第33話 妹とデート

「明日は私とデートして!」


 姉貴とのデートから帰宅したその日の夜、俺の部屋で萌絵が唐突に言った。


「なんで」

「だって、みゆみゆとお姉ちゃんとはデートしたのに、私とだけデートしないのは不平等じゃん」

「気持ちは分からなくもないけど、二日連続は疲れる。別の日にしよう」


 萌絵は首を横に振る。断るならまだしも、デートは了承してんだからいいだろ。


「忘れられたら困るもん。だから明日」

「だったら、カレンダーにメモしとくよ。で、いつにする?」


 俺がそう言うと、萌絵はカレンダーをジッと見る。そして少しの沈黙の後、小声で言った。


「……来週の土曜日」


 俺はカレンダーの日付を確認して、出かける日を丸で囲んだ。


 

 

 当日は雲一つない快晴だった。萌絵は姉貴が小学生のときに使っていたワンピースを着ている。


「ねぇ、待ち合わせはしないの?」

「出る準備終わってんだし、する必要ねぇだろ」

「でも、待ち合わせした方がカップルっぽいじゃん」


 カップルじゃなくても待ち合わせすることはあるだろう。それに


「お前を一人にすると危ない」

「心配してくれてるの?」

「いろんな意味でな」


 萌絵は方向音痴だ。二人で行動した方が安全確実。玄関に向かう途中、姉貴が声を掛けてきた。


「二人とも気を付けて。あっ、やましい場所には行かないようにしてね」


 言われなくても行かねぇよ。

 

 外に出てから、俺は萌絵に行きたい場所を訊いた。ノープランなのでどこに行くかは萌絵の気分次第だ。


「まだ二人で行ってない場所!」


 返事の意味が分からなかった。二人で行ってない場所?


「みゆみゆとお姉ちゃんとデートしたときに、行ってないところがいい」


 そういう意味か。確か、美優のときは公園と喫茶店、姉貴は映画館とカラオケだったな。


「カラオケとかは? 人少ないし」

「カラオケは姉貴と行った」

「じゃあ、ヒトカラ」

「……お前、ヒトカラの意味分かってる?」


 萌絵は苦笑いを浮かべる。俺は嘆息して言った。


「『一人カラオケ』な。二人で来て部屋別にしたら変な客だと思われるぞ」


 萌絵は腕を組み、眉根を寄せて唸る。そこまで悩むことだろうか。

 結局、最初に行ったのはゲーセンだった。人はそこそこいるが、ゲームに集中してしまえば人の多さなど気にならない。

 

「萌絵、お前がゲーム選べ。金は俺が出してやるから」

「そうだなぁ……じゃあ、あれにする」


 そう言って、萌絵が指差したのは、ぬいぐるみのクレーンゲームだった。無難な選択だ。

 百円を入れてクレーンを操作する。しかし、かすりともしない。十分ほど経ち、萌絵の表情が険しくなってきた。


「……取れない」

「なんなら俺がやろうか? どれが欲しいんだ」

「いい。自分で取りたい」


 その心意気は良いが、もう二千円以上は使っている。しがない高校生には痛い出費だ。

 俺は萌絵を説得して交代した。かなり苦戦していたので難しいのかと思っていたが、意外にも一回目で目的の商品が取れた。ほかの客もすぐに取れていたので、萌絵が下手すぎただけらしい。

 

「ほら、大事にしとけよ」


 萌絵は嬉しい様子を一切見せず、ただ「ありがとう」とだけ言ってぬいぐるみを受け取った。自分で取れなかったのが相当悔しかったのだろう。

 ゲーセンを出た後、俺は気分転換もかねて、萌絵を連れてファストフード店へ向かった。


「ハッピーセットはいかがなさいますか?」


 俺がカウンターで注文をしていると、店員がさわやかな営業スマイルで訊いてきた。店員の視線は、客席で待機している萌絵に向けられている。小学生だと間違えたのかもしれない。


「いえ、結構です」

「かしこまりました」


 萌絵を待機させたのは正解だった。本人の目の前で言おうものなら、余計に機嫌を悪くしていただろう。

 注文を受け取り、萌絵のもとに向かう。


「ほい、持ってきたぞ」

「……あの人、私見て『ハッピーセット』って言わなかった?」


 萌絵が低い声で言った。「あの人」は間違いなく店員のことだ。


「気のせいだろ。それより、冷める前に早くハンバーガー食べとけ」


 話題を逸らして萌絵に促す。気分転換させるはずだったんだが……そう上手くはいかねぇな。

 

 ハンバーガーを食べ終えて店を出てから、萌絵は再び唸った。


「どうした萌絵」

「次、どこ行こうかなって」

「そんなの適当に決めればいいだろ。悩んでも時間がもったいない」


 萌絵は「そうだね」と頷いたが、一向に決まる様子がない。いっそ俺が決めようかと思ったとき、萌絵は大きな声で言った。


「水族館! 水族館にしよ!」

「お前、興味あったっけ」

「少し、あとデートスポットだし」


 水族館は美優と姉貴の過去二回では行っていない。時刻は午後三時。ここが最後かな。


「おお……海の生き物がいっぱいいる」

「そりゃあ、水族館だからな」


 どの水族館にするかは俺が独断で決めた。館内は広さと反比例して、カップルや親子連れが多い。ちゃんと考えて決めればよかったかな。

 そんなことを思っていると、萌絵が俺の手を掴んできた。


「なんだよ急に」

「人が多いから、はぐれるかもしれないじゃん」


 なるほど。確かにそうだな。俺は萌絵と手を繋ぎ、館内を回ることにした。


「……お兄ちゃん、緊張とかしてる?」

「緊張?」


 萌絵がふいに訊いてきた。俯いていて顔はよく見えない。


「その……ドキドキとか」

「ドキドキはないけど、多少の緊張はあるな」

「ホント!?」


 萌絵が目を輝かせて俺を見た。なぜ喜んでいるのだろう。


「ああ。お前が迷子になってしまわないか少し緊張する。いや、心配になるか」

 

 俺の返答に、萌絵はさっきと一転して、何かに絶望するような表情を見せた。


「お、おいどうした」


 萌絵は急に立ち止まる。そして高く足を上げると、思いきり俺の足を踏みつけた。


「お兄ちゃんのバカ!!」


 痛みで悶絶する俺をよそに、萌絵は「ふん」と鼻を鳴らして去っていく。結局、萌絵の機嫌を直すのには丸一日を要した。


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