五 女王のプライド

「――では、わたしがその生霊の正体だと?」


 翌日の放課後、阿倍野は昨日、葵の部屋で見た生霊を飛ばしていた犯人――六条美夜を校舎の屋上に呼び出していた。


「言いがかりもいいところね。わたしにそんな覚えはさらさらないし、ま、確かに湊本くんとは一時期おつきあいしたこともあるけど、今はまったく未練も何もないんだから。色恋が原因というんなら、むしろ若村さんの方が怪しくなくって? ああ、御室さんって人もいたわね」


 傾く日の光に染められたオレンジ色の広場の真ん中で、長く美しい髪を夕風になびかせながら、六条は阿倍野の言葉を冷静な声で全否定する。


「生霊は自分の意志とは関係なく飛ばしてしまうものですよ。いわば恨みや怒り、そういった自分ではどうしようもない負の感情が具現化したようなものです」


 だが、相対する阿倍野の方も彼女のどこか威圧的な態度に怯むことなく、いつもの淡々とした口調で彼女の挙げる根拠を論破しようとする。


「それに、もう湊本先輩に未練がないというのは嘘ですね? あなたはまだ、密かに湊本先輩に対して思いを寄せられているんでしょう」


「フン、何を馬鹿なことを……仮にもしそうであれば、ライバルである上野さんのお見舞いになんかわざわざ行くと思うの? それも、同じくライバルの若村さんや桃園さんまで誘って」


「あれはむしろ、上野先輩はもちろん、ライバル達に対する当てつけでしょう。特に若村さんは現在、一番湊本先輩が心を寄せてる女子です。そんな二人を会わせれば、お互いにいい思いをするはずがありません」


 阿倍野の推論を鼻で笑って斬り捨てる六条であるが、それを逆手にさらに阿倍野は追及の手を強める。


「そ、そんなことは…」


「そんなことは思ってもいない……そう自分に言い聞かせて、ずっと自分の本心を偽ってきたのですね。文化祭の出店の一件でも、本当は腹の底が煮えくり返るほど怒っていたのに、まるで気にしていないような態度を装って……」


 俄かに動揺の色を六条はその瞳に宿し始めるが、その鋭い刃のような言霊を阿倍野はなおも紡ぎ続ける。


「確かにその自制は社会性の面からすると正しいことなのかもしれないですが、そうして無理矢理に抑圧してしまったあなたの心は、自身を守るために〝生霊〟という分身を生み出してしまったのです」


「証拠は!? わたしの生霊だという証拠はどこにあるの!? あなた達が見たというその生霊も見間違いかもしれないじゃない!」


 最早、いつもの冷静さはなりをひそめ、六条は感情を露わにして声を荒げる。


「それは、あなた自身、もうご自分でもわかっているはずですよ……」


 普段はけして見ることのない激昂した六条を前に、阿倍野はどこか悲しそうな表情を浮かべ、頑なな彼女にとどめを刺す決定的な言葉を告げる。


「あなたの身体に沁みついた魔除けの芥子の香の匂い、ご自分でも感じいているのでしょう?」


「…………!」


 夕闇に吹く穏やかな風に乗って、目を見開いた六条の方から、仄かに芥子の香の匂いが阿倍野の鼻にも臭ってくる。


 六条は静かに、ペタリとその場に崩れ落ちた。


「僕の役目はここまでです。上野先輩にはもう生霊の影響が及ばないようにしてありますからご安心ください……では、僕はこれで……」


「…………待って」


 最後にそれを告げて立ち去ろうとする阿倍野の背中を、冷たいコンクリの床に座り込んだ六条の消え入るような声が呼び止める。


「ここに、湊本くんを連れてこないでくれてありがとう……それから、彼に〝さよなら〟ってあなたから伝えてくれる?」


「……ハァ……今回はこんなことになってしまいましたが、あなたは基本、優しくてとてもいい人です。こんなこと言うのは余計なお節介と思いますが、これからはもう、あまりやせ我慢せずに生きることをおススメします」


 阿倍野は深い溜息を吐くとそんな進言を付け加え、今度こそ六条をその場に残して夕暮れの屋上を後にした――。

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