『タイラナル』

なみかわ

『タイラナル』


 たった今、昭和が終った。というのも、天皇陛下が崩御し、今までの例に従って新元号が生まれたからだ。


 スタンドだけの明かりをともした、薄暗い部屋で、平次はワープロのキーを叩いていた。夜中だから、キーを叩く規則的な音以外はあまり聞こえてこない。


 平次は、あるテレビ局の記者で、あと数時間後に放映されるニュースの原稿を作成していた。もちろん、内容は『新元号』のことである。


 ところが、一つ難点があった。前の、明治・大正・昭和は、そのまま元のかなを入れて、漢字変換キーを押せばすぐ出てきてくれるのだが、なんせ新しい言葉のこと、『ヘイセイ』と入れても『平静』や『丙製』とすっとんきょうな熟語しか出てこない。


「くっそ・・・時間のムダだ」

 平次は、ワープロ入力が速いことで認められている記者だったから、このことにいらだちを覚えていた。


「そうだ、」

 平次はいいことを思いついた。このワープロの単調な性格を逆手にとって、『平成』をそのまま『タイラナル』と読んでしまえば、と試しに入力してみた。


『平成る』


 ワープロはなにも考えずこうこたえた。平次はしてやったり、と笑った。


「よしよし、次の給料でちゃんと『平成』と出るワープロを買おう・・おまえとも、おさらばだ・・」




 次の日の午後。平次はあのあと原稿を仕上げてから寝たので、今出勤するところだった。電車に乗って、なにも考えず足を組んだ。


 電車が動きだして、隣の女たちの話声が聞こえてきた。


「奥さん、見ました?『モーニングニュースセンター』、」

「ええ、もちろん。あのニュースはどこよりも速いですからねえ」


(お、オレの担当だ・・)

 平次は聞き耳をたてた。


「でも、あの『タイラナル』が新元号なんてねえ」



────────────────────────



「お、奥さん、それは何かの間違いでしょう、『ヘイセイ』ですよ」

 平次はあわててあせって二人の間に口をはさんだ。しかし、女は平然として言う。


「何言ってるのよ、『タイラ』の『平』と、『ナル』の『成る』で、『平成る』よ」



────────────────────────



 ただ一文字を消し忘れ、

 平次はできのよいワープロとともにクビになった。

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『タイラナル』 なみかわ @mediakisslab

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