琥珀の罪

愛澤あそび

第1話

 夏が嫌いだ。いや、夏が寒ければ俺は夏を好きになれるんじゃ無いかと思う。

 何が言いたいかというと暑いのが嫌い、ただそれだけだ。

 少し動けば暑くなる、吹き出る汗、集中力がおちて、仕事が手につかなくなる。

 俺が商売としている占いにとっては致命的なことばかりなのである。

「そんなこと言ってねぇで、新しいエアコン買えよ。修理来週になるってよ」

 電話を終え、俺に絶望感を与えた彼は、このエンド占星館せんせいかんの唯一の従業員で助手として働く坂巻竜胆さかまきりんどう

そして館長が俺、終々原円奴ししはらえんどである。

 二十歳に開業してから五年間、この事務所で我々を温めたり冷やしたりと働いてくれたエアコンはとうとう昨日、壊れたのだった。よく働いてくれた、竜胆よりも働いてくれただろう。

「エアコンが俺より働き者だったなぁとか思ってんだろ?言っとくがここで一番働いてないのは、円奴おまえだ。ほら、そろそろ今日最後の予約のお客さん来るぞ」

 一応、社長だぞ俺。

 竜胆をどうボロクソに言ってやろうかと考えていると、事務所のドアが開き予約していたと思われる占い希望者は現れた。


「15時から予約した、錫木すずきです」

 錫木静すずきしずか

 黒髪のショートが似合う小柄な女性で、生年月日からすると二十歳。占い自体は三十分程度で難なく終わった。

「終々原さんは、その…幽霊が見えるんですよね?その関係のお仕事もしているとか?」

 あぁ、その手の話か。というかそちらが本題だろ。

 そう、俺には強い霊感があり、そのせいでいわゆる「面倒ごと」を相談されることも多いのだ。

 一度手をつけてしまったら、占いと一緒にそういった関係の相談が増えていった。

 噂というのは怖いものである。

「見えはしますが、ご期待に添えるかどうか」こう言った「面倒ごと」は首を突っ込まないことが一番だ。

「もちろん、報酬は別途でお支払いします。お話だけでも」彼女はカバンから茶色い封筒を取り出した。

「お話だけならお聞きしましょう、解決できるかは別としてですが」

「金の亡者め」後ろで竜胆が吐き捨てるように言った。


お祖父さんおじいさんの罪を暴く?」

「えぇ、私の祖父が亡くなったのは半年前。心臓を患っていたので、それが原因だったようです。

葬儀や荷物整理なんかは一旦落ち着いたのですが、家を片付けていると私に当てた手紙が見つかったんです」

 それがこちらです。と彼女は手紙を鞄から取り出した。

 愛しい孫娘への思いがつづられている。

 しかし、最後に綴られた文章は謎めいたものだった。

『私は生前罪を犯した。もし、静が二十歳になるまでに、私に何かあったら静がその罪を消し去ってほしい。無茶を頼むことは承知だ。

 それは蔵の中にある。扉にはダイヤル錠がついているが、その番号は口頭でお前に伝えるつもりだ。どうかよろしく頼む』

「なるほど、その鍵の番号を聞かないままお祖父様は亡くなられたと」

 竜胆が手紙を後ろから覗き込み、呟いた。

「そうなんです。心臓の発作で急な事だったので、ですから幽霊の見える円奴さんにその番号を聞いてもらいたいんです。祖父がまだ残ってくれているのなら」

「この文面からすると死体でも隠してあるんじゃないか?」竜胆が言った。

「こら、お孫さんの前でなんてことを」

「いいんです。それは私も思いました。でも、大好きなおじいちゃんが私に残した思いを…どんなことでも受け入れたいんです」

 どんなことでも受け入れる。それほどまでの覚悟があるならば、俺も覚悟を持ってこの仕事に挑もうではないか。

 運良く、今日の占いの予約は彼女で最後だ。さぁ捜査開始だ。


 と張り切って捜査をしてみた結果だが、どこにも祖父の霊はいなかったのだ。彼女の住んでいる家、祖父の家、例の蔵、埋葬された墓などを回ったがそれらしい人には会えなかった。

 幽霊としてとどまるなんて、人それぞれで必ず彼女の祖父がこの世にとどまっているわけではないのだ。

 しかし、蔵には霊がいた。彼女の祖父の写真とは違う、別の老人であった。

 彼は錫木氏の共犯者であると語ったのだ。二十年前に犯した罪の共犯者であったと。



「まさか、蔵から出てくるのがウイスキーとは予想できないよな」

 修理が完了し、涼しくなった事務所で竜胆はカフェオレをすすっている。夏でもホットで飲むのが彼の好みらしい。

 確かに予想できなかった。というか、死体じゃなくて本当に良かった。

「自作でウイスキーなんて作れるんだな。酒類製造免許ってのが無くてアルコールを作ると酒税法ってやつで罰せられる。それが彼の犯した罪であり、そのウイスキーの破棄を彼女に依頼したかったとはね」

 老人の霊はダイヤル錠の番号を知っていた。

 蔵を開くと、樽詰めされた自作のウイスキーがあったのだった。

「破棄してほしいってのもあったんだろうけど、孫娘に見つけて欲しかったってのもあるんだろうな」

 共犯者と名乗る老人の霊は、麦や米を作る農家で二十年前に錫木氏にウイスキーの原料となる大麦を提供したのだ。

 そして、早くに奥さんを亡くし、独り暮らしであった錫木氏の蔵を利用して、二人でウイスキーを作った。そして蔵の鍵の番号。それは今から二十年前の西暦。

 愛しの孫娘、錫木静が生まれた年であった。



 密かに私はおじいちゃんのお酒を小さな瓶に詰めた。それ以外はその日のうちに破棄した。

 エンド占星館の人達はこの事は誰にも言わないし咎める事もしないと言ってくれた。

 その日の夜、私はその琥珀色の液体を口に含むと眠りについた。

 初めて飲むウイスキーは口の中で華やかな木の香りが広がると、私の喉を熱くした。

 初めて飲む強いお酒に私のまぶたは重くなっていった。

「静、急に逝ってしまって本当にすまない。そして私の罪の後始末までさせてすまなかった」

 懐かしい声が聞こえる。

「定年してすぐに妻を亡くし、趣味は酒くらいしかなかった。そうしてすぐにお前が生まれた」

 おじいちゃんだ。

「お前の母親は酒を飲まない人だったから、ぜひ孫と飲めたらと思ったんだ」

「そうして作ってしまった。違法と知りながらもお前が生まれた年に作った酒を一緒に飲みたかった」

「こんな変人が爺さんですまなかった。最後まで迷惑をかけたな」

「元気でこれからもやってくれ。

 最後にあの酒を飲んでくれてありがとう」

 微睡みの中で優しい声が頭に響いた。

 こちらこそ、ありがとう。



「おい、円奴。静さんから小包が届いてるぜ。この前のお礼だろうな」

 竜胆は小包を、俺は一緒に入っていた手紙を開けた。

『エンド占星館様

この前はご協力いただきありがとうございました。最近、蔵の整理も進めております。

お気に召すかはわかりかねますが、祖父のコレクションの中からお礼として送らせていただきます。

錫木静』

 元気そうで良かった。しかもお礼までいただくなんて。

「円奴!お酒だ!ぽーと…えれん?ウイスキーっぽいな。もぅ営業終了するし、今日も暑いからこれでハイボールでも作って飲もうぜ」

 竜胆は冷蔵庫へ炭酸水を探しに行った。

 全く、手紙の方も読めよ。

 ん?というかポートエレンって言ったか?それって確か…。

 お礼として頂いたものの値段を調べるなんて失礼極まりないが、胸騒ぎがした。インターネットでポートエレンと打ち込み検索する。

 販売ページはいくつかある。その中の一つをクリックした。

「一、十、百、千、万、じゅうま…。待て!開けるな竜胆!早まるな!」

 俺らはその日最高のハイボールを飲んだのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

琥珀の罪 愛澤あそび @asobizaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ