第16話 閑話・アレク視点

 俺は得体のしれない子供からもらった毒消しを持ってクラウドの元へ急いだ。


 キング・スネークの毒は回りが早い。一刻も早く解毒しないと死んでしまうだろう。手持ちの毒消しを飲ませたから少しは猶予があるだろうが、それでも心もとない。


 クラウドがヒーラーだからと安心しすぎた。


 優秀なヒーラーであるクラウドがいれば問題ないと、最高級解毒薬をたくさん持ってこなかった俺たちの失敗だ。

 まさかクラウドまでもがキング・スネークに噛まれるとは思ってもいなかった。


 この『霧の森』にたちこめていた霧が突然晴れてからというもの、腕に自信のある冒険者は、軒並のきなみ一攫千金を夢見て森の中へ入って……消えていった。


 それまで深い霧に隠されていた森の中心部は、恐ろしく強い魔物の徘徊する別世界だったのだ。

 あまりにも被害が大きいことから、ゴールドランク以上の冒険者は全て指名依頼でこの森の調査を命じられた。


 もちろん、ゴールドより上のミスリルランクの俺たちのパーティーも指名を受けてこの森に足を踏み入れたが、今まで見知っていた森は何だったのかというくらい、森の中の様相は変わっていた。


 巨大な王級の魔物が跋扈ばっこする魔境。


 リーダーである兄のジークが調査を中止すると決めて撤退しようとした矢先に、キング・スネークが襲ってきた。


 キング・スネークの毒は猛毒で、普通の毒消しでは効かない。回復役であるクラウドの解毒スキルや、用意してあった最高級解毒薬を使って回復していたが、そのクラウドが噛まれてしまった。


 襲ってくるキング・スネークを何とか撃退してクラウドに毒消しを飲ませようとしたが、既にこれまでの戦闘で最高級解毒薬は消費しきっていた。手持ちの毒消しを飲ませたが、完全に回復するまでには至らない。


 このままでは町に戻る前にクラウドは毒に倒れてしまうだろう。


 だがもう一つ、特効薬がある。

 キング・スネークの心臓からしたたる血を飲めば、たちまち毒が抜けるのだ。


 急いでジークと共にキング・スネークを追ったが、その姿は見つからない。

 だが代わりに奇妙な少女に出会った。


 王級の魔物が徘徊する森に不似合いな、王侯貴族にも負けぬ豪華な衣装を身にまとう少女。年の頃は十を過ぎたばかりだろうか。幼さの残る顔をしていた。


 黒い髪は艶やかで、膨大な魔力持ちであることを示す、紅玉のような瞳。

 もしやこの森に住むと伝えられている伝説の魔女ではないかと尋ねたが、すぐに否定された。

 魔女ではないにしても、この森に入り、こうして無事であることがまず不自然だ。


 善き者か、悪しき者か――

 その判断を、鑑定能力を持つジークにゆだねた。


 俺たちは双子だ。

 それゆえに、二人の間では心の中で会話をする『心話しんわ』ができる。


 だから言葉に出さずに、ジークに鑑定の結果を聞いたのだが、返ってきた答えは「鑑定不能」だった。

 それはこの少女が俺たちよりも強いということを示す。


 だが、それにしては妙に対応が幼い。

 もしかして魔女の娘かもしれないと思った。


 それならばこの娘の尋常でない魔力や、護衛のようにつき従う二匹の獣にも納得ができた。


 そう。あの獣たちもまた、普通の獣ではなかった。

 あれらは一見普通の動物のように見えたが、その瞳の色は赤。

 瞳が赤くなるほどの魔力を持つのであれば、あれは魔物だ。


「ジーク、そっちはどうだ?」


(あ、ああ。いや、何も問題はない)


「どうした。歯切れが悪いな」


(失言でニワトリから威圧を受けた。……まるでエンシェント・ドラゴンと対峙しているかのようだったぞ)


「馬鹿なことを――」


 冒険者の中でも最高ランクと言われるミスリルの俺達でも、ドラゴンを相手にするのには苦労する。


 まだ若いドラゴンであれば三人でも何とかなるが、古代より生きているというエンシェント・ドラゴンは災害級の存在だ。人の手で倒すことなどできないから、ただ嵐が通りすぎるのを待つしかない。


 もっともエンシェント・ドラゴンほどの個体であれば、人よりも知能に優れ、滅多に争う事はないと聞く。伝説によると、かつては国滅ぼしの黒竜と呼ばれたドラゴンもいたが、女神によって封印されたという。


(お前も十分注意した方がいい)


「分かった。やはり、あれは魔女の娘か?」


(それが……どうにも普通の子供のようにも見える)


「最高級解毒薬を銀貨一枚で寄こした相手がか?」


 あれはジークの賭けだった。


 キング・スネークが見当たらない以上、クラウドの命は風前の灯だ。

 ならばどんな悪党でも構わないと一縷いちるの望みをかけて解毒薬を譲ってもらえないか聞いてみたのだが、こちらが拍子抜けするほど簡単に手に入った。


 もしや罠かとジークが鑑定してみたが、ありえないほど高品質の解毒薬だということだった。


(今は解毒薬が効くかどうかを心配している)


「……普通の子供みたいな反応だな」


(そうだろう? いや、待て。なんだって? もう成人している? 嘘だろう!?)


「後で話そう。クラウドの所へ戻った」


 驚愕するジークの言葉に反応する間もなく、力なく横たわるクラウドの元へ走る。

 魔物除けの香が効いているか不安だったが、どうやら他の魔物に襲われることもなく無事だったようだ。


 青白い顔色のクラウドに、急いで解毒薬を飲ませる。

 こいつは俺たちの幼なじみで、ガキの頃からずっと一緒にいたんだ。こんな所で死なせはしない。


 コクリ、と喉が鳴って、クラウドが薬を飲み干す。

 するとたちまち顔に血の気が戻った。


「クラウド、大丈夫か」

「……アレクか。すまない。ヘマした」


 体を起こしたクラウドは、大きく息を吐いた。

 どうやらもう大丈夫そうだ。

 さすが魔女の娘といったところか。この薬は凄まじい効果だな。


「いや。お前が無事で良かった」

「お前たち、キング・スネークを倒すのに怪我はしていないか? ジークはどこだ? まさか――」

「ジークも無事だ。ああ、戻ってくるみたいだ」


 クラウドを介抱している間に、ジークたちはこっちに来ることになったらしい。

 魔女の娘だろうが何だろうが、クラウドを助けてもらったのは確かだから、礼を言わないとな。


「実はキング・スネークの心臓の血で解毒したんじゃなくて――」


 いぶかし気に眉をひそめるクラウドに、俺は森で出会った不思議な少女の話をした。

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