閑話1 犬達の幻想曲

子供たちは何とか逃がすことが出来た……。

 私は子供たちが駆けていった方を見てホッと息を吐く。

「本当はお前も逃げてほしかったんだが……。すまない、こんなことになってしまって」

 そういって夫のグレイブが私のことをチラッと見つめて目の前に居るヴェノムスネークにむかって威嚇する。

「なに言ってるんですか、早くその蛇を倒して子供たちを迎えに行かなくちゃでしょ? しっかりしてください」

 そういうと彼は笑ってヴェノムスネークに跳びかかる。

「無茶はしないでくださいよ」

 彼の背中にそう呟いて私は彼をサポートするためにヴェノムスネークの死角から彼の攻撃に合わして攻撃を加えていく。

「前を見ろ! 退け!」

 彼の声が聞こえた時にはもう遅かった……。ヴェノムスネークか口を開き、私を飲み込もうと突撃してくる。

「あっ……。あっ……」

 走馬灯なのか彼との出会いや子供たちの満面の笑みが思い出される……。

「クソッ……。子供たちのことは、お前に任せたぞ!」

 耳元で彼の声が聞こえたと思ったら私の身体は強い衝撃を受け、吹き飛ばされたと思ったら彼の叫び声が聞こえた……。

 顔を上げるとヴェノムスネークの牙に身体を貫かれた彼が必死に口の内部を攻撃している……。

「ボーっとするな、早くしろ……。毒が俺の身体に回りきる前にお前がコイツを倒すんだ」

 身体を貫かれた彼はそういって叫んでいる。

「でも……」

「俺のことは諦めろ! 正直、もう身体が痺れて長く持たない……」

「でも……」

「早くしろ! 子供たちのためにも早くコイツを倒せ……」

 彼も身体に毒が回ってきているのか身体が動かなくなってきている。


「私が、私がやるしかないんだ! 貴方に出会えて私は幸せでした。天国で私達のことを見守っていてね」

 私はヴェノムスネークの背後に回り込み、首に噛みつくがヴェノムスネークも必死に抵抗してくる……。

 魔法で焼かれ、貫かれ、砕かれ……。出血は既に限界に達している。それでも私がここでコイツの首を放すわけにはいかない……。

「ごめんね貴方……。私、貴方との約束、守れなさそう……。でも子供たちは守れたみたい……」

 薄れゆく記憶の中、私は目を閉じた……。


 苦ッ……。何かが身体に流れ込んでくる……。

「痛みが引いていく? どうして?」

そう言いながら目を覚ますと人間の男が緑色の液体が入っている小瓶を持っていた。

『スゲェな……。あんなに重症だったのに傷が無くなってる』

 人間の男はそういって驚いた顔で私のことを見つめている……。

「ありがとう、人の子」

 そういって私は男に頭を下げる。

「人の子、その蘇生薬エリクサーを彼に……」

 私はヴェノムスネークに噛まれ、血塗れになって動かなくなったグレイブに駆け寄る。

『あれだけ酷い怪我が治ったんだから、もしかしたら治るかもしれないよな? ものは試しだ、ちょっと待っててくれ』

 そういって人の子はバッグに9本あった蘇生薬を3本取り出して、横たわり動かなくなった彼の口に流し込む……。

『出血の量が多すぎるな……。助かるかな?』

 ありがとう人の子……。私を……。彼を……。そして子供たちを助けてくれて……。

 蘇生薬を飲んだ彼は薄緑の優しい光に包まれて傷が消えていく……。


「もしかしたら、この世界の人かもしれない!」

 目を覚ました彼とお礼をしていたら人の子は森の方から聞こえた声に反応して立ち上がり、私達に手を振って森の中に入っていく。

「命を救ってもらった恩を返しましょう」

 私達家族は彼の後を追って森にむかうことにした。夫の意見? 借りた恩を倍にして返すのは私達『月狼げつろう』族の掟です。命を救っていただいた私達が人の子に尽くすのは当然のことです。異論は認めません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る