3/2 シガーシザー

ト書:葉巻は煙草と違いそのままでは吸うことができない。シガーカッター、もしくはシガーシザーなどで端を切り落としてから火をつける必要がある。

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 ぱちん。


 光が差し、思わず目をそばめる。煙みたいな光だ。口元寂しさに声をあげる。


「ああ、里美さとみはさみ、持ってきてくれ」


 椅子がゆらゆら揺れている。まだまどろみのなかだ。


 なにを覚えていて、なにを忘れたか。それすら忘れてしまった。


 ぱちん。


 暖炉がとろく燃えている。きっと薪が崩れたのだろう。台所から、ことことと煮こむ音が聞こえてくる。


 ほんのすこしだけ、胸が熱い。暖炉にあてられたらしい。里美からの返事はない。それもまた、優しい心持ちになる。


 外はあなたの肌の色で染まっている。明日には膝か、胸くらいまで積もるだろうか。尖った緑がかすんでいる。


 白昼夢のなか、わたしは指すら動かない。


 遠くに菩提樹の木が、白い葉をつけてたたずんでいる。台所からは、まだ温かい音が聞こえてくる。


 ああ、葉巻。すべてを煙に巻いてしまうのがいい。わたしの人生、やけに慌ただしかったからな。


「里美、鋏を持ってきてくれ」


「はいはい、ちょっと待ってくださいね」


 そんな声が聞こえてくる気がした。わたしはほころんで、葉巻の支度をしようとした。しかし身体はどうにも動かない。


 いや、そうだったな。忘れる、というのはどうも憎い。


 時間の流れから切り離され、ここに生きるわたしは、とうに孤独だった。暖炉に火をくべたのも、鍋を火にかけたのも、わたししかいないじゃないか。


「里美。いま、そっちに行くよ」


 ぱちん。


 目を刺す鋭い光にまた目をつむる。その鋏が、優しく音を立てた。

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