第8話

「柳君ひさしぶりじゃない? 三年振りぐらいかなぁ? 元気してたぁ?」重たい尻をイスに乗せ、柳に手を伸ばして話しかける(外見ハ変ワッチャッタケド、アゴノライント首筋ハ変ワラナイワネ、ヤッパリ柳君ダ。ンンッ、ナンカ不健康ソウネ)。


「ほんとすいません、あなたにとってひさしぶりかもしれませんが、ぼくにとったら、ひさしぶりでもなんでもないんです、ええ、ほんと、ぼくも、ひさしぶりだねと笑い合いたいんですが、やっぱり、嘘はいけないですからね、嘘は、ここでひさしぶりと嘘ついて、あんた、いえいえ、あなたのご機嫌をとりたいのですが、とにかく嘘はいけないですからねぇ、あなた誰ですか? すいません、気軽に、いや、親しげに話しかけてくれてありがとうございます、ぼく、柳っていうんですよ、ああ、自己紹介する必要ないですか? そうですよねそうですよね? なぜか知りませんが、あんたはぼくの名前を知っているんですから、くどいですよねぇ? うるさいですよねぇ? ほんと、なんでぼくの名前を知っているんです? どこかでぼくの個人情報でも仕入れて、違いますね、友人づてにぼくの話でも耳にしたんですよねぇ、そうでしょうね。そうなんです、知らないところで柳の名前は、色々な人の話に顔を出していたんでしょう、ええ、どんなに身を潜ませたとしても、やっぱり、どこかしらで、ぼくの知らない柳がいたんでしょ? ええぇ? あんたはどこでぼくの名前を耳にしたんだ? ああ、ああ、どこでもいいです、すいません、べつに気にしてません、全然気になんかしていません、ただ、耐え難いほど気持ち悪、じゃないですよ、うれしいんです! 柳が話題の片棒を担っている? 日本昔話をこねく……」


「やだ柳君! あたしのこと覚えてないのぉ? あたし一目で柳君だとわかったのに、ひどくない? 言ってること意味わかんないし、見た目うさんくさいし」陽に焼けた太腿〈ふともも〉に紙皿を載せて、真理藻は口を大きく開けて笑い出す(ナニコイツ、チョウ気持チ悪イ!)。


「意味わかんない? 意味わかんないって言いました? たしかに今、意味がわからないって言いましたねぇ? 何が意味わかんないんですか、ええぇ、ほんと、なんですか、意味がわからないのは、ぶっ殺しますよぉ、ええ、この糞肉女がぁ、生きたままケバブにして……」


「おい柳、ケバブじゃなくて、カルビを食えよ」トングを使って脂の浮いた牛カルビを抓み、立石は手招きをする(肉デモ食エバ、チョットハ黙ルダロ)。


「ええっ! ずるい立ちゃん、あたしにちょうだいよ、レディーファーストでしょ? ねえ柳君、いいでしょ? あたしを覚えてなかったんだから、先に肉ちょうだい」太い体に見合わぬ素早い動きを見せ、立石の手を掴んで無理矢理に自分の皿へ運ぶ(コンナ気持チ悪イヤツニ、食ベサセテヤルモンカ)。


「なっ、なんですか? 横取りですかぁ? それもそれも、ぼくがあんたを覚えていないのを理由に、え、そんなこと言われたら、まるでぼくがあんたを覚えていないかのようで、ここにいるみんなが誤解するじゃないですか、ええっ? 肉を欲しいなら欲しいと言えばいいじゃないですか。それをわざわざ頭の悪さをなすりつけて、勘違いした記憶をわめき散らして、せっかく立石君がぼくに勧めてくれたありがたい肉を横取りするなんて、ほんと、横取りするなんて、わかってます? ねえ、あんたが今したことわかってますかぁ? ほんと、ぼくは心の広い人間だからまだしも、いえ、それでもやっぱり、そう、勘違いの記憶を信じて偉そうに話すだけならまだ許せますよ、ええ、それはもう仕方ないことですから、知能の低さを責めても何もなりませんからね、そう、責めたからってすこしもましになるわけじゃないですからね、ええ、でも、でも、人の肉を勝手に横取りする意地汚い、礼儀の知らない、品性のない、雌豚さながらの家畜行為をするなんて、ほんと……」


「なぁに、肉を取られたのがそんなに悔しいのぉ? 柳君も馬鹿ねぇ、下を向いてぽつぽつ話してないで、肉取ればいいじゃない! 食べたきゃ、つかんで口に入れればいいじゃない、それとも自分じゃとれないの? ほら、あたしが柳君の分を取ってあげるから、お皿を貸して」


 ほとんど肉を噛まずに飲み込むと(小サイ男ネ、肉ヲ取ラレタグライデ怒ルナンテ)、真理藻は太い指を器用に箸を動かし、煙をあげて肉汁を震わすカルビを抓んで、柳の方へと差し伸ばす。前屈〈かが〉みになったせいで乳は垂れ、ビキニの圧迫から食み出る。


「えっ」乳を凝視したまま、肩を顰〈ひそ〉め、両手に掴んだ皿をわずかに上げる。


「よかったな柳、横取りされたおかげで、真理藻から肉をもらえるじゃねえか」網に焼ける数種の食材を取りつつ、菅田の目は垂れる乳へちらちら向かう(マジタマンネエナ、箸デツッツキテエ)。


「へえぇ」玉葱を切るのに夢中な柴田は、一瞬顔を上げるが、どこにも視点を定めることなく再び野菜を切り続ける。


「おい柳、即射もんか? ええ? 即射もん?」立石は肉を抓んだトングでさりげなく乳を指し、妙な笑みを浮かべて柳に目配せする(気持チワリイホド胸デケエヨナ)。


「い、いや、とても即射とは……」瞬間立石の動きに目をそらされるも、直〈す〉ぐに真理藻の胸に目を向け、眉間に皺を寄せて、難しい顔をさらに苛〈いら〉立たせる。


「なぁんてね」蛙の平べったい口元を浮かせて、抓んでいた肉を運んで丸呑みする(アラヤダ、勢イデ飲ミ込ンジャッタワ)。


 すると太い腕が襲い掛かり、素早い動きに網の上の肉は攫〈さら〉われ、耳に障〈さわ〉る笑い声を挙げてイスにもたれかかり(ハハハ、コノ痩〈ヤ〉セ柳、ワタシノ胸バカリ見テ、可哀想ナ男)、得意げな顔を柳に向けたまま、肉の盛る皿を胸の辺りに避難させる。網にはキャベツと海老のみ取り残される。


「ははは、やられたな柳!」菅田が馬鹿笑いする。


「あれ、もう肉ないの?」玉葱を切り終えた柴田は網に目を向ける(セッカク食ベヨウト思ッタノニ……)。


「立石君、即射どころじゃありませんよ、即射ではとても、今のぼくの、この、尖〈とが〉りきった情感を言い表すことは到底できやしません! 屠殺〈とさつ〉! そう、屠殺こそ今ぴったりの言葉です! 虚言を吐いて罪を着せ、他人の肉を窃盗するだけでなく、見え透いた媚を売って、自慢にもならないカメムシ臭い乳をさらし、セクハラ行為に及ぶのみか、肉を独占する! 許せません! 役にも立たない梅毒に蝕〈むしば〉まれた糞乳をぶら下げて、『あたし胸を大きくするから、肉いっぱい食べなきゃいけないの』みたいな顔しやがって、糞でも食って、頭の悪さを見せびらかす乳を腐らせろ! てめえみてえな女は、高尚なレイプにも値しない、ただ屠殺のみ! 性的いたずらも一切なし! 純に洗練された屠殺のみだ! 畜生、肉返せよ! 柴田君もまだ食べてないんだぞ!」


 柳を振って喚〈わめ〉き散らし、剣と盾を持って真理藻に飛び掛ろうとする。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る