第14話 緋眼黒焔龍「使い魔スカーレット」

 ――ドラゴンに乗る前に、会長は簡単な説明を挟んだ。


「少年、このドラゴンはスカーレット。私の使い魔だ」

「初めて見ました、本物のドラゴンなんて」


「少年よ、君は今からこの龍に乗るのだぞ」

「先にその子をお願いします。とにかく早く治療しないと」


「この娘はちゃんと生きているし、応急処置はした。ここの施設ならすぐに治せるから心配するな」

「大丈夫なんですか?」

「この学園を下界と一緒にするなよ。君をここに置いていく方が怖い、森が近いからな」

 

 契汰は後ずさりしてやっと巨大なドラゴンを丸ごと目に収めた。ドラゴンは嬉しいのか、焔を吹き出しながら生徒会長に頭を擦り付け甘えている。


「や、火傷しません?」

「大丈夫だ。使い魔は、主人と認めた相手に魔力を発することはない」

 

 生徒会長は微笑みながら、スカーレットの首を撫でてやった。

仕草こそ可愛いが、どこからどうみてもファンタジーゲームの強キャラ(それも敵キャラ)っぽいゴツさがある。


「俺はどうやって乗ればいいんですか、大火傷しそうですけど」

「これを使えばいい」

 

 生徒会長は金の腕輪を撫でた。するとまた腕輪が光り、無数の細糸を紡ぎ始めた。するすると降りてきた糸達は、自ら縦になり横になり、軽やかな紫布を織りなした。


「これは魔力の絶縁体だ。言いたいことはわかるな?」

「それを使えば魔力は通さないんですね」

「その通りだ、絶対直接触るな。朝食のベーコンになりたくなければな」

 

 契汰は油の中で焼かれているカリカリのベーコンを想像した。するとお腹が急に減ってきた。しかし、この人に空腹を訴えてもあまり効果は無さそうだ。


 生徒会長は首の付け根にまたがる。契汰も薄物に少女と自分をくるみこみ、生徒会長の背にぴたりとつくように龍の背に乗り込んだ。


「では行くぞ!」


 スカーレットは嬉しそうに焔を勢いよく吹く。危うく契汰の頭髪が丸ごと焦げるところだった。


(一応怪我をした女性を乗せているのだから、ゆっくり飛んでくれるだろう)


 ――そう考えた自分の甘さを契汰は思い知ることになる。


「お、落ちる、落ちる!」

 

 数秒後にこのザマである。契汰は少女を左手に抱きかかえ、右手で必死に龍の背中に布越しにかじりついていた。


「すまぬ少年。スカーレットは少々おてんばでな」

「布から身体が出ちゃいそうです!」

「皮膚に絶対触れるなよ、骨まで溶けるぞ」

 

 その言葉にゾッとして、スカーレットの肌を見た。いぶし銀の硬い皮膚の奥に、マグマの如き赤い血潮が流れているのを感じて、熱いはずの身体が寒くなる。


「少年、下を見よ。これが帝陵学園だ」


 しがみつくことに必死だった契汰は、なんとか翼と胴体の隙間から眼下の景色を眺めた。

 

 契汰が倒れていたところは大きな山脈がいくつか横たわっている中の、小ぶりな山の上だった。先ほどの門から伸びる塀は、想像以上に広大な敷地を囲っている。塀中には大芝生を抱えるように明治や大正のモダンを想わせる校舎がいくつも並び、一番大きく、壮麗な洋館を中心に幾つも館が建っていた。象牙色の壁に、夕焼けの太陽を思わせる瓦が葺かれている。

 

 そして驚くことに、その学園敷地の周りには大きな路を挟んでさらに大きな塀があり、ふもとにも山全体を守るように強固な塀がめぐらせてあった。

人の気配は無く、ただ鬱蒼とした森が広がっている。ふもとには小さな町があって、スーパーや民家を見るにつけ日本に似た世界のようだ。驚くことに観覧車やプールがついた遊園地まである。遊園地の傍には、海が見えた。


「港町だったんですね、ここは」

「そうだ御前町みさきまちという」


「お、大きい学園ですね」

「初等部、中等部、高等部がそれぞれある」


「まさかとは思いますけど、この山も敷地ですか。わざわざ塀で囲ってありますけど」

「勿論だ。これが鎮守の森だよ。物の怪が出る危険な森だ」


「物の怪?」

「人に害をなす、この世ならざるモノの総称だ。ヤツらは人を襲い、そして喰う」

「喰う!?」

 

 契汰は背筋がぞくっとした。


「少年。一応確認しておくが、ここをどこぞの異世界だと考えてはいないか?」

 

 生徒会長が試すように言った。

 

 ファンタジーの世界そのままの陣の存在、少女の独特の衣装、異様なモンスター、常人にはあり得ない炎の異能、そして極めつけのドラゴン……。

 異世界要素満載だ。


「あの、正直そう思ってます」

「本当にそうならいいのだがな」


「違うんですか?」

「君のいた甲宮なら、電車で2時間もあれば着くぞ」


「嘘!?」

「なぜ嘘を吐く必要があるのだ?」


「俺全然この学校のこと知りませんでした」

「町単体ならば遊園地もビーチもあるから有名な方だと思うが」


「そんな余裕無かったんで」

「まあ学園を知らぬのは当たり前だ。山奥で人目につかず、守りも掛けてある故な」

 

 生徒会長の目が鋭くなった。


「異世界ではない。ここは君がいた町と陸続きの現実だ」

 

 契汰はごくりと唾を飲んだ。


「化け物が出る森が……日本に?」

「そうだ。一般の者は知らない。なぜなら視えないからだ、君と違ってな。今の人間の大半は、自分が視えない世界についてはもはや知ろうともしない」

 

 生徒会長は苦々しげに言った。


「この学園の目的は、国民を物の怪から守り、そして討伐することだ」

「じゃあ、正義の番人というわけですね。この学園の人は」

 

 堪え切れずに噴き出す声が背中越しに聞こえた。


「まだ断するには早いぞ。さあ、あそこが典薬寮だ」

「典薬寮って?」


「ああ、この学園の医療施設のことだ」

「保健室みたいなものですか」


「まさか。病院以上だ」

「はあ……典薬寮って変わった名前ですね」

「明治に入るまで、日本の宮廷の医療機関をそう呼んだ。その名残だよ」

 

 スカーレットは急降下した。典薬寮に行くというのに、契汰は思い切り舌を噛んでしまった。ここではこんなものも治してくれるのだろうか。ひりひりする口を持て余しながら契汰は考えた。

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