第5話 綺麗な花には棘がある。しかも、猛毒が塗ってある。

 俺とテトラはこども病棟にある会議室っぽい部屋に通された。

 ヘイゼルは柔らかい笑顔で「ここで少し待っていて下さいね」と告げると、妹を担いだ守衛さんと共にどこかへ行ってしまった。

 さすがに副理事長の妹を殴り、エレベーターを破壊しておいて「はいさようなら」と言う訳には行かないらしい。そりゃそうだ。病院側のメンツもある。

 ちなみにうちのご主人が素直に言う事を聞く所、初めてお目にかかったたな。ヘイゼルが名乗った悪魔名を耳にしてから大人しくなったように思う。こんなに静かなテトラは正直不気味だ。

「なんで大人しく言うこと聞いたんだろう、とか思ってんでしょ」

 ……びっくりした。心でも読めるのか、こいつ。

「リヴァイアサンは序列上位の悪魔だからよ」

「序列上位?」

 それがどういった物かよくわからないけど、ウチのご主人が従うのだから相当なのだろう。

「逆らうと面倒なのよ。お偉いさんの人脈ってやつがね」

 つまり面倒を通り越したら。いつもの傍若無人ぶりを発揮するのか。それはそれで不安しかない。

 テトラは不機嫌そうな顔で会議室を歩き回る。我が主人は窓の外を見て一つ嘆息。

「あーぁ。借金残ってるのに」

 独り言ちるその意味は、きっと車の事だ。ってか借金したのかよ、大丈夫か……?

 俺が呆れながら外を見ると、何やら騒がしいことに気が付く。俺たちが起こした騒ぎの後夜祭かと思ったが、どうやら違うようだ。十数人の悪魔たちが列をなして『過剰な労働、反対!』みたいなプラカードを持って行進している。

 労働組合みたいなもんだろうか。悪魔も悪魔で、底辺連中は世知辛いらしい……。

「失礼します」

 窓の外を眺めていた俺の耳へ、女性にしては低音の声が届く。入口のほうを見ると、スーツを着た宝玉のような魔性の悪魔が会議室に入ってきた。初めて見る悪魔だ。

 その悪魔はティーセットと茶菓子を持ったまま、器用にドアを固定し、ヘイゼルを部屋へ招く。ヘイゼルが点滴スタンドをガラガラと引き摺って入室すると、ドアは静かに閉まった。

 入って来たのは二人だけ、守衛と妹さんはどこかへ行ったようだ。医者に診せにでも行ったのだろう。

「お待たせ致しました。好きな所に座ってください」

 ヘイゼルは我が家に招待した様に促す。まぁ、我が家みたいな物か。腕を組んでいたテトラは、ティーカップに茶を用意する美人の悪魔を見て鼻で笑った。

「あんた、人型は細いのね」

 美人の悪魔はテトラの言葉に肩をすくめる。

「悪魔型でも、一応細い部類に入っていますよ」

 ん? 知り合いか?

 テトラとこの美人の悪魔、二人の明らかに初めてではない言葉の交わし方。この病院に知人が居たなんて聞いてなかったけど……。

「お二人は知り合いですか?」

 俺の質問に、美人の悪魔はクスリと上品に笑う。

「あなたともその主人とも、さっきお会いしたばかりです」

「こいつ、さっきのブタよ」

「え!?」

 この美人、さっきのブタの守衛らしい。

 スタイルも抜群で悪魔型とは似ても似つかない……のは、皆一緒か。この人の場合、理想の美人な女性像、そんな感じだ。生々しい尻尾と羽がなければ最高だった。

「はー、凄い美人さんですね。モテそう」

「あら、どうも。お世辞でも嬉しいものです」

 掌を頬に当てまんざらでもない様に頬へ手を当てる。その仕草は蠱惑的で勝手に煽情が心に沸く。仕事のできる秘書感が凄い、守衛だけど。

 どうせ下僕になるならこういうちょっとエロい感じの悪魔が良かったなぁ。

「ぁいっ、た」

 突然テトラが小突いてきた。こいつにとっては肘で押したくらいだろうが、俺にとっては強めのエルボーになる。

「なに見惚れてんのよ」

「別に見惚れては……」

「見惚れてた」

「違いますって」

「見惚れてた」

 意外としつこいなこいつ……。

「いちゃついてないで早く座って下さい」

 いつまでも突っ立っているテトラへ、呆れ口調でヘイゼルは促す。っていうか今のをどう見たらいちゃついているように見えるんだ、と人間の俺が抗議する訳にもいかないので黙っておく。

 テトラはムスっとしたまま八つ当たりする様に強く腰かけた。よくわからん所で不機嫌になりやがって。なんなんだ。

「人間さん、あなたもどうぞ」

「俺も?」

 この世界での人間、下僕の扱いは何となく理解している。基本的には人数に数えられていない。ペットや赤ん坊辺りがしっくりくる。

 俺はテトラの後ろでゾンビみたく立っていたが、恐る恐る席に付く。

「主役が棒立ちでは、失礼ですから」

 話が見えない、何の主役だ。助けを求める様にテトラを見るが意味が分かっていないのは彼女も同じ様だ。

 そんな俺達に説明する事無く、ヘイゼルはティーカップを手に取り、目を瞑って香りを楽しむ。

「貴方達には目を付けていました。他のお弁当屋さんよりも一つ頭が抜けていた。味も見た目の飾り切りも。あれは舌が繊細で手先が器用な人間さんが作ったのでしょう?」

「そうよ。ただの人間を私が下僕にする訳ないじゃない」

 テトラは自分が料理したかの如く、自信満々に答える。俺だぞ、作ってんのは。それにしても、相手が序列上位とか物騒な事を言っていた割には高圧的な態度だが、大丈夫なのだろうか。

 ヘイゼルは全く気にせず、ふんわりとした笑顔を絶やさずに続ける。

「こんな形でする事になってしまいましたが、その料理の腕を貸して欲しいんです。そうすればエレベーターの件、なかったことにしてあげます」

「お願い、ね」

 テトラはその一言に胡散臭さを感じたようだ。確かにこれは相談っぽく言っているけど、明かに交渉。いや、こっちに選択肢はないから脅迫みたいなもんだ。

 妹をけしかけたのはこのヘイゼルで、マッチポンプなんじゃないかとさえ勘ぐってしまう。仮にそうでハメられたのだとしても既にどうしようもない状況。だとしたら、ヤクザみたいなやり口だな。かわいい顔してしっかり悪魔。綺麗な花には棘がある。しかも、猛毒が塗ってある。

「こっちはあんたの妹に車と弁当をやられてるんだけど」

「あぁそうだ、丁度エレベーターが着た時に破壊されたので、扉だけではなく丸ごと修理なんです。車一台分のお金なんて小銭ですよ」

 テトラは何も言い返せず舌打ちで会話が終わる。おぉ、あのテトラを黙らせるとはやるじゃないか。

 話に入ってこない守衛さんは自ら広げたお茶菓子、クッキーをボリボリと食べ進めていた。食べかすが口に付いているが、指摘するような空気じゃない。

「協力してくれれば無償で車の提供と、今回失ったお弁当代を出しても構いません。悪い条件じゃないでしょう?」

「それを先に言いなさいよ」

 全部食われまいとクッキーに手を伸ばしたテトラの動きが止まる。腕を組んで背もたれに体重を預けた。

「ウチはどれくらいヤバイ事する訳?」

「それは、了承したって事で良いですね?」

「内容次第よ」

 いや待って、ヤバい事って何……。

 今ヘイゼルが言った話は美味し過ぎる。協力すればエレベーターの弁償代もなくなるし車や弁当代が返ってくるのだ。それ相応の対価を支払わねばならないだろう。

 問題はそのキーマンが俺って事だ。

「職員食堂の料理長を黙らせて欲しいんです」

 黙らせる? 俺が? 悪魔の料理長を?

 何だかとんでもない事を言われた気がするのだが、テトラは寝起きでテレビを眺めるような態度のまま、クッキーを齧っていた。他人事かよこいつ。

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