たけしの挑戦状⑦

 2015年8月、一人のゲーノウジンが29年振りに現役復帰を果たした。

 男の名は、彩良里 満さらさと みつる。かつて、良し悪し両方でファミコンの歴史に名を刻んだ、あの波瀾のアクションADV『たけしの挑戦状』で主人公を演じたその人である。


 彼が主役を務めたタイトルは『たけしの挑戦状2015』

 ケア化粧品や健康食品を製造販売する、アンファー㈱の公式通販サイト『アンファーストア』内で公開されたブラウザゲームである。


 タイトルどおり、『たけしの挑戦状』のキャラクターや世界観が当時のドット絵そのままで描かれている。近ごろストレスを抱えている主人公が、街を歩きながら健康に関するクイズやミニゲームを楽しむという内容だ。


 この新作にビートたけしが携わったかは不明だが、彼はアンファーのCMタレントとして起用されている。『たけしの挑戦状』ファンに向けたお祭り的な作品だが、突拍子もない展開や真のエンディングを見るための謎解き難易度など、挑戦状のDNAはしっかりと受け継がれていた。


 終盤では主人公は戦闘スーツを纏って自身の老廃物と戦うなど、彩良里が若き頃に夢みた、SF、ヒーローの出演が叶うこととなったこの物語は、期間限定ながらネットを中心に大きな人気と話題を博す。無料で遊べるということも大きかったが、辛口で批評をする者は誰もいなかった。


「ちょっと……ちょっと……よろしいですか?」

「え?」


 肩を軽く揺すられながらにして、ようやく耳に届いた問いかけに鮎式あゆしきは慌てて返事をする。視界に映る濃紺色のスーツ。それが、電車の乗務員だと認識するのに数秒を要した。


 彩良里の取材を終えてから数時間。乗客はわずか数人ほどの帰路を辿る夜更けの電車内自由席で、鮎式はスマホで彩良里の再デビューの活躍を描いた配信動画を視聴していた。


「乗車券よろしいですか?」

「あ、はい……えっと、どこに入れたっけ」


 鮎式は鞄の中や懐を探るが、それらしき物の感触はない。酔ってはいるものの、判断力は正常だと言い訳したいところだが、記憶と自己管理の甘さが何だか申し訳なくて、顔を上げられない。


 続けて財布を取り出して口を広げる。合わせて手持ちの全財産より多くの額が記された、取材後に彩良里と飲み歩いた店々の領収書をかき分けた。


 鮎式は『これ、経費で落ちるかな……?』と、取材費・接待費としては少々“常識が危ない”範囲の頼りない領収書てがたに不安を抱きながら、あることを思い出した。


 ─『私の息子なんですけどね、今は鉄道会社に勤めてるんですよ。もうすぐ二人目の孫も生まれるんです』


 彩良里は飲み屋で上機嫌に息子の現在を語っていた。挑戦状が発売されて、しばらく家族関係に摩擦が生じていた時期もあったが、親子関係、夫婦仲どちらも順風満帆であったことに鮎式は安堵した。


 何より感興きわまるのは、彩良里の息子が今の仕事に就くきっかけとなったのは、あるゲームだという。そのタイトルとは……


 『電車でGO!』1997年、アーケードより徐々に人気を博した、鉄道・電車運転シミュレーションゲーム。実車さながらに描写された場景とプレイスタイルが幅広い年齢層に支持されて大ヒットとなる。派生作品を含めると、シリーズは30タイトル以上におよぶ。


 『たけしの挑戦状』と同じく、タイトーという同じ会社の作品が人生に大きく影響した、この親子二代の話を聞いて、これを数奇な運命と言わず、何を数奇と言おうか。


 そんなことを思い返しながらも、何とか財宝きっぷを発見して窮地を乗り切った鮎式は、再びスマホを手にする。先ほど動画を視聴している間にダウンロードの済んだアプリを起動した。順次、他の乗客のもとへと歩む車掌をチラ見しつつ、本体を横向きに持った。


 シンプルなタイトル文字が映し出された黒いバックスクリーンの舞台に立つ、青いスーツを着た笑顔の男。アプリのタイトルは『たけしの挑戦状TAITO CLASSICS』。そう、2017年8月にリリースされた、伝説のアクションADVのスマホ版。リメイクにして最新作である。


 ゲーム内容は、画面比率と一部の表現を除いて、ほぼ旧作を踏襲している。そこに新たにアメリカステージが追加されたことで、往年のファンはもちろん、レトロゲーマーたちを賑わせた。彩良里は国内作品ながら、ハリウッドデビューという夢を30余年越しに叶えたのだ。


 ティローティローティー ティローティロー♪

 ティローティローティー ティロティティッティティロ♪


「うわっと!すみません!」


 メジャーコードと笛の音だけで構成された、軽快な祭囃子が思わぬ音量で電車内に鳴り響く。鮎式は、自分に視線を向けられているかも分からずに、咄嗟に謝りながら慌てて音量を調節した。


    ■


 彩良里があのまま、サラリーマンという生き方を選んでなかったら……。

鮎式は、スマホ内で自由と我儘を押し通し始めた、彩良里 満サラリーマンを操作しながら、ふと考えた。


 結果として、『たけしの挑戦状』は、ゲーノウジンという世界において、マリオとは真逆に、主役に付与されるはずの花道や美徳の価値観じょうしきを覆す代表事例モデルケースとなった。


 『たけしの挑戦状』の酷評にめげることなく、家族への批難に目もくれず、役者としての道を歩み続けていた彩良里には、どんな未来が待っていただろう。挑戦状の縁、ファミコンブーム、好景気が追い風となり、他のゲームや映像作品で一躍スターになっていた可能性も十分にあったかもしれない。だが、歌手やタレント同様、ヒット作や話題に恵まれたとしても、瞬く間に姿を消す者が多いのは、ゲーノウジンも同じである。


 彩良里は、自分の残りの人生には何もないという覚悟で、時とともに寿命という器を縮めて、良くて不可はなくも可もない、依る所のない日々を送るのではないかという孤独と自分も知れずに戦っていたのだ。


「……えらいっ」


 鮎式は、家庭の繁栄を築くことを優先し、遠回りだったとしても真の栄光と夢を掴んだ彼にせめてもの賛辞を小声で贈った。


「……こんなゲームにマジになっちゃってどうするの」


 車両間の入り口で、いつもよりも深い会釈をする車掌の感謝の言葉は、鮎式の耳に届くことはなかったが、それは、次の取材ものがたりへと託された激励だったのかもしれない。


 第一章:たけしの挑戦状  ― 完 ―



――――――――次回予告――――――――


 『ドラゴンクエスト』の誕生でファミコン界に訪れた空前のRPG大戦ブーム。ファンタジーが主流とされた時代にSF超大作で覇権に挑んだ壮大な物語を知っているだろうか。少年少女たちの出会いがもたらした、挫折と再生という双子星の目撃者スター・ゲイザーにあなたは、なるかもしれない。


 次回、『ゲームナウジング198X』第2章:星をみるひと


 超能力者の辞書に『熱が出て苦しい』という選択肢はない。


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