第6話 理事長室にて


 ■■■

 

 

 刑事さんが去ってから教師達からやんわりとしたお説教を十秒程受けてから、私達は理事長室へと移動した。

 壁一面にトロフィーや賞状のある部屋中央。座り心地の良さそうな椅子に善は座る。どっかりと、まるでこの部屋の主のように。

 

  ……まぁ、実際主なわけだが。ただ一時的なものだけど。

 この学校は善の親戚が経営している。そして本来の理事長が忙しいため、善が代理のような事をすることになっていたのだ。

 だから善は長袖で登校しても許されるし、教師達の叱り方がやんわりしているのもその立場のせいだ。

 

 「おわったぁ……瑠璃の言う通り、カラミティの一部データをさっきのいかつい刑事に送ったからな」

 「お疲れ様。コーヒー入れようか?」

 「ココアがいい。粉多めの」

 

 善はすぐさま理事長室のパソコンからカラミティ内で今回の事件に関係のあるデータを警察に送った。というかやる気ない善に私が無理矢理やらせたようなものだ。

 カラミティを続けるつもりなら警察は敵に回さないほうがいい。そう言ったから善は仕方なくやってくれた。

 善は机を枕にし、五月のなにげにきつい日差しを浴びる。その色素薄い髪はキラキラと輝いていたし、何故か夏でも長袖な体はうっすらと汗をかいていた。

 私は理事長室に持ち込んでいるお茶セットで泥のようなココアを作る。

 

 「……もうそろそろ太刀川の事件が報道されるだろうね。報道、こっちまで飛び火しないといいけど」

 

 さすがに理事長室にはテレビまで持ち込んではいない。けどそろそろ事件について世間に広められることだろうと私は予想がついた。見出しは『ネット私刑アプリ、ついに死人を出す』みたいなかんじか。世の中は殺人事件よりもカラミティの存在に注目する事だろう。以前からこのアプリには賛否両論あったから。

 

 「ワイドショーとやってる事は変わらないってのに、なんでこうも責められなきゃいけないんだ」

 

 善はやはり不服そうだ。ワイドショーだって犯人が捕まってから行動範囲や卒業文集を日本中に公開する。それに比べれば、防犯のため事前の情報公開は有益、というのが善の言い分だ。

 私は泥ココアを善に差し出す。すると善はパソコン画面を指し示した。カラミティ内の、この町の情報ページだ。

 

 『殺人事件でうちの学校の生徒が捕まったらしい。捕まったのは地獄谷善(16)、辻野瑠璃(16)』

 

 画面に並んだいい加減な情報に私は顔をしかめた。学校に警察がやってきたものだから、うちの生徒がもうカラミティに書き込んでいたらしい。まさかカラミティを作った善がカラミティに書き込まれるなんて。

 

 「不確定な情報、それに間違ってるけどほぼ実名公開のため削除、っと」

 

 善は速攻その書き込みを消した。カラミティは告発をメインとするサイトだが、虚偽や実名を出せば削除される対象となる。そうでなけれは私怨から好き勝手書き込む人間がいるからだ。確かな証拠と近くにいる人間ならわかる程度の情報を書き込むのがポイントだ。その点太刀川の記事は満点だった。動画のリンクはついているし、名前も周囲の人間がならわかる程度のイニシャルが使われていた。

 一応カラミティは善の作ったアプリだけど、運営してるのは善の知り合いの大人だ。管理には善以外にもたくさんの協力者がいて、悪意しかない情報はすぐに削除される。協力者はカラミティがあって良いと思う人達だ。そういう人もいる一方、カラミティに害しかないと思うような人もいる。

 

 

 

 

 

 

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