第10.5話 再びの決意

 病院の廊下にて、フェリクスはひとり呆然とブルーノの背を見つめた。恐らく彼は医者に呼ばれたのだろう。ならばフェリクスなど置き去りにして立ち去るのは当然のこと。

 少し気になるのが、先程見た彼の顔つきや雰囲気だ。物悲しく悲愴げに、更には随分とやつれて見えたのだ。家族の失踪が伝えられたであろうことを思えば仕方ないこともあろうが、それを考慮してもかなり過剰に見えたので、率直に言ってブルーノのことがとても心配になった。

――あのままひとりにして、いいのかな。

 部外者にも関わらず、ふとそんなことを思う。

 自分の直感が当たってしまい、アルフレッドがいなくなったことに衝撃を受ける気持ちと、ブルーノの憔悴しょうすいっぷりに驚き不安になる気持ち。そのふたつが混じり合って落ち着かない。

 そんな複雑な感情を胸に、フェリクスは喧騒を背後にひとり静かに部屋へと戻る。


 薄暗い個室にたどり着き灯りをつける。突然の明るい光に目が眩んで数秒目を瞑った。再び目を開けて、外出前と何ら変わりない部屋に入って、ゆっくりとベッドに腰をかける。

 ひとりきりの部屋はいつものことだが、もしかしたら今夜はここにパーシヴァルがいたのかもしれないと考えると、どことなく寂しい。これが、宿泊許可が下りなかった場合ならまた心境も違ったのだろう。

 ベッドに仰向けに寝転がって、吊り下がる灯りや白い天井を眺めながら、フェリクスは現状の把握に努めようと、今日一日のこと順にを振り返る。


 昨日の清武との面会を起点とした今日の一連の出来事は、かなり慌ただしいものだった。清武との電話に、パーシヴァルとのまさかの面会。それにより事態もいい流れに行くかと思いきや、パーシヴァルは姿を消した。探しても見つからなかった。会ったばかりのビルキースやウォルトも随分協力してくれたおかげで、清武が犯人であると辿り着けたはいいが、結局、フェリクスがひとりでなんとかしようと考えていた状態に戻ってしまった。

 今の自分は一人きりである――自覚して、フェリクスは今後について考える。

 パーシヴァルに会うまでは、ひとりで全て対処して、彼に迷惑をかけることなく毒をひとりで受け切ろうと考えていたが、あれから時間も経ち冷静に考えると、自分一人でできることなどたかがしれているのだ。

 異性に間違われるほどに幼く見え、小柄で華奢。それだけならともかく、病により自力で歩行することもできない。段差に弱い車椅子であるため、多くの場面で補助が必要だ。純粋な筋力に限らず何か『力』があれば話は違ったのかもしれないが、フェリクスにはそういった何かもない。頭脳だって人並みの範囲であり、精々学生時代に少し成績がよかった程度だ。

――今の僕にあるのは、数冊の本と、あずまさんに向けた手紙程度か……。

 その現実に愕然とする。せっかくパーシヴァルと力を合わせて、なんとか現状を打破できるかと思ったのに。自分だけではできないことをパーシヴァルとなら出来たかもしれないのに。自分は無力であると痛感して、膝の上に置いた拳に力が入る。せっかく足掻いてみようと決意したフェリクスの行動を、何者かに阻害されているようで、ずっしりと心が重くなり深い溜め息が溢れ出す。

 しかし嘆き悲しんでいても仕方ない。静かに目を閉じたフェリクスは、今の自分にとっての最良の結果を模索する。


「……そりゃもちろん、パーシーを連れ戻して、東さんと縁を切ることだけど……それはかなり難しいんだろうなあ……」


 幾らフェリクスが清武と関わりたくないと言い続けたところできっとそれは難しい。今まで拒否を続けても何度も会いに来た清武だ。ちょっとやそっとの抵抗で手を切れるとは思えない。ならばパーシヴァルをどのように連れ戻すかを考えるのがいいのだろうが、前述のように自分は無力だ。では、どうするか。勿論決まっている。胸の内で自らに問いかけ、答えを導きだした。


「僕はどうなってもいいから、パーシーだけはなんとか助け出さないと……」


 もしパーシヴァルが聞いていたら激怒する呟きであることは間違いないが、自分よりも未来がある彼だけは、助かってほしい。なんとか明日、清武本人やその部下に頼み込んでみようと力強く決意する。

 静寂の中に、独りよがりな小さな決意の声が広がり、消えていった。

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