第30話 幼なじみと共同作業

 家に帰ってから俺は部屋にこもり、文化祭に出す部誌のアイデアを練っていた。すっかり忘れていたが、俺も文芸部の部員なのだ。

 本来は製本と印刷だけのはずが、いつの間にか俺も小説を書くことになっていた。小説は読むが書いたことは一度もない。

 SF、ミステリー、ラブコメはすでに先輩と美優で埋まっている。残っているはホラーかファンタジーぐらいか。

 俺が一人唸っていると、ドアがノックされた。


「勝手に入ってくれ」


 部屋に入って来たのは姉貴だった。香水の匂いが漂う。


「晩ご飯できたわよ。……何してるの?」

「部誌のアイデアというか、小説のネタを考えてた」

「へぇ、雄輝が。どんな小説?」

「具体的には決まってないけど、ジャンルは異世界ファンタジーにしようと思う。人気あるし」


 ただ、世界観をどう表現するか迷う。ファンタジーの舞台は中世ヨーロッパをモチーフしている作品が多い。名前もそれっぽくしないといけないし……。


「私はあんまり読まないけど、主人公が最初から強い作品が多いらしいわね。俺TUEEEだっけ」

「今はそれがテンプレだな。でも、テンプレ通りに書くと既存の作品と内容が被る可能性あるから、できれば避けたい」

「じゃあ、すごく低い体力を能力で補う主人公はどう?」

「どういう能力なんだ」

「相手の体力を根こそぎ奪って餓死させるとか」


 能力がエグすぎる。敵に回したくねぇ。


「アイデアが思い浮かばないなら、無理にファンタジーを書く必要はないんじゃない?」


 まあ、同じジャンルの小説を書いてはいけないというルールはないしな。

 そんなことを思っていると、姉貴はそうだ、と手を合わせて言った。


「美優ちゃんと共同で書いたら? 漫画だって原作と作画に分かれて一つの作品を手掛けていることはよくあるし」


 言われてみれば確かに。意見の食い違いは多少あるかもしれないが悪くはない。

 そして翌日、俺が美優に姉貴の案を伝えると、美優はすぐに了承した。


「今まで書いたの全部ボツにしたからちょうど良かった」

「それ初耳だぞ」

「だって、何回書き直しても雄輝『ダメだ』しか言わないじゃん」


 そうだっただろうか。一ヶ月以上も前なのでよく覚えていない。


「なんにしても、雄輝がいるのは心強いわ。一人だと限界があるから」


 共同での執筆が決まってからというもの、俺と美優は教室にいる時間を小説のプロット構成に充てていた。


「書くなら男子、女子のどちらかに偏らないようにしたい。だからハーレム展開はなしだ。逆ハーレムもな」

「登場人物も人数を制限した方がいいね。多すぎると把握できなくなるから」


 意外にも作業はスムーズに進んだ。このまま上手くいけばいいが……。

 そして一週間後、プロットが完成してあとは文章にするだけとなった。


「小説はどっちが書く? 俺は経験がない」

「それなら私が書く。あ、できたらすぐに見せるけど文句は言わないでね。誤字脱字はともかく、内容に不備が見つかったら、雄輝にも責任があるってことだよ」


 俺は言葉に詰まった。共同でプロットを立てたのだから、不備があっても文句は言えない。

 小説の内容を簡潔に述べると、両思いでありながら、人見知りが起因してなかなか告白できない男子と女子が、結ばれるまでの経緯を描いた恋愛作品だ。

 

「キャラ設定はどうしよう。主人公とヒロインが二人とも普通の生徒、っていうのは地味な感じがする」

「そういうのも悪くないだろ。ヒロインが『学校一の美少女』なんかはラブコメのテンプレだしな」

「それもそうだね」


 よく考えたら、美優も学校内では「学園の美少女」なんて呼称がついてんだよな。


「雄輝、今小説と関係ないこと考えなかった?」

「いや別に」

 

 内心ヒヤリとした。勘の鋭さは姉貴より上かもしれない。


「……まあ、いいわ。キャラ設定は雄輝の案を採用するとして、あとは名前ね」

「名前は何でもいいだろ」

「じゃあ、主人公の名前は雄輝にする」

「なんで俺なんだ」


 ほかにも候補はあるだろ。架空世界だからキラキラネームでもいいよ。

 

「で、ヒロインの名前が美優」

「ちょっと待て。名前の由来、完全に俺とお前だろ」

「別にいいじゃん。減るもんじゃないし」


 それだと都合が悪いんだよ。美優の名前は学校内に知れ渡ってるし、主人公の名前が俺に由来していると分かれば、美優との関係をしつこく問われる可能性がある。

 ましてや、俺を求愛していることが知られれば敵が余計に増える。考えすぎかもしれないが、警戒しておくに越したことはない。

 俺はどうにか美優を説得し、主人公とヒロインの名前を変えるよう頼んだ。


「分かった。まあ、雄輝に手を出そうものなら、私が戦闘不能にさせるけど」


 そう言ってポキポキと指を鳴らす美優に、俺はも言われぬ恐怖を覚えた。

 

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