第15話 入部

 ひどい高熱がようやくおさまり、俺は二日ぶりに登校した。

 教室に入ると、美優が珍しく真剣な顔で椅子に座って何か考え事をしている。俺がいることに気付いていないようだ。


「よぅ、美優」


 俺が声をかけると美優は視線をこちらに向け、すぐさま俺の手を両手で握ってきた。


「おい、なんだよいきなり」

「雄輝って今帰宅部だよね」


 は? 何を今更……もしかして勧誘か?


「部活の勧誘なら無駄だぞ。ほかの奴に頼みな」


 俺の言葉に美優は渋面を作った。男勝りの迫力に思わず後ろにのけ反る。


「頼んだよ。でもみんな別の部活に入ってて……。今のままだと部活がなくなっちゃうかもしれない」

「人が足りないのか」

「うん。今文芸部には部員が四人しかいないの」

「結構少ないんだな」


 美優はコクリと頷き話を続ける。


「この学校の部活は最低でも部員が三人いないと自動的に廃部になるの。今の文芸部は私と三年生三人の計四人。先輩が引退したら部員は私一人だけ。言いたいことは分かるでしょ?」

「ああ。でもさ、俺が入ってもあと一人足りねぇぞ。それはどうすんだ」

「これから探す。まだ時間はあるけど、部長からは『文化祭までに見つけておいて』って言われてるの」


 文化祭? なぜそんなに急ぐ理由あるのか。卒業するまでに見つければ問題ないだろ。美優は俺の心中を悟ったのか説明を加える。


「先輩が言うには、文芸部の三年生は文化祭が終わったら引退扱いになるらしいの。だから先輩が卒業してなくても部員は実質私一人」


 つまり文化祭が終わるまでに部員を二人確保しないと文芸部がなくなるってことか。けど、どうすっかな。美優には悪いが部活なんてめんどくさいだけなんだよ。幽霊部員でもいいなら構わないが……。


「事情は分かったけど、そこまで焦らなくてもいいだろ。確か文化祭は十月だ。まだ五ヶ月もある」

「そうだけど、あまり呑気に言ってられないのよ。先輩が新入生の勧誘してくれてるんだけど、まったく反応ないんだって」

「だったら直接言えばいい。『人数が足りなくて、このままだと廃部になってしまいます』って」

「それは私も先輩に言った。でもほとんどの生徒が『考えておきます』で終わっちゃうの」

 

 その言葉は『入りません』とほぼ同義だ。期待はできないな。


 放課後、俺は美優に連れられ四階にある文芸部の部室に向かった。

 部室のドアを開けると、中には眼鏡をかけた男子生徒がブツブツ言いながらノートに何か書いている。見るからにガリ勉っぽい。男子生徒は俺と美優に気付き言った。


「竹内さん、隣にいるのは?」

「幼なじみの関雄輝君です。部活の事を伝えてここまで来てもらいました」


 男子生徒は合点がてんがいったのか、何度か頷き俺に挨拶した。

 

「初めまして。部長の高木たかぎいさおです」


 俺はぎこちなく会釈して「関雄輝です」と返す。

 男子生徒もとい高木先輩は、椅子から立ち上がると俺の肩に手を置いた。


「竹内さんから聞いてるなら説明は必要ないね。どうだろう。うちの部に入ってくれないか? 本当に人が足りないんだ」

「えっと、すぐに結論は出せないですけど入る……と思います」

「『思います』か。できればすぐに入ってほしいんだ。幽霊部員でもいい」


 いいのかよ。ホントに来ないよ?


「文芸部はこの学校でも一番歴史がある部活でね。多い時は三十人ほどいたらしい」


 それが今や四人。つーか、残りの二人はどこにいるんだ。


「ただ最近は『部活で小説を書くよりも、小説投稿サイトで書く方が楽しい』って言う部員が増えてきてね。部員がだんだんと減ってきてるんだ」


 なるほどね。ネットさえあれば場所選ばずどこでも書けるし、わざわざ部活に入って書く必要性がない。部員を確保するなら、相手にそれなりのメリットを開示しないと厳しいだろう。

 

「あの、文芸部って小説書く以外に何するんですか?」

「学校にもよるけど、ここの部の場合は自分の小説を見せ合ったり、好きなラノベの話をすることがほとんどだね。あ、文化祭には毎年部誌を出してる」


 ふーん、部誌か。今の話を聞く限りでは交流ができることしかメリットなさそうだな。……まあ幽霊部員でもいいって言ってたし、暇な時に来ればいいか。

 俺は「あまり来ないと思いますがそれでもいいですか」と訊き、高木先輩は「入ってくれるなら問題ない」と返してくれたので入部することにした(幽霊部員として)。

 

「助かったよ関君。ありがとう」

「いえ、でもあと一人足りませんよ」

「それはまた追々おいおい探すよ。文化祭が終わるまでに見つければいいから」


 さて、これでもうここにいる理由はなくなったな。俺は踵を返して鞄を背負ってドアを開ける……より早く知らない女子生徒がドアを開け、俺と鉢合わせになった。

 

「え、あなた誰?」

「その、えーと」


 俺が言葉に詰まっていると、高木先輩が「吉田よしださん」と言った。間違いなくこの女子生徒のことだ。

 

「関君、彼女は副部長の吉田恵梨香えりかさんだ。吉田さん、彼は新入部員の関雄輝君」

「新入部員ですか。もしかして一年生?」

「二年です。美優に頼まれて入りました」

「へぇ、竹内さんに……」


 吉田先輩は俺を見るとふっと微笑み手を差し出した。握手を求めているのだろうか。俺は戸惑いながらもそれに応じる。


「短い間だけどよろしく」

「よ、よろしくお願いします」


 おいおいなんか帰りづらくなっちまったよ。……で、残りの一人は誰なんだ。

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