第6夜 浅き夢見し:男と不思議な歌声の主と

 例えば夜明けの生まれたての光が世界を滑るような。

 いや、夜の底で色とりどりのランタンの灯りが煌めくような。


 どう表現するのが的確なのか私には分からないが、煌めくような旋律の弦楽器の音色に合わせ、囁くような小さな歌声がした。


 その声を辿って私は石段を上る。

 その先には小さな神社があって、狭い境内は閑散としていた。

 息も切れ、足もパンパンになってようやく辿り着いた場所に歌声の主は見当たらず、私は耳を澄ませる。


 声は近い。

 けれど姿はない。


 場所も神社とあって、急に怖くなった。


 綺麗な歌声だがその綺麗さが恐ろしく感じた。

 人のものではない。

 そんな気がしたからだ。


 おまけに弦楽器の奏者もいない。

 三味線のような和楽器ではない気がした。

 かといってバイオリンのような音とも違う。

 ハープが近いかもしれないがそうだとしたらそんな大きな楽器なら目立つはずだ。


 歌も「ア」とか「ウ」とかそんな適当な音で歌詞ではなかったし、聞いたことのない曲だった。


 幽霊か狐か妖か。


 美しい女性を想像したが今は違う。

 たとえ美しくとも人ではない何かだ。


 せっかくここまで苦労してやって来たが、歌っているのが美しい女性でないならば、しかも人でさえないならば一刻も早くこの場を離れたい。

 しかし、長い石段のせいで足はガクガクと震え始め、思うように動かない。

 神社に背を向け、意を決してゆっくりでも石段を降りようとした瞬間。


「誰か?」


 歌が止み、はっきりとした声が聞こえた。

 恐る恐る振り返ってみたが、やはりそこには人の姿はない。


「……そっちこそ誰だ?」


 走って逃げたかったが人であったならば安心できる気がして問い返した。

 映画や小説じゃあるまいし、幽霊や妖がそうそう見える訳ないだろう、と現実的に考えた。

 生まれてこの方そういった類と縁がない。

 霊感なんてない人間が突然そんなものに出会うとは思えなかった。


「先に訊いたのはこっちぞ。答ええ」

 声は若いのに言葉遣いがどことなく古風なことに違和感はあった。

「……ただの通りすがりだ」

「参拝客か?」

「そうだ」

「ならば何を願いにここへ来た?」

 本当は歌声に誘われただけで参拝に来た訳じゃない。

 だがなんとなくそれを言わず嘘を吐いた。

「……か、金持ちになりたい」

 無病息災とか幸せになりたいとかもっと無難なものがあったはずだが、真っ白になった頭に浮かんだのがそれだったのだから仕方ない。

 口に出してから何言ってんだ、と後悔したが、向こうはあっさり「そうか」と頷いた。


「今日は機嫌が良い。特別ぞ?」


 その声を聞いた後、私の記憶はない。

 ああ、変な夢を見たと起きたのだが、それ以来、家の中で金を見つけたり、宝くじを買えばそこそこの額が当たり、小金が入って来るようになった。

 これはあの夢のお蔭かと思ってなんとなく夢の中で行った神社を探してみたが、やはり夢だったようで現実には見つからなかった。


 そういえば、鳥居が赤かった気がするし、狛犬ではなく狐だった気がする。


 狐憑きの家は代々金に恵まれると聞いたこともある。

 ただ、狐が増えると災いを招くとも。


「あ~~♪」


 またもや宝くじで小金を手にし、気分良く家路を歩きながら、あの時の歌の旋律を思い出して真似てみる。


 すると不意にあの歌声が聞こえて来た。

 それに誘われて歩いて行くと見覚えのある石段が突如現れて。


 こりゃまた願いを叶えてもらえると前よりも軽い足取りで石段を上った。


「誰ぞ?」

 歌が止み問う声がする。

「参拝客だ」

「そうか。今日は虫の居所が悪い。残念だったな」

 予想外の答えが。


 汗をぐっしょりかいて目覚めたならば。


「ここは……どこだ?」


 真っ暗な中、目を凝らせど見慣れぬ田舎道が一本。

 そこを向こうからゆらゆらと揺れる灯りが近づいて来る。


「おや、やっと見つけた」

「誰だ?」

「誰って死神ですよ。あの世へ逝く途中、うっかり落としちゃったから探してたんですよ? 一体今までどこにいたんです?」

「は? 死神?」

「黒い頭巾に大鎌なんてご希望に添えず申し訳ないけどね。黒スーツなだけ葬儀屋みたいでイメージから大きく外れてないだけマシでしょ?」

「何かの冗談か?」

「そりゃ、こっちの台詞。死んだこと忘れました? 電車に盛大に撥ねられたでしょ? 自殺ならもっと死に方選びなさいよ」

「電車……?」

 言われてようやく思い出す。


 ああ、大した理由でもないのにその場の勢いで死んだんだった。

 何もかも上手くいかなかった。

 死んでからもかよ?


「さ、逝きますよ。あの世でも働いてもらいますからね」

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