「ミアビーノ」の飼育方法について

 題の通り、「ミアビーノ」とは怪しげな育成キットで育つ、不可思議な生物の呼び名らしい。


 この生物は何処からどう見ても、姿をしている。読者諸兄も首を傾げるだろうが、私も同じだ。そこらを走り回る「人間の少女」、それに酷似している。


 大きく違うのは体長である。老爺から受け取ったガラスケースは二〇センチメートルの正方形で、そこに収まるぐらいのサイズだ。一〇センチメートル程で成長が止まる。もしくは、これ以上大きくする方法があるのかもしれないが。


 説明書曰く、は(この呼び方が相応しいかどうか、読者諸兄にお任せしたい)生物であり、生物では無いらしい。かといって「ウイルス」に類するものでは無いらしく、詳細は説明書にも書かれていないので、とりあえず私は分類を捨て置く事にした。




 謎の少女的物体、ミアビーノの生涯は「水晶」から始まる。老爺が陽光に照らした水晶は、言うなればミアビーノの「卵」との事だ。大きさは五センチメートル、大雑把に六角形に切り出したような……と言えば分かるだろうか。


 この「卵」をガラスケースに置き、何でも良いので「液体」を掛ける。この手順を「覚醒」と呼ぶ。水でも砂糖水でも海水でも、極端に言えば硫酸も良いらしい。使用した液体の種類によって、ミアビーノの性質も違ってくると説明書にはある。


 もし途中で覚醒を取り止めたければ、乾いた布で拭き取るとの事。その後は天日干しで良いらしい。硫酸を拭き取るのは骨が折れそうだ。


 使用する液体を選定し、充分に濡らせば次の段階へと移行する。そのまま半日程放置するだけだ。この時間が堪らなく退屈で、指先で突いたり歌を歌ってやったりしたくなるが、ここは我慢との事。


 さて、好みの液体を振り掛け、石のように黙して待つ事半日。待望のミアビーノ誕生である。「破生はせい」と言うらしい。生まれ出たミアビーノの個体差は千差万別らしく、髪の色も髪型も、肌の色も目の色も……何もかもが違う。同じ個体は存在しない。私達人間のように。


 水晶の卵、その硬いを破る方法も差異があるとの事。私の場合は両手で一箇所を破り、周辺を丁寧に取り除いて孵化した。


 ミアビーノは産まれてから数時間は「ハイハイ」をして、ガラスケースの中を移動する。それから思い付いたように立ち上がり、「餌」を要求し始める。この段階を「吸学期きゅうがくき」と呼ぶらしい。


 この吸学期が尤も重要である――説明書にも書かれており、実際に飼育をした私も同意見だ。


 餌、と言ってもやはり何でも良いらしい。普通にご飯粒を与えたり、金魚の餌を給するのが一番楽であろう。しかし彼女らは恐ろしい程の消化力があるのか、小石でも薬品でも、はたまた「昆虫」でも……何でも食べてしまうのだ。


 吸収して学ぶ、と書いて「吸学期」である。この時に与えられた「餌」によって、をどう迎えるかが変わってしまう。またこの時期は大変好奇心が旺盛になるらしく、遊び道具を与えれば一日中遊んでいる事も多い。


 但し、注意するのは「餌」と「遊び道具」を区別する事。食事の時は「餌」と声を掛けないと、何でも貪り食べてしまうからだ。だから何かで遊んで欲しかったり、学んで欲しい時は「餌じゃない」と一声掛けるのが鉄則である。


 彼女らは知能が高い、「餌じゃない」という言葉、恐らくは飼い主の表情などから、「これは食べる以外の活用法がある」と学ぶのだろう。


 一日に三度、これは自分の生活様式に当て嵌めればよろしい。ミアビーノに「餌」を与え、暇があれば彼女らに付き合って遊んだり、絵本や小説を読み聞かせるのも一興だ。


 この期間を充分に楽しむ事をお勧めする。理由は二つある。


 一つは何度も記す通り、「終末期」に強く影響する事。


 もう一つは、彼女らの寿命がである事だ。




 刺激的な三日間を終え、飼い主とミアビーノに残された最後の段階、それこそが「終末期」である。


 ミアビーノは終末期に移行すると、自身の落ち着きやすい場所を探し始める。見分け方は日数の他に、彼女らの様子を見れば判別が容易い。何処と無く「ソワソワ」し始めるのだ。


 ガラスケースの中で飼育しているのなら、菓子箱でも入れて置けば良いし、放し飼いをしているのなら、最期くらいは何処でも自由に歩き回らせるのも良いだろう。


 とにかく彼女らが気に入った場所を見付けると、今度はそこで気怠そうに横たわり、虚ろな目で辺りを見渡す。そしてモゴモゴと口元を動かすのだが、この瞬間だけは、他の作業を止めて刮目してやるのが良い。


 終末期を迎え、「安寧の地」を見付けた彼女らは、再び身体を結晶化させ、独特な色彩と紋様を持つ宝石となる。これを「再結晶化」と呼ぶが、完全に結晶となる寸前で、彼女らは一言だけ、「人間の言葉」を話す。


 もし、飼い主が愛情を以て飼育していたのなら、きっと感謝を伝えて煌びやかな宝玉となる。


 もし、飼い主が毎日悪戯をしたり、餌もやらずに放置していたのなら、きっと恨み事を呟いて悍ましい岩石に成り果てる。


 そして生み出された「石」は、二度とミアビーノになる事は無い。


 説明書では繰り返し「愛情を以て育てよ」と警告している。小さくか弱い存在の遺言が、仮に怨嗟に塗れた呪言であれば、これ程悲しい事は無かろう。


 彼女らが「再結晶化」を終え、何らかの石となった後は、それを飾るも河原に投げ捨てるも自由だ。恐らく、後者はいないだろうが。




 以上がミアビーノの育て方である。勿論、千差万別を謳う生命体なのだから、飼い主一人一人のが存在する。次の章は、実際に私が育てたミアビーノの観察記録を記したい。唯の一例であり、成功か失敗かは不明だ。


 これら三つの記録を以て、読者諸兄の知識となれば幸いである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る