第42話 彼らの居場所、二人の明日

 春の爽やかな朝だ。緑が日光に照り映えて、長く眠っていた契汰の目には鮮烈だった。契汰は伸びをして思いっきり深呼吸した。

 自然豊かな山の上にある学園は、本当に空気が美味しい。


「ちょっと身体を動かさないと、流石に鈍ってるぜ」

 

 バキバキと節々が鳴る。目を閉じて、全身に血が巡るように関節を外した。


「契汰―っ!」

 

 野太い叫びが聞こえたかと思うと、とてつもなく筋肉質な肉体が契汰をこれでもかと抱きしめた。身体中の骨がボキボキッとこの世ならぬ音を立てる。


「うわっ!」

「会いたかったぞ! しょ、小生は……契汰が死んだかと思ったぞ!」

「せ、誠!?」 

 

 筋肉質の男は契汰と顔を見合わせた。それは森ではぐれてから、一週間ぶりに見た友の姿だった。 


「怪我は、大丈夫なのか?」

「小生はそんなヤワじゃないぞ!」


「そういえばそうだよな。ごめん、森に置いて行ってしまって」

「案ずるな、問題無い。事情は聞いている」


 誠は契汰の肩を抱いた。


「それより聞いたぞ、契汰はすっかり学園の英雄だ!」

「誠までそんなこと言うのか?」

「これは事実だ!」

 

 誠はそう言うと、申し訳なさそうに頭を垂れた。


「こちらこそすまなかった、契汰と別れた後、君を探して遠くまで行ってしまっていたのだ。もっと早く駆けつけていれば……すまん」

「……何を言うてんねん」

 

 契汰は驚いて足もとを見やった。肉に足が埋まりそうなぽっちゃり猫が、前足をお行儀よく揃えて座っている。


「ねこまる!」

「よう、元気そうやな」


「そっちこそ」

「おかげさまでな、むしろ前より調子ええわ」


「ここで治療を? 学園に入ってきて大丈夫なのか?」

「ここのネエちゃんがな、特別に匿ってくれた。ワシは腐ってもお前さんの霊具やさかい、邪険には扱えんと言うてな。ほんまにスゴ腕の医者や、結構ボロボロやったけどこの通りピンピカやで」

「誠がいるけど、その前に出ても大丈夫なのか?」


 ねこまるが『異能は物の怪と妖を混同して討伐しようとする』と言っていたのを、契汰は思い出した。心配になって誠の顔色を見る。


「彼も我らの恩人だ、討伐などしない」

「おお、討伐やて。怖い怖い」


 誠は爽やかな笑顔で、ねこまるに笑いかけた。この二人はなんだかんだ、上手くいっているようだ。


「しかしあの赤髪のネエちゃん、ほんまエゲツない異能やな。ワシ腰を抜かしたわ」

「赤髪って、生徒会長のことか?」

「左様。小生も見たよ。一ツ目にとどめを刺すため、螺旋火炎で燃やし尽くした」

 

 圧倒的な会長の能力に、改めて契汰は感心した。


「せやけど契汰、お前さんを最終的に助けたんは、このムキムキマンや。ムキムキにお礼を言っときや」

「誠が俺を?」

「ねこまる殿、それは別に言わなくても……」

 

 誠が戸惑った表情を見せるが、ねこまるは話を続けた。


「赤髪ネエちゃんは一ツ目を燃した後のことよ。まだ真っ赤のアッツイ残骸から、ムキムキが契汰を掘りだしたんや。若いのに見上げた漢やで」

 誠が照れくさそうに鼻の頭をかいた。


「小生しか、動ける者はいなかったしな。契汰も一刻を争う状態であったし」 

「じゃあ、誠も俺の恩人だな」

 

 契汰は頭を下げる。それを見た誠は感動の涙を流しながら、両手を広げた。


「小生は、小生は、嬉しいぞっ!」

「ちょ、も、もうバキバキは無しだぞ!」


「何故だ! 小生との感動の抱擁だというのに!」

「ま、それは本命のためにお預けやな」


「ほ、本命って?」

「……来たで」

 

 春の花が咲く庭の先に、銀の髪が陽の光を受けてキラキラ輝いた。少女がこちらに走り寄る動きに合わせて、さらさらと風に跳ねる。


「契汰!」


 少女は軽やかな小鳥のようにふわりと浮かびあがって、契汰の胸になだれ込んだ。


「生きてる!」

「生きてるよ、永祢」


「良かった、もうだめかと」

「大丈夫だ。約束通り、帰ってきたろ?」

「うん、うん」


 少女は安心したかのように、抱きついたまま離れない。契汰は少女の身体に顔を埋め、涼やかで柔らかい香りを嗅いだ。


「ほんま、気が気じゃなかったで。契汰が起きてくれんと、嬢ちゃんまで死んでしまいそうやったからな」

「ごめん、心配かけて」


「いい」

「そうか。もう無茶はしないから」

「わかってる」

 

 花々が二人のため、華吹雪を散らす。


 自分で運命を変えたのだ、自分でこの幸せを勝ち取ったのだ。


 改めて契汰は、生きている喜びを噛み締めた。


――同じころ、生徒会室は静謐な空気が満ちていた。


「目を覚ましたそうですね、藤契汰が」

「そのようだな」

 

 嵐が去った後の生徒会室は、今まで以上に念入りに清掃されている。


「彼に会いに行かないのですか」

「そう急がずとも良いだろう」


 芳しいコーヒーを、生徒会長は優雅に楽しんでいた。


「やはり会長の読み通り、彼の霊力は規格外です。強引な手を使ってでも、スカウトして良かったですね」

 

 会長は口に含んだコーヒーを舌先で転がしながら、微笑む。


「ですが、総極院永祢は意外でした。あの巨大な星の印、見ましたか。それに伊吹の呪。あれはハイクラスな陰陽師でも難しい高等呪です。藤契汰からの霊力があったとしても、術者自身に相当な才能と実力がなければ出来ない」

「……我々が彼女を侮っていた、ということだな」 


「あら、会長。なんだか嬉しそうですね」

「そうか?」


「そんなお顔いつぶりでしょうか。いいえ、初めて拝見したかもしれません」

「面白いことになりそうだ」

 

 生徒会長は窓から、学園全体を眺めた。春の大気に緑は鮮やかに色づき、眩しいほどだ。


 学園中に遅咲きの桜が、所狭しと咲き誇っている。




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僕を無価値という、この世界へ 水谷 耀 @you-mizutani

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