の情報は正しかったようですね」


 クラシスに目をやると落ち込んでいた。

 治療中の伊藤に寄り添うアルベールの兄、ギルディール。じっと伊藤を見ているため目は合わないが、真剣な顔をしていた。


「クラシス、帰るのか……そうだよな、王様なんだもんな」


「竜之介……ありがとうな、付き合ってくれて。感謝してるぜ!」


「俺もだ! そうだ! 思い出作りしようぜ? な? お前ら兄弟も!」


 急に話をふられた健は目を見開いた。

 光は竜之介と数か月付き合っているため慣れているが、健は驚きで動かない。


「そうだね、そうしようか。ね、アルベール」


「はい!」


 光、アルベールは同意する。


「いいじゃない、思い出作り。青春で。今まで楽しいことしてこなかったんだもの。大好きなお兄ちゃんと一緒にお出かけしましょう?」


「馬鹿、変なこというんじゃねえ!」


 健もイブキと言い争っているが、この様子だと賛成しているのだろう。


「俺も入れてよ~三人だけって寂しいじゃん! な、スタンツィ!」


「行く行く~あっ、お願いいいかな?」


 湊、スタンツィも乗り気のようだ。

 しかし、スタンツィは何かを言いたそうにしている。


「スタンツィ?」


「あのね、あのね! お兄ちゃんたちも一緒じゃダメ……?」


 お兄ちゃんたち……スタンツィが言っているのは伊藤と仁村たちのことだ。


「いいんじゃない? 戦ってくれたのはその二人だし。俺はいいと思う」


 スタンツィの提案に光は賛成した。誰か反対する人がいるかと思ったが、異論を唱える者はいなかった。


「もちろん、ヒリスもだ! よし! どこに行くか考えようぜ!」


「私もですの!? でもこんなことになってしまった原因が行くなんて……」


「いいんだって! ここにいるみんなで思い出作りだ!」



 傷だらけの人を連れ回すことになるが、我慢してもらおう。

 手が空いている人たちで計画を立て始めた。

 時刻は既に夕方。計画を立てるだけでその日を終えた。

 負傷した二人もその日のうちに動ける程度に回復し、帰宅していった。

 以前連絡先を聞いていたので、計画について伝え、翌日近くの遊園地に集合することになった。



「はよっす!」


「おはようございます」


「おはよ」


「はざーす」


 翌日、現地に先に着いていたのは竜之介と葵だった。光と健も挨拶する。

 時刻を確認すると八時五十分。待ち合わせまであと十分ある。


「何から乗る?」


「決まってんだろ? ジェットコースターだ!」


「昨日光くんから遊園地というものを初めて聞いたので、楽しみです!」


 アルベールの世界には遊園地というものはないらしい。なので昨日からワクワクしていた。どうやらそれはクラシス、ヒリスも同じようで口にはしないが顔が楽しそうだった。



「お待たせっすー」


 遅れて来たのは湊だ。手を振りながらやってきた。その後ろからうつむきながら歩く仁村。そしてそんな仁村を見ながら歩く伊藤が来た。



「いやさあ、この二人が顔を合わせるのしんどいっていうからさ。時間かかっちゃって」


「スタンツィが……行きたいって。俺は嫌なんだ」


「ゆっきーのオフモードは流石だよね」


「海も本性だせばいいのに……」


「ん? 基本はこっちだからなー」


 伊藤は出会った当初のいい人のキャラを作っている。つい先日、荒れた伊藤を見ているせいか違和感しかない。

 一方の仁村は自信を無くしたような顔をしている。頭上のスタンツィが面白そうに髪の毛を引っ張っている。


「ま、そんな感じで大変だったってことだ。みんな集まったし行こうぜ」


 湊の声に頷き、全員が入場口へと向かった。

 せっかく全員で来たのにはぐれたら面倒だ。健がそれを防ぐために伊藤と仁村にちょっかいを出してはぐれないように全体を見る。

 想像もしていなかったメンバーでの遊び。辛い生活をしてきた光は、アルベールとの出会いで全てが変わった。感謝してもしきれない。


 太陽も沈みかけている時間。別れがやってきた。


「僕はあなたにであえてよかった。心優しい君に」


「アルベール……」


「こうやって会えることはなくなってしまいますが、僕は君のことをずっと想ってます。決して長い時間ではありませんでしたが、ご迷惑をおかけしました。そして何よりもありがとうございました」


「俺も……アルベールのおかげで友達が出来た。弟とも仲良くなれた。きっかけはアルベールだったよ。俺からも、ありがとう」


 光の手の上で互いに礼を言い合ったのち、お互い微笑んだ。そして、アルベール達の体が光の粒子になって消えていく。クラシスやヒリスも同じように。

 スマートフォンを確認すると、時刻は零となっていた。そしてアプリが自動的に消えた。



「帰ったんだな」


「国のトップだし、帰っても大変そうだよね」


「言えてるかも」


 涙がこぼれそうになった光を竜之介が肩を組む。ニカッと笑う竜之介だったが、どこか寂しそうにも見えた。


「せーんぱい! 私達も帰りましょ!」


 葵は光を挟むように竜之介とは反対側に立ち、光の腕を自分の肩に乗せた。そして葵もニコッと笑う。二人の笑顔に光もつられて笑うのであった。


 その光景を見ていた伊藤、仁村、健、湊。湊はニヤッとすると、残りの三人の手を強引に引っ張り、光たちの方へ歩く。


「俺達も一緒に帰ろうぜ! な!」


「ああ……帰ろっか!」




 気づけば友人に囲まれ、涙も消えていた。



 これから先、様々な出会いそして別れがやってくるだろう。今回の出会いで光は友人を作ることができた。

 友人という心強い仲間がいることで、どんな困難にも立ち向かえることに違いない。

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