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Nico

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 今朝のトップニュースは環境破壊についてだった。原因は不明だとアナウンサーは言った。次のニュースは世界中で物資が不足しているという内容だった。環境破壊が原因だとアナウンサーは言った。三番目は会社の倒産が相次いでいるというニュースだった。世界中でこの三年のうちに三十万以上の会社が破産しており、その原因は環境破壊による物資の不足だとアナウンサーは言った。


 私はそこでテレビを消し、頭を抱えた。そして必死に叫びそうになるのを堪えた。涙が頬を伝った。


 すべてが始まったのは三年前だった。私の勤めていた会社が倒産し、私は失業した。突然のことだった。勤め口を探したが思うようにはいかなかった。


 三ヵ月後のある日、消印のないはがきが届いた。まったく身に覚えのないはがきだった。


 そこには私に関するあらゆる情報が記されていた。名前、住所に始まり、身長、体重、家族構成や趣味、今までに付き合った女の子の数や昔飼っていた犬の名前まで載っていた。極めつけは前日の夕食の献立だった。私は驚き、彼らがどこからこのような情報を手に入れたのか不思議に思った。


 それらの情報の後には、「そんなあなたにぴったりの仕事があります」と書かれていた。仕事の説明をしたいから事務所に来てほしいということだったので、私はとりあえず行ってみることにした。行かずにはいられなかった。


 そこは三田の表通りから路地に入り、角を三つ曲がったところにある小さなビルの三階の一室だった。部屋の中には三人がけのソファーとデスクと、あとはパソコンがあるだけだった。


 私がソファーに座って待っていると、三時きっかりにスーツを着た三十代半ばくらいの男が部屋に入ってきた。男は私に名刺を手渡すと、挨拶もせずに話し始めた。彼の話は簡潔で、無駄な部分は一切なかった。


 彼の説明によると、そのパソコンには地球に存在するすべての生物の名称とその個体数、生息地のほか、その生物に関する詳細な情報が入っているということだった。そして私の仕事は、三日に一遍それらの生物の中から一種類を選び、「削除」することだった。


「あなたがこのパソコン上で削除した生物は、その瞬間に現実の世界から姿を消します」と男は言った。私には男の言っている意味がよくわからなかった。

「何のためにそんなことをするのですか?」と私は尋ねた。

「世界を簡素化するためです」と男は言った。


 それ以上の説明はなかった。彼の話を信じるなら、その仕事によって私が手にする報酬は、驚くほどではないが、高かった。


 私はもちろん躊躇した。悪徳商法の一種ではないか、と疑いもした。しかし、私は結局その仕事を引き受けることにした。そうせずにはいられなかったのだ。彼らは私のすべてを知っているのだから、私がそうすることも知っていたに違いない。


 私はまず初めに、標高三千メートル以上の高地にしか生息しない植物の一種を選んで、「削除」した。実に簡単だった。その植物名の上にカーソルを合わせ、ダブルクリックするだけだった。しばらくの間は何の変化もなかった。それから十三日後のニュースで高山植物の一種が突如絶滅したというニュースが流れた。専門家はみな口をそろえて環境破壊が原因だといった。


 その後も、私は三日に一種類ずつ、地球上から生物を「削除」していった。私はなるべく生態系や我々の暮らしに影響が出ないように「削除」する生物を選んだ。そのほとんどが雑草や害虫だった。しかし、影響は皆無とはいかなかったし、どんな影響が出るかは予想もつかなかった。芝刈り業者が経営難に陥ることは理解に難くなかったが、時計メーカーがこぞって大幅に増益することもあった。こうなると私にはさっぱりわけがわからなかった。生物を一つ「削除」する度に私は混乱し、神経が衰弱するのを感じた。


 私はこの仕事をするうえで気をつけていたことが一つあった。それは自分の身近な人に悪影響が及ばないようにすることだった。しかしそれは簡単なことではなかった。何しろどのような影響が出るかまったく予想がつかないのだ。私は三年間で三十人近い知人、友人の会社を倒産させた。良い数字とは言えなかった。


 それでも私は来る日も来る日もあの部屋に行き、生物を一つこの星から「削除」しなくてはならなかった。逃げることはできなかった。彼らは私のすべてを知っているのだ。どこへ逃げてもすぐに彼らが私を捕えることは明白だった。そうなれば、きっと彼らは私に罰を与えるだろう。私が最も恐れる罰を、私が最も恐れる方法で。彼らは私のすべてを知っている。私は逃げられない。もう限界だった。三年で私の体重は三十キロ落ちていた。


 今日も私は力の入らない足であの部屋に行き、あのパソコンの前に腰掛ける。そして「人類」の項目に、カーソルを重ねる。私はふと考える。


 あるいは彼らは、私がこうすることも知っていたのかもしれない。

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