真田さんとペットの事情

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猫と犬、ときどき真田さん


「それじゃあ出かけくるから、ちゃんとおとなしくしてるんだよ。リュウ、ミケ。」

そう言って私達のご主人は玄関のドアを開ける。


『ワン』、『ニャー』

私達がいつものご挨拶をしたのを確認するとご主人は慌ただしく出かけていった。


『さあ、ゴハンゴハン』

私はリビングに猛ダッシュで戻る。


『…えっーと?私の食器は…あ、あったニャン』


『………??』


『…あー、空じゃないの!ご主人、私のゴハン用意してくれてないニャー』


『ご主人のバカ!私を飢え死にさせる気なの?』


『もう!よーしこうなったら。…神様、いつものお願いニャン』


ガサガサ、ゴトゴト。

キッチンについている扉を片っ端から開けて私は目指すものを探していた。


「あ、あったー。しかもこれは金の缶詰、マグロ味」


目の前の缶詰に尻尾を振ってとってもご機嫌な私。棚からスプーンを取り出しテーブルへと移動する。


「いただきまーす」


『おい待て。バカ猫、耳と尻尾が丸見えだぞ』


お預けを食らった。見れば同居のバカ犬がこっちを睨んでいたる。


「…なによ?せっかく私が大好きな金のフォークを食べようとしてるのに」


『お前は気が緩むとすぐにそれだな。その癖を早く治さないといつか人間にバレるぞ。ご主人にも』


「もぉー、いちいちうるさいわねワンワン吠えて」


『吠えてはいないだろ。ちゃんと喋ってるじゃないか』


「だいたい犬の格好して喋ってたらおかしいじゃないの?あー分かった。…もしかして、あんたどこかの白い犬みたいにテレビ出演狙ってるんでしょ?」


『おいバカ猫お前本気で噛むぞ。どこがいい、尻尾か?』


バカ犬の顔がマジになってる…


「もう冗談よ冗談りゅうちゃん。でも、確かにあなたの言うとおりね。これは気をつけないと人間にばれちゃうかな。…まぁご主人は大丈夫だろうだけど、そういうの鈍そうだし」


私が頭に生えた耳とスカートから顔を覗かせる尻尾に触れると、みるみると縮んで消えていく。


『お前なぁ、仮にもご主人だろ。しかも助けてもらった恩人にもう少し感謝したらどうなんだ』


「感謝はしてるよ。でも、今はお腹すいたんだから早くゴハン食べたいの」


待ちきれず缶詰からマグロの肉をスプーンですくって口に入れた。


「うーん美味しい。…って言うかあんたは食べないのゴハン、ご主人あんたのも忘れてるっぽいよ。私、隠し場所知らないし探す気も無いけど、早く人間の姿になって探したら。どうしてもって言うならマグロ缶食べる?特別にお手をしてくれたらあげてもいいわよ」


「何でバカ猫のお前なんかにお手をしなきゃならん。自分で探す」


バカ犬は人の姿になると私に悪態をついてキッチンから出て行った。


あのバカ犬がいなくなって静かになったところで私の自己紹介としましょうか。

私は三毛猫のミケって言うの、子猫の時に捨てられ雨でずぶ濡れになっていたところをバカ犬と散歩をしていたご主人が見つけて私を保護してくれたの。

でもね、助けてくれたのはいいんだけど一つ文句を言いたいの。

三毛猫だからミケってさすがに単純すぎないかしらまったく。私はメスなのよ女の子なんだからもっと可愛らしい名前が良かったのに。

ついでにあいつの紹介も。

さっきからバカ犬って私が連呼してるのがオスの柴犬りゅう。年齢は私より上。私が拾われるもっと前からこの家に住んでいたらしいの。

それで私達がどうして人の姿になれるようになったかのだけど

…あれはちょうど私がこの家に来て半年ぐらいたった頃かな、りゅうといつものように喧嘩していると突然家の天井から「自分は神様だ」と名乗るお爺さんが現れて「これからお前達を人間にしてやるから飼い主を助けてやりなさい」て言われたの。

で、それから今まで私達は神様のいいつけどおりにご主人を助けているの。


「この姿になれるようになって半年かぁ…。」


「なんだバカ猫。ボーっとして」


「あー、バカ猫って言った」


「なんだよ、さっきから散々言ってるじゃないかお前も」


「さっきはあんたが犬だったからいいのよ。今は二匹とも人間の姿なんだから名前で呼び合うって前に言ったじゃない」


「そうだったな悪い。それでみるく、お前眠いのか。前に人間が飯食ってからすぐ寝ると太るって言ってたぞ?」


「別に眠くないわよ。それに私、太ってなんかいないわ失礼ね龍之介。」

…人間の姿になっても相変わらずむかつくわこのバカ犬は。


「そんな事よりもその龍之介ってなんとかなんないの?」


「何がだ?」


「かっこ悪いのよ今どき」


「それを言うならお前のみるくってのも可愛いらしすぎるぞ」


「私はいいのよ美人だから」

…そうは言ったけど、実は目の前の龍之介も美男子なのよね。神様がなんにも考えずにこの姿にしちゃったから私達を。

人間の姿になって初めてご主人を手助けしようと二人で外へ出たときに「美男、美女のカップル」だとか「俺もあんな風にに産まれたかった」とか色々聞こえちゃったのよね。

それでそのときに分かったんだ。私は10代後半の美女で龍之介が20代後半の美男子の姿に人間は見えてるんだって。あの神様そのあたりの説明あまりしてくれなかったから。


「それで、何を考えてたんだ」

龍之介がカリカリのドックフードを頬張りながら話してきた。


「ちょっと、喋るか、食べるかどっちかにしなさいよ汚い」


「俺も腹減ってんだよ。お前は食べ終えてるからいいだろうけど」


…はぁー、これだから育ちの悪い犬は、あんたも一応に血統書ついてるんでしょうが。


数分後


「食べ終わった。話してもいいぞ」

「何その偉そうな態度は?」

「お前より歳上なんだから別にいいだろ」

「よくないわよ」

…もう、これじゃいっこうに話が進まない。


「さっきは考えごとしてたのよ!」

「なんで、不機嫌なんだよ」

「別に関係ないでしょ。バカ犬には」


「ほらやっぱり怒ってる。…それで、考え事って何の?」


「ご主人の事よ。…ご主人って優しすぎるのよね」


「うんそうだな。優しさだけが唯一の長所だからなご主人は」


「あんたも、結構ひどいこと言うわね」

「そうか?」

「そうよ」


ご主人の名前は真田優斗って言ってもう40歳近いおじさん。

それで、このご主人はほんと優しさだけしかいい所が見つからない。本人は物凄く一生懸命にやってるんだけど色々と結果が結びつかない可哀想な人間。そのせいで嫁と子供からは見放されてしまっていた。バカ犬だけはご主人が寂しいだろうからと置いていったらしい。

…まぁ、バカ犬を手放したのは正しかったんだろうけど。


「それで今日もご主人を手伝いに行くんでしょ?」


「ああそうだ」

龍之介はそう言って玄関の扉を開け外へ出た私も遅れてついていく。


…今日はご主人。一カ月ほど前に付き合い始めた彼女と大切なお話をしにいったみたいだから。


「いいかみるく。この姿でご主人に出会ってもバレないよにするんだぞ」


「わかってるわよ。毎回言われなくても。」


「今日は特に気をつけるんだぞ。今までとは違うからな」


「はーい」


外に出ると冷たい風が吹いている。

…猫は寒さに弱いニャン


凍えた手に息を吹きかけていると家の前に一台のタクシーが止まった。


…あ、そっか今日は時間がないから目的地に直接行くって言ってたな龍之介が。


「このプリンスホテルまでお願いします。」

タクシーに乗車した龍之介が行き先を運転手に告げていた。


…よかった。いつもは電車やバスとかで移動だから寒くて嫌だったのよね。

暖かい車内に入り猫の癖で軽く伸びをしていたら龍之介に睨まれた。


…別にいいじゃないのこれぐらいでバレる訳ないでしょ

私は龍之介を睨み返してやった。


しばらく暖かい車内でウトウトしているとタクシーが止まった。どうやら目的地に着いたらしい。


「これでお願いできますか?」

「いいですよ」

龍之介が運転手にカードを渡していた。


…あ、そうそう言い忘れてたけどこのカード

神様が「魔法のカードじゃ、遠慮なく使え」って渡してくれたの。

タクシーを降りた私が急いでホテルに入りご主人を探す。


ーあ、いた。


窓辺から海を見渡せるテーブル席で楽しそうに女の人と話している。

…ちょっと意外、あんなに楽しそうなご主人初めて見るの。

…でもなんかむかつく。なんでだろう?私や龍之介と遊んでいるときも楽しそうだけど、なんか違うのよね。


「なんだかご主人、幸せそうだね。一緒にいる女性も綺麗だし。」

支払いを済ませ走ってきた龍之介が女性に見惚れている。


「あんた、あんなのが趣味なの。私の方が若くて美人じゃない」


「あの女性に嫉妬してんのか?…猫だろお前」


「そうよ。私は猫。猫だから何?」

当然だ、猫なんだから人間に嫉妬なんてあり得ない。

斜め上から私を覗く龍之介はにやついていた。

…なによ、そのいやらしい顔は。あんたが変な想像するから私まで熱くなってきたじゃないの。


「喉が渇いたから私達も早く座るわよ」


「どこに座るんだ?」


「そんなの決まってるじゃないの。ご主人の近くによ。でなきゃ話がしっかり聞こえないでしょ」


「本当にそれだか?」


「それだけよ。他になんか理由でもいるの?」


「いや別に」


…ご主人なんの話してんのかな?

ご主人が座る後ろのテーブル席が空いていたから座ったもののよく聞きとれない。

…やっぱり猫の姿の方がこんな時には便利にゃん。

目の前には聞き耳を立てている龍之介が座っている。

…龍之介もきっとそう思ってるだろう。

…それにしても、周りの雑音うるさすぎ。

ーお客様、お客様。

私を呼ぶ声が聞こえる。

…誰よ、こっちは忙しいんだけど。

今日はホテルで何か特別な行事でもあるのだろう。平日にしては混み合っているラウンジ


ーお客様。ご注文は?

…さっきからお客様、お客様って。


「もう、色々とうるさいにゃん!」

…はっ、しまった。ついやってしまったにゃん。


大声を出した後に気がついた。目の前で座っていた龍之介の冷たい視線がつきささる。

ガヤガヤしていたラウンジ内は静まり返り、周囲の視線がこっちに集まってきている。

…ヤバイなんとかしないと

私は頭とお尻を確認した。

…よかった耳と尻尾は出てきてないみたい

でもこの状況は何とかしないと。


「あ、すいません。お姉さん注文いいですか?」

その時、静まり返ったラウンジに1人の男性が、私に怒鳴られた接客係を呼んだ。

ーご主人!

「ホットを僕に頼みます」

ご主人は私のせいで静かになったラウンジでコーヒーを頼んでいた。私と目が合うとご主人はにっこり笑っていた。


…恥ずかしい。

何も言えずうつむいてしまった私。

ご主人のおかげでラウンジ内に活気が戻った。私の前に座っていた龍之介がさっきの接客係を呼んだ。


「すいません。先程は僕の妹が失礼な事を言ってしまって」


「大丈夫ですよ気にしてませんから。色々なお客様がみえるのでここには」

イケメンの龍之介と話せて嬉しいのか、係の女性は怒ってはいなかった。


「そう言ってもらえると助かります。妹はちょっと色々変わってまして…軽い現代病にかかってまして」


「可愛らしい妹さんじゃないですか。私にも彼女のような妹が欲しかったですね」


「なんならあげましょうか?」


「いえ結構です。…ご注文は何かありますか?」

…即答ですかお姉さん。


「じゃあ僕はホットで、妹は…」


…お前もなんか頼めって目線送られても、お魚以外は私ちょっと苦手なんだけどな。

メニュー表を見ても美味しそうなものが無い。


「…ミルクってありますか?」


「ミルクですか出来ますよ。ホットとアイスがありますけど」


「熱いのは苦手なんで…ぬるいのでお願いしたいのですが」

…本当は猫なんで


「いいですよ」

私からの注文を終えた係の女性が立ち去っていく。


「おい、バカ猫。」


「何よいきなり。それにバカ猫は禁止じゃなかったの。」


「なんで…お前は毎回毎回」

……。

これ以上何にも言えなかった。実はこれが初めてではないから…。


ー真田さん。ホテルの部屋に忘れ物があるので少し待っていてもらえます

龍之介にくどくど文句を言われているとご主人の相手が席を外した。


…5分後、

「あれだけ言ってるのにどうして…」

私はまだ龍之介に説教されていた。


…10分後、

「お前がバカだと他の猫が可哀想だ」

ひたすら続く説教、真面目に聞いてるふりして実はあまり聞いてない私はテーブルにあるミルクを飲んでいる。


…うーん。まだちょっと熱いかな

…今日はやけに説教が長いなぁバカ犬

…だいたい私がバカだと他の猫が可哀想って、別に私には関係ないからいいじゃないの。


そして20分後、

…少し長くないかなあの女性。待ってるご主人が可哀想。


「おい。ミルク」


「なに?」…もういい加減うんざりなんだけどあんたの説教。

ほとんどまともに聞いてはいなかったが、それでも自分の前で話されてはそれなりに耳に入ってくる。


「あの女性、全然戻ってこないな。忘れ物を取りに行っただけだろ?」

…やっぱり龍之介もそう思ってたの。


「そうね。まだ探しているんじゃないの見つからなくて」


「それでも長すぎるだろ俺が様子を見てくるから、お前はそこで待ってろ。くれぐれもおかしな行動をするなよ」


ーちょっ、ちょっと

私が呼びかけるのを無視して、エレベーターホールへと走っていった。

…あの犬、部屋の場所分かってんのかしら


ミケが心配していた龍之介だが、女性がどこへ向かったか分かっていた。人の姿になっても嗅覚は鋭かった(それでも犬のときよりはかなり劣る)エレベーターに乗ると、女性がつけていた香水の匂いをボタンから嗅ぎ別けその階へと向かっていた。エレベーターの扉が開き廊下にでるとあの女性が壁に寄りかかって座っていた。


「大丈夫ですか?」

駆け寄った龍之介が声をかける。


「ええ大丈夫です。…誰かに呼びとめられて振り向いたらハンカチのようなもので口を防がれてしまって」

女性の意識ははっきりとしていた。別に怪我をしている感じでもなさそうだ。


…何かの薬品を嗅がされたんだろう。口元から香水とは別の匂いがする。


「あのー、」

龍之介が鼻を女性の口に近づけすぎたのだろう恥ずかしそうにする女性。龍之介もそれに気づいた。


「えっと、すいません。」


「謝らなくてもいいですよ。むしろずっとこのまま近づいてもらっても結構ですが」

美男子はやはり特である。龍之介を見る女性の目つきがさっきと明らかに違っている。


…神様はなんでこんな格好に俺をしたんだ。この人はご主人の女性なんだ。勘違いさせてはいけないのに。


「他に何かされました。」


「…取られました」


「何をですか?」


「私の心を貴方に奪われました」

……は、何を言ってるんだこの女性は。


「真面目に答えてください。物とかは取られてないんですか?」

龍之介に切迫した顔で言われた女性は我に返って慌て始めた。


「バックが無い。ピンク色のバック。中に私の財布があるの。お願い取り戻して。」

よっぽど大切な物が入ってるのか、かなり女性は焦っている。


「分かりました。僕がバックを奪った人間を探すので、あなたはここで待っていて下さい」


「ありがとうございます。」

ーあの、お名前を。

そう女性が言った時には既に龍之介の姿はなかった。


一方で龍之介がそんな事に巻き込まれているなんて知らないミルク。


…まったく龍之介は、私に散々文句を言っておきながらあの女性に惹かれちゃって。所詮はオスのバカ犬ね。

龍之介の考えとはまったく違う事を想像していた。


…私の方が断然美人でしょ絶対に。

私はバックから化粧直しの鏡を手に自分の顔を見る。


…ほら、やっぱり私の方が若くて可愛いじゃないの。

さらさらとした明るい茶髪のロングヘアーから尻尾のようにくるっと曲がった髪の毛を発見して、手で払いのけた。


…でも、色気は向こうの方があるのかな。ご主人もやっぱり私よりもあの人のような大人の女性が好きなのかな。

…あれ、私なんでさっきからこんな事で悩んでるんだろ。

下を向き神様から貰った携帯電話で通販サイトを開いている私はさっきから正面をまともに向いてはいない。

龍之介とあの女性がいなくなったおかげで顔を上にあげているとご主人と顔を合わせてしまうことになる。さっきの件もあってご主人と顔を合わせるのが恥ずかしかった。

だけど、そんなときに限って


ーガシャン

何かが起きるもので。


コーヒーカップがひっくり返る音で私はびっくりして上を見上げた。


…ご主人。

龍之介が頼んだコーヒーがご主人のズボンに飛び散っている。


「ああ、すいません。慌てていたもので、つい。」

ご主人が私に謝ってきた。突然のことで私も多少焦っていた。


…龍之介にはご主人との接触は避けるよう言われるんだけど。これは無視する訳にはいかないな。


「いいえ私達の方こそ、テーブルの隅にコーヒーを置いてあったのですいません。」


龍之介が立ち上がったときにコーヒーをテーブルの隅にどけたままだった。


…テーブルの端に足をぶつけたんだろうけど。そんなに通路は狭くないんだよね。ご主人って天然のところがあるからしょうがないか。


「大丈夫ですか、ズボンにコーヒーがついてますけど?」


ご主人がズボンの汚れを確認する。


「これぐらいならなんとか。大丈夫」


…えっー、ご主人それかなり目立ってますけど、それは駄目でしょ。


「ちょっと、ここに座ってください」

「あの」

「いいから私の隣に座って」

「はい」


突然の命令口調に驚いたのか、私が美人だったからなのかは知らないがご主人は私の指示に従い座った。


…私の前で汚れた格好するのは許さないわよ。

綺麗ずきな猫の本能が黙ってはいなかった。カバンからハンカチを取りだすとご主人に渡した。


「これで汚れたところを拭いてください。」

手渡されたハンカチで汚れを拭いていたが、綺麗に拭き取れない。

丁度その時事態に気づいた係員が後片付けをしていたのでその人に私はお湯を頼んだ。


「すいませんこんな事してもらって」

ご主人がそう言うのには理由があった。ご主人の拭き方があまりにも適当すぎで納得できなかった私は、運ばれてきたお湯にハンカチを浸し染み付いたコーヒー汚れを自ら拭いてあげていた。

…一緒に同居してるからわかってたけど。ほんと、適当でだらしないんだからご主人は。


「さっきのお返しなんで気になさらなくても」


「…さっき?ああ、あれね偶然だよたまたま注文しようとしたらきみが…。あ、そうだ名前まだ聞いてなかったね。僕は真田優斗って言うんだ君は?」


「みるくって言います」


「可愛い名前だね」


「ありがとうございます。父親が牛乳好きで私が産まれる前から女の子だったらこの名前って決めてたそうです」

それを聞いていたご主人には優しい笑みがこぼれている。


…偶然かぁ、そういうさりげない優しさと笑みだけがご主人のいいところなんだよね。それだけしかないけど。


「でもみるくさん。こんな事してたら彼氏に怒られないの?」


「彼氏?」


「さっき一緒にいた男性って彼氏じゃないの?」


…龍之介のことか。


「あの人は私のお兄ちゃんです。」


「お兄さん?そうか、二人とも容姿端麗だから僕はてっきり恋人かと思ってたよ」


「どこに行っても同じように間違われるますけど」


…冗談じゃない。あのバカ犬と付き合えるか!だったらまだご主人の方がマシだ。

そう思ってから後悔するみるく。


…私、何言ってるのさっきから。もう!

ご主人のズボンを拭きながら心の葛藤を私は続けていた。


龍之介は焦っていた。女性にバックを取り戻す約束をしたものの色々な匂いが彼の鼻を邪魔していた。


…このままでは犯人を探せない。犬の姿に戻るか。


戻っている姿が人に見つからないように男子トイレへと駆け込み犬へと姿を変えた。


…よしまだ匂いが残っている。


トイレから飛び出すと龍之介は一目散に玄関ホールへと駆けていく。


この龍之介の行動に気づいたのは私だった。沸き起こる葛藤と戦っていると、


ーなんだこの犬は?ーどこから入ってきた

と叫ぶ人間の声が遠くから聞こえてきた。


聴力が優れている私、これでも猫のときよりはかなり劣っているが、普通の人間にくらべたら広範囲の音域がかなり遠くから聴こえていた。


…よしまだご主人は聴こえてないみたいだ


玄関ロビーや受付フロントそしてロビーから吹き抜けになっているラウンジの人間はまだ誰も騒ぎに気づいていない。私は徐々に近づいてくる人のざわめきに耳を傾けていた。


ーママ、柴犬だよかわいい。ーあら、本当ねどこから入ってきたのかしら。


…柴犬?かわいい?

疑問符が私の頭によぎっていると玄関ロビー付近で人間が騒ぎ始めた。

騒ぎの中心を私は恐る恐る見ると、そこには茶色物体の生き物が玄関めがけて走っている。


…り、龍之介?何やってんのあいつ。そんなことしてたらご主人に見つかるじゃないのバカ!

ラウンジの客も何事かと思い玄関付近に目を向け、ズボンのシミを私に任せてばかりじゃ悪いと自分から丁寧に拭きとり始めたご主人も顔を上げ騒ぎの光景を見ようとしていた。


…ヤバイどうしよう見つかる


「真田さん」

名前を呼ぶなり私はご主人の頭を引き寄せ抱きついていた。


犬になった龍之介がバレない為にどうすればいいのかわかなくなった私の最後の手段だった。


「みるくさん?」

ご主人が驚いて私の方を見ている。龍之介はすでに玄関前にまで近づいていた。


「ごめんなさい真田さん。私ちょっと変わった病気なんで少しだけ頭を撫でて貰えませんか?」


…早く龍之介、出て行って。


ご主人を誤魔化しつつも龍之介が早く外へと出て行かないかと気が気ではない私。幸いにも私とご主人が抱き合っているのは誰にも気づかれてはいなかった。

私の言う通りに頭を撫でてくれるご主人の手は暖かくて気持ちがいい。


玄関から無事ホテルを抜けだす事ができた龍之介、女性のつけていた香水の香りを頼りに犯人を追っていた。

ホテルの通りから一本外れた道に犯人はのんびりと歩いていた。もうここまで来れば大丈夫だと思っていたのだろう。男は右手に女性から盗んだバックを持っている。

龍之介はその手におもいっきり飛びかかりバックを口で奪い取った。


「おいなんだこの犬。俺のバックを返せ」

不意をつかれた男が龍之介に蹴りあげようとしていたときだった。


「ちょっとそこの君何やってるんだ」

たまたま通りかかった警官二人に男が声をかけられていた。龍之介が口に咥えたバックを警官前に置いて「ワン」と鳴く。


「俺のバックをその犬が」

男が警官にそう言ってバックを返して貰おうとするが、


「見た感じ女性物に見えるが本当に君の?」


「違いますよ。彼女と一緒に歩いていたら急にその犬が咥えて逃げたから追いかけてきたんですよ」


「彼女さんのねぇ、じゃあバックが見つかったよってその彼女ここに呼んでもらえます。」


「……」警官にそこまで言われ男は黙ってしまった。


「ちょっと警察署でお話しましょうか」


男はそのまま警官が呼んだパトカーに乗せられ連行されて行った。

バックの中身を確認していた警官が龍之介のところにやってきた。


「ワンちゃんお手柄だ」

「ワン」

「バックの持ち主まで案内してくれるかい」

「ワン」

元気良く吠えた龍之介はこれでご主人が幸せになれると思っていた。


『ご主人元気ないね』ニャー

『ああそうだな』ワン

『そうだなってバカりゅうのせいじゃないの!』ニャー、ニャー

『俺のせいか、あれ』ワン、ワン

『そうよ』ニャン


私とりゅうは今、真田家のリビングで喧嘩中だった。リビングの椅子にはご主人が座っている。もちろん私達は猫と犬の姿に戻っている。

龍之介が犬の姿でホテルを駆け回った後、しばらくして警官がホテルのフロントとやり取りをしていた。私が聞き耳を立てていると何やらあの女性を探しているらしい事が分かった。そしてその後、ご主人のもとにも警官が寄ってきた。


『結婚詐欺師だったんだなあの女』ワン、ワン

『そうだったみたいね』ニャー


ご主人と一緒にいた私も警官に呼ばれて警察署に行った。しばらく警察署でお話をしていると迎えに来た龍之介に呼ばれ解放された。そこで龍之介に聞かされたのがあの女性が詐欺師だと言う事と私もその仲間ではないかと疑われていた事だった。慌てた龍之介が神様に助けを求め私は助けられ帰宅した私達はご主人の帰りを待っていた。


『ご主人もお金を騙し取られてたらしい被害が少なかったみたいだけど』ワン、ワン、ワン

『でもよかった。すぐに捕まって私達の住む所までなくなちゃったら私どうしたらいいのか』ニャン、ニャー、ニャ

『野良になるだけだろ』ワン

『イヤよ寒いし』ニャン

それにしても、人間になってから色々私は学ぶことが多い。詐欺師なんて言葉も今日初めて知った。


…人間もなんだか大変だなぁ。

私はご主人を眺めた。


…猫だとあまり気にならないのに、なんで人間の姿だとドキドキするんだろ。

猫であるみるくは気づいていなかった自分がご主人の事に愛情が芽生えてきているのを。


『ねぇ龍之介』ニャー

『なんだよ』ワン

『私達でご主人元気づけてあげましょ』ニャー、ニャー

『どうやって?』ワン


…数分後

ピンポーンと真田家のチャイムが鳴り響く、玄関の外には月夜に照らされた二人の姿が立っていた。














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