強制執行官

弐逸 玖

強制執行官

 草原の中を伸びる一本の道。屋根の上にパトランプを乗せた四輪駆動の車両が走る。

「お昼前ですが、このまま分署に帰って良いんですよね?」

「もう一仕事終わった。とっととさっきの報告書作って、今日はもう帰ろうぜ」


「先月みたいに立て続けに三件とか、ヤですからね僕は」

「俺だって願い下げだ、一日に何件もあってたまるか! ……明後日から三連休になってたな? どうすんだ?」

 助手席の中年の男が、ドリンクに口を付けながら運転席を見る。


「どうするもなにも、先ずは寝ますよ。今週は忙しすぎです」

 運転席に収まったまだ若い彼は、そう言って口をとがらせる。

「だいたいが、先輩と組んでから意味も無く仕事が増えて大変ですよ」


「良い仕事してる証さ。中央分署202号車は、現場に一番乗りが信条だぜ!」

「だから書類仕事が増えるんじゃ無いですか……」


「とは言え、昼飯くらい食わなきゃな。ドラテクは分署で一番、俺の相棒として申し分ない。たまにはおごってやるから、なんでも好きなの喰え」


「え? なら、スティーブさんの店でステーキなんかどうです?」

「はっはっは……。全く、おごるって言った途端これだ。まぁ、いつもハンバーガーだし、たまにはあのハゲにも儲けさせて……」




『ぴーぴーぴー。緊急通信を受信』

 無線機のランプが明滅し、表示部も赤く代わり。音声と警報音が鳴る。

「本部から?」

「分署じゃ無い? ……なんだ」



『至急、至急。本部よりN地区、並びにO地区をパトロール中の各移動、並びに各員へ通達』


『N地区、座標5-7-4においてマルエス密猟事件発生の通報有り、現在進行中の模様。座標データは該当地域の各員に転送中。直ちに急行せよ』


『本部からS.A.P.が出動予定。各員、これに協力して事態の収束にあたれ』


『なお、通報者は怪我をした模様だが公園救急隊が確保、現在病院へ搬送中』



「本部が特種スペシャル武装・アーマード警ら隊・パトロールを出す? なにが起こってるんだ?」

「かなりヤバい連中か、それとも対象が希少か。勘弁して欲しいなぁ、今月に入ってからSAPの出動、もう四件目ですよ? しかも僕ら、二件に直接関わってるし」



『被疑者は三ないし四名、各々刀剣様のものを所持、武装しているとの情報有り。現場へ向かう各員にあっては十分留意、警戒せよ。繰り返す。被疑者集団は武装している。各員留意、警戒せよ』



「今月三件目、みてーだな。……チョッキのチャージは出来てるな?」

「あと五分で終了、まさか立て続けとは。……先輩、通常ルートなら二五分ですが」

 既に車内のディスプレイには自車位置と現場の表示、到着予想時間が出ている。



「全く。昼飯食う暇もねぇ! ――こちら中央202、本部」

『本部より中央202、どうぞ』


「現座標O、1-1-3。このまま現地に向かう! なお……」

 と、男はそこまでマイクに吹き込むと。運転席の彼を見る。

「良いでしょう、やれば良いんでしょ? 七分でいいですか!?」


 彼の言葉と共にクルマはスピンターン、向きが変わると同時にライトが点灯。

 天井のランプにも灯りが点り、リアのウインドゥに【emergency】の文字が浮かび上がる。


「わかってるじゃねぇか、さすが相棒。――202は現着まで約八分を見込む」

 フロントウインドゥには【逆走】の文字が浮かぶが、クルマは構わずに来た道を加速し、サイレンを鳴らし始める。


『本部了解、中央202。恐らく現着が一番早い。注意されたい。詳細は二分以内に再度連絡する。以上本部』


「202了解、そのまま急行する。以上。――ちくしょう! せっかく昨日、自分でワックスかけたのによぉ……!」

「自分で汚せ、って言う人が言う台詞じゃないですよね? それ。……ちょっと揺れます、よっ!!」


 天井とフロントグリルのランプを明滅させ、甲高いサイレンの音を響かせながらその車両は道を外れると、砂煙を上げて草原を突っ切っていく。





 林の中。黒いチョッキを着て木陰に身を隠し、ヘルメットに装備した望遠グラスで、広場のようになった視線の先を確認する二人。

「本部、202の1および2、現着。画像は電波不良で送れない。状況進行中。既に確認出来る範囲で三匹、犠牲になった模様。保護対象は総数、二〇(ふたじゅう)前後。状況への介入許可を請う」


『中央202の1、介入待て。……被疑者集団の人数と装備は確認出来るか?』

 クルマは林に向こうに止めてあり、男は銃身の長いショットガンのようなもの、運転していた男はサブマシンガンのようなものをそれぞれ、持っている。


「マルタイは男二、女一。一六歳から二〇歳前後。男の一人は刀剣、もう一人は長刀様の物を所持。双方装甲服様の物を着用。女は丈の長い服を着て現状、杖様のものしか確認出来ない」

「202の2より捕捉。女の杖は過去の案件時に使用された物に形状が類似。何らかの攻撃力を有するものと推測出来る」


『中央202、西部103が現着まで一五分。SAPは二〇分だ。待てないか?』

「……先輩、また!」

「被害が四匹に拡大、これ以上は待てない」


『本部了解、中央202の状況介入承認、被疑者に対する銃器使用を許可する。但し。対象の保護を最優先しつつ、応援到着まで出来る限り時間を稼ぐよう要請する』

 二人は銃のセイフティを解除する。 

「介入承認を確認。現時1243をもって、202は状況開始。以上。――行くぞ」

「はい……!」


 シュ。二人のヘルメットから保護バイザーが降りた。






「ここまで強敵なのかよスライム。話、違くね?」

 スライムと対峙した、上半身に甲冑を着け剣を持った少年が、息を切らして一歩引く。


「前に出過ぎるな、距離を取って魔法で体力削ってけ! 確かに話がうますぎたわな、道理、でっ」

 グレイブを持った少年が、こちらは彼と並ぶように一歩前へ出る。


「二人共、動かないで! ……リカヴァー! ――うぅ、私の回復当てにしすぎだってば。MPの回復が間に合わないよぉ」

 白いローブに杖を持った少女が両手を広げると、少年二人の身体は光に被われる。



「とにかく、この二五匹、全部潰してコアを持っていけば銀貨200にはなるんだろ? ……喰らえ、ファイヤーソードっ!」

「あぁ、この世界の連中は、コアを潰さずにはスライムを倒せないからな。――フロゥズン・グレイブ! くっ、まだ刃が通らないかっ! いつもと違うぞこのスライム……!」


「まだアレが五匹目だよ? あんた達、マジで大丈夫なの?」

「ダメなら三人揃ってスライムに喰われるか、餓死するだけだぜ!? ファイア・クラッカー!!」


「そういう事、なにしろ一昨日から文無しだからな。……マス・ブリザード! 貰った、喰らえ! ウイング・スラッシュ!!」

 スライムの表皮が二つに割れ、剣を持った少年がその中から無色の玉を取り出す。

「やった、五匹目! その調子だよ!」





 ――かっ!

 前触れも無くいきなり、スライムの群れの正面に光の球が膨れ上がり、攻撃衝動を無くしたスライムは波が引くようにいなくなる。



「動くな! 我々は自然科学省、環境監視隊(レンジャー)の強制執行官だ! 警察権と武器の行使を許可されているっ!!」

 男は大口径の拳銃のようなものを投げ捨てると、ショットガンを構え直す。


「武器を捨てて手をあげなさい。あなた方への発砲許可も出ています!」

 運転していた男もサブマシンガンを構える。


「202より本部、保護対象は国定天然記念物のウスアオイロスライムで確定。これは忌避剤で散らした。犠牲は5。マルタイは武装した魔道士3。現在対峙中」

『被疑者集団の武器所持を確認。無理はするな。五分で西部103が到着する』


「別に無理をしたい訳じゃねぇさ、以上202。――お前達は、希少生物保護法、狩猟法、並びに国定公園法違反の現行犯だ、攻撃の意思を見せれば即座に撃つっ!」

「ついでに武器売買基準法と魔道士法、そして魔法行使条約違反ですが、これは警察で話をして貰います」

「……抵抗した場合は命の保証は出来ない。もう一度だけ言う、武器を捨てろ」




「……あの黒い服の二人」

「うん、ギルドの連中が言ってたヤツよね。一人やれば金貨3〇〇って」

 ――からからーん。少女は持っていた杖を手放す。


「でも、相手は人間だぞ?」

「だから? スキル。属性反転、発動……!」

 ふわりっ。彼女の発する空気が変わる


「おい、お前まさか!」

「二人で金貨700だよ? ……あんたらも剣とグレイブを捨てて」


「確かに三人でもしばらく遊んで暮らせるだろうけど。……なにする気だ」

「考えがある。……ノーモーションで魔法発動出来るの、私しか居ないでしょ?」

「それは良いが、お前……」

 グレイブを持った少年はそう呟くと、手にしたそれを捨てる。


「回復専門だろ。ホントにいけんのか?」

 もう一人の少年も剣を捨てながら少女に問うが。


「やってみる。ダメなら抱っこして撤退、よろしく! 即座に拾えるように捨てたよね?」

「何処までも怖いヤツだな」

「防御フィールドを展開しておいた。最悪失敗しても時間は稼げる」





「よし。そのまま両手を頭の後ろに組んで、ゆっくり膝を……」

「吹っ飛べ! 聖なるホーリー・超弩級爆砕エクスプロゥジョン!!」


 黒い服二人を光の球が包み込んだと思った次の瞬間。

 爆発の轟音と爆風が周囲を包む。

「やったか! すごいな!!」

「なんだよこの破壊力、初めから使えよ!」

「細かい出力調整が出来ないんだってば」


「良し、ヘルメットくらい残ってるはずだ。討伐証明の……」

 グレイブを拾おうとした彼がその台詞を言い終わる前に、

 ――ダダダダ……!

 と言う音と共に彼らの前の空間が紫に染まる。

「やはりフィールド! 属性確認、すぐに中和します!」

「要らんっ!!」


 

 少女は冷静に手早く杖を拾うと、二人に声をかける。

「しくじった! 逃げ……」

 ――ドン。

 彼女が言い終わる前に、紫に発光するフィールドに大穴が空き。

 少女は五体バラバラになって、文字通りに吹き飛んだ。



「やってくれる! 耐魔チョッキが無かったらこっちがバラバラだった! そんなペラいフィールドでコイツが止められるか、クソが!!」


 ――ジャコン。空の薬莢を輩出する音と共に。煙の中、銃口から煙の上がるショットガンを構えた男がゆっくり歩み出す。

 その後ろにはサブマシンガンを構えたシルエットも続く。


「一〇秒やる。両手を広げて地面にうつ伏せだ! こうなりたいなら別だが、な」

 男が顎をしゃくった先。少女の首が地面に転がり、目は虚空を見上げている。

「フィールドは中和しました。指示に一秒でも遅れたら穴だらけにします!」



 二人が銃を地面に向ける中、複数の甲高いサイレンの音が近づきつつあった。





『三〇〇〇人の規模で住み着いていますから、単純な全面排除は難しいかと』

 泥にまみれてレンジャーのマークが書かれた、四輪駆動のパトカーが走る。


「容疑者は“ギルド”に“異世界”から召喚されたの一点張りだぜ。もう何件目だよ?」

『本部の調査課と警察が共同で調査に当たってます。分署としては何も出来ません』

「S地区の山がヤサってのは割れてんだ、州軍でも突っ込みゃ良いだろうが!」

『それは我々レンジャーから要請することでは無いとおもいます』


「まぁ良い。任務終了報告はここまで。……それと、所長に伝言してくれ。昼飯おごってくれ。ってな」

『今ここに、――はい。……202に所長より通達』

「……あぁ。また余計な事言って、僕まで怒られるのはヤですからね?」


「管制、通達内容を知らせよ。どうぞ」

『スティーブズ・ダイナー限定で好きなだけ喰え。話はしておくから金も領収書も要らん。とのことです』

「はっはぁ! そう来なくっちゃよぉ! 了解。202からは以上」

『アルコールはダメですからね? 御安全に。以上、中央分署官制』



 四輪駆動のパトカーは、若干スピードを上げて荒野を走りぬけて行った。

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