第6話 飲食業の闇が魔界にまで広がっているのは笑える。いや嘘、全然笑えない。


「具体的には何をするのよ」

 テトラは俺が聞きにくいことを訪ねてくれる。

 料理長を黙らせろ言われても、殴り合いをする事は万に一つない。ライオンに勝てるネズミなんて存在しないからだ。

「わはひあへ……えふっ、ごほっ」

 久しぶりに守衛さんが喋ったと思ったら、クッキーを頬張りすぎていたようで何を喋っているかまるでわからない。しかもむせてる。

「行儀悪いわね。なんて?」

 擁護のしようがなく、テトラの言うとおりである。守衛の豚さんはティーカップの中身を流し込み、口に手を当てて急いで飲み込んだ。

 急に清楚な仕草に戻り、ハンカチで口元を吹いてからコホンと小さく咳払いした。清楚を取り繕ったつもりだろうが、もう遅いぞ。

「私が説明致します」

 と、守衛さんは言いたかったらしい。

 ふと机を見ると、大量にあったクッキーはほとんどなくなっていた。この短い間に大分平らげたようだ。中身はやはり豚なんだな。

「現在、この病院群で理事長選挙が行われているのはご存じでしょうか」

 選挙……そういえば病院のあちこちでポスターっぽいものが貼ってあったり、抗議活動的なことをしている連中を見たな……。

「職員の指示を三分の二以上得られれば、理事長を失脚させられる決まりです。現在、もう一つどこかの組織をこちらに引き込めば、ヘイゼル副理事長が理事長に就任できます」

 休憩を置くように守衛さんは茶を啜った。ヘイゼルは真剣な顔で俺達を見つめている。テトラは神妙な面持ちで紅茶を手に取った。

「で、引き込みたい組織ってのが職員食堂……って事かしら」

 ため息交じりにテトラは言う。対面に座る守衛さんは静かにうなずいた。

「実は……職員食堂のほぼ全員がこちらに賛同しているのですが、組織の筆頭が首を縦に振らないと組織票が得られない仕組みなのです」

「料理長に嫌われてるのね。あんた」

 テトラはあんた、と言ってにやつきながらヘイゼルへ顎をしゃくる。煽ってやるなよ。話がこじれるだろ。

 ヘイゼルは苦笑しながら、テトラの真似をしてティーカップを口につける。

「私の政策が気に入らないみたいです」

 今度はヘイゼルが口を挟む。ヘイゼルは目線を下げ、揺れる水面を眺めた。

「今、圧倒的に職員食堂の従業員が足りていません。無理をして倒れる方もいらっしゃいました。だから私は食堂の利益が減ろうとも従業員を守る策を導入したんです」

 あぁ、これ、飲食業だった俺は予想が付く。きっと弁当屋などに少し仕事を外注し、職員食堂の負担を減らしたのだろう。飲食業の闇が魔界にまで広がっているのは笑える。いや嘘、全然笑えない。

「料理長はそれが気に入らなかったようです。自分達の仕事が遅い、飯が旨くない、だから弁当屋なんて入れたんだと勘違いしてしまいました。あの悪魔、話を聞かないので」

 悪魔じゃなくても面倒くさそうなやつだ。もれなく関わりたくないぞ。

「肝心の黙らせる方法は?」

 ティーカップを揺らして紅茶で遊ぶテトラ。飼い犬が誰かを噛んだら飼い主のせいになると知らない様な素振りだ。俺だって牙はある……はず。

 その質問を待っていましたと言わんばかりに、ヘイゼルは不敵な笑みを浮かべる。

 ヘイゼルと守衛さんは姿勢を正し、急に席を立った。お茶の時間は終了、って感じだな。

「では、行きましょう。善は急げです」

 突然立ち上がった二人を、俺達は動かずに目だけで追う。

「なに、どこ行くのよ」

「件の職員食堂へ。早速、お二人を料理長に会わせますね」

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