四 ジェラシーの亡霊

「――ごめんなさいね、登也くんまでわざわざお見舞いに来てもらっちゃって」


 チャイムに応対した執事に連れられ、これまた豪華で貴族のお屋敷のような寝室の一つへ通されると、天蓋付きの大きなベッドの上には、ツインテールをふんわりと巻いた、派手な顔立ちの美少女が薄ピンクのパジャマ姿で横になっている……無論、彼女が上野葵である。


「なあに気にするなって。親友のカノジョは親友だからな。で、調子はどうだい?」


「うーん…元気はあるんですけど、体がとってもだるくて。どうしても長い時間起きていられないんですの。それに毎日ってほど、眠ると怖い夢を見てしまいますし……」


 いつもの如くチャラい口調ながらも優しい気遣いを見せる登也に、病床の葵はハニカミながら、どこか疲れているような息遣いでそう答える。


 自分では元気だと言っているが、そのフランス人形のような目の下にはくっきりと濃いクマができ、あまり睡眠もとれていない様子だ。


「怖い夢? どんな夢ですか? 詳しく教えてください」


 葵のその言葉尻を拾い、挨拶もせぬまま唐突に阿倍野が尋ねた。


「あの、こちらの方達は……」


 突然、尋ねられ、葵は怪訝な様子で視線を恋人の方へ向ける。


「ああ、占いとかおまじないとかに詳しい友達だよ。女子ってそういうの好きだろ? ずっと家に閉じこもってるし、気がまぎれるんじゃないかと思ってね」


 さすがに「医者も見放したから…」などと言うわけにもいかず、燿はそう嘘を吐いて二人を紹介する。


「ええ。まあそんなところです。夢占いでもすると思って、どうぞ話してみてください」


 その嘘に阿倍野も乗っかり、改めて葵に気になった夢の話を尋ねる。


「はぁ……いつも同じ夢なんですが、恐ろしい顔をした女の人が目の前に現れて、わたしの首に両手をかけて、こうぎゅうっと絞めるんですの。それで息ができなくなって、もう苦しくてダメだってところで目を覚ますんですが……」


「なるほど……湊本先輩の日頃の行い・・・・・からも予想はしてましたが、やはり思った通りのようですね。おおよその検討はつきました」


 なにやら狐に抓まれたような顔をして小首を傾げながらも、彼女の語ってくれたその内容に阿倍野は何かを悟り、燿の方へ白い眼を向けながら大きく頷く。


「え? 僕……?」


「それではもう一つお尋ねしたいのですが、具合の悪くなったのはいつからです? あるいはその悪夢を見るようになられたのは?」


 そして、ポカンとした顔を指さして尋ねる燿を無視し、再び葵の方を向いて尋ねた。


「はあ、そうですわね……よく憶えておりませんが、思い返すと文化祭の終わった後頃からでしょうか」


「文化祭の後……文化祭の時、何かトラブルのようなことはありませんでしたか? 特に女友達との間での」


 やはり訝しげな顔をして答える葵に、阿倍野は少し考えてから、さらに重ねて問い質す。


「トラブル? ……いえ、特にそのようなことは……」


「文化祭……ああ、そうだ! あったじゃないか、トラブル!」


 その質問に、思い当る節はないと首を横に振る葵だったが、代わって登也が突然、思い出したように声をあげた。


「いや、大したことじゃないんだけどさ。文化祭の出店で、クィーンになった葵ちゃんのファンクラブが出したハンバーガー屋と、お料理クラブが出した牛鍋屋が場所取りで争いになってさ。けっきょく、数にまかせてファンクラブが場所とっちゃったんだけど、生徒会への申請はお料理クラブの方が先に出してたことがわかってさ。そのお料理クラブの部長をかけもちであの六条さんがやってたんだけど、後で六条さんとこに葵ちゃんまで謝りに行く羽目になったんだよ」


「まあ、そん時は僕もついてったけど、六条さんはそんなのぜんぜん気にしないでって、すぐに許してくれたけどね……で、それが何か?」


 登也の報告に、燿も補足説明を加えてから、まだその質問の意図がわからない様子で阿倍野に訊き返す。


「これで十中八九、間違いないですね……でも、一応、燻り出してみますか。ちょっと失礼……」


 すると、阿倍野はそれに答える代わりに、かけていた鞄の中から香炉を取り出して、粉末状の香を入れて火を点けだした。


「おい、いったい何を始める気だ!?」


「これは芥子の実を潰して作った魔除けのお香です。ああ、種ですから、法律で禁止されてるような幻覚作用のあるものではないんでご心配なく……」


 突然の行動に、慌てて声を上げる加茂も無視し、阿倍野はそう説明しながら平然と作業を続ける……いつしか薄らと白い煙と、これまでに嗅んだことのないような、まったりと甘い香りが室内に充満した。


「さあ、上野先輩を苦しめている生霊に登場してもらいましょうか」


「生霊? ……それってもしかして……で、でも、彼女にそんな様子は……」


 阿倍野の言葉に、何かを察した燿が驚いた顔をして呟く。


「なに、生霊とはその者が意識しなくとも無意識に飛ばしてしまうもの……どんなに理性で押さえているように見えても、人の嫉妬心というものは消せぬものです……さあ、邪なる生霊よ、その姿を我らの前に現せ! 破邪顕正、急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 そんな耀に、阿倍野は後輩でありながらもまるで師匠のようにそう諭すと、手に中指と人差し指を立てた検印を結び、何やら呪文のようなものを厳しい口調でその口に唱える。


「……うう……うううう……」


 すると時を置かずして、どこからか低く唸るような女性の声が聞こえてきて、やがて部屋を満たす白煙の中から、その煙が凝り固まるようにして一人の女性の姿が葵の枕元に浮かび上がる。


「きゃっ……」


「……まさか……そんな……」


 その、この世ならざる人影を目にすると、葵は短い悲鳴を上げて恐れ慄き、他の者達は強い驚きに目を大きく見開いてその場に立ち尽くす。


 白煙に薄らと浮かび上がったその人物は、燿の予想した通りの女性だった――。

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