第42話 スパイラルダンス

 フレイラ革命軍の本拠地はいつもの通り、警戒をしながら、非戦闘員は普通の生活を送っている。

 父達は彼らとにこやかに見学、交流をして、地球の中の日本という国の名前を刻み込もうとしているようだ。

「しっかりしてるなあ」

 港部分のデッキから見下ろしながら呟くと、隊長が軽く笑った。

「政治家としては有能だろ。日本の首相の中では、存在感を示す首相1位らしいぞ、アンケートで。あとは、任期いっぱいまで続投を望むかどうかで、イエスと答えた国民が8割らしい。

 日本に有利なカードが続いたからな。地球圏の中での日本の存在感も、かつて無いほど大きい」

「大したもんですねえ」

 パック入りのイチゴ味噌汁抹茶を、チューッと啜る。

「これ、帰っても欲しいな」

「いや、その時は抹茶でいいだろ」

 明彦が、子供達とカリドと一緒にボールで遊んでいるのが見える。

「砌は混ざらないのか?」

「俺は、受けが悪いんで」

 革命軍のコミュニティでは、当然ながら、貴種は警戒され、嫌われる傾向にある。明彦の明るさと人懐っこさのせいで仲良くできているが、あれは特別だ。

「改革が決まっても、なかなか難しいでしょうね。今まで虐げられていた方にも、逆向きの区別が根付いてる」

「心の中までは、勝手に改革できないからな。それでも徐々に、やれない事はないだろ」

 そこで、俺の方へ目を向ける。

「お前はどうだ。改革できてるのか」

「俺?」

 何の改革だ?首を傾けて見返すと、苦笑して、下をクイッと指した。

 そこには、談笑する父とフレイラの人がいた。

「ああ・・・」

 困って、苦笑する。

「ま、焦らなくていい」

 隊長は後ろ向きに手を振って、歩き去って行った。


 長く病床にあったリス・ラ・マール王が亡くなったのは、会談の前日だった。

 それによって会談は再度延期になり、父は地球への報告で余裕を見せながらも、内心ではイライラしているようだ。

 フレイラも、混沌としていた。

 次期王は、レイとアル、どちらか。それによって国のあり方が大きく変わるという事は、一般人でも理解している。寄ると触ると、その話になるらしい。

 そして国の中枢でも改革派と保守派に分かれ、国が二分されているようなものらしい。

 しかしそれも、今日で終息していくだろう。

 モニターの向こうで、全フレイラ国民に向けての放送が始まっている。

 レイとアルが並び、にこやかながらも厳かに、こちらに向かう。

『前国王の死去により、新国王に、わたくしレイ・リ・マールが就く事になりました。そして兄アル・ラ・マールが、宰相として補佐をして下さいます』

 そこで2人は目を見交わして、少し笑い合った。

『遠い昔、わがフレイラを取り巻く環境は過酷で、外敵に脅かされ、それに対抗しうる強い力を求めていました。それが、今日の遺伝子による階級区分です。

 しかし、その外敵ノリブを下し、飼いならす事まで成功いたしました。もう、戦いだけに目を向ける必要のない時代なのです。それぞれが、自由に、夢と適性に見合った未来を夢見て生きる時代になったのです。

 そこでわがフレイラは、従来の遺伝子による身分区別の廃止を決定いたしました。能力差はあるでしょう。そのせいで新たな問題も生まれるでしょう。ですが、わがフレイラならば、超える事ができないとは思いません。

 遺伝子に踊るのはおしまいです。遺伝子が未来を決めるのではありません。未来を決めるのは、あなたの、わたくしの、想いなのです。

 そしてもうひとつ。大昔にわがフレイラより旅立った同胞が、地球という新天地で、新たな文明を築き上げ、発展させてきた事がわかりました。彼らは新たな隣人として、迷う私達に多大なる協力をして下さいました。これからは共に手を取り合い、歩んで行けるものと期待しています。

 地球を代表していらっしゃいました、日本と言う国の武尊首相をご紹介いたします』

 画面に父が現れ、一礼すると、レイ、アルと固い握手をする。

「クーデターでも起こらない限り、取り敢えず地球は大丈夫だね」

 真理が言って、あすかの操艦室の空気がふっと緩む。

 会見の内容を知っていたとはいえ、反対派の横槍など、不安は消えてはいなかったからだ。だがこれで、安心できる。

 フレイラ国内の問題はフレイラ人が取り組みべきだし、俺達が口を出すべきでもない。

「ここに正式にゲートを設置したら、作戦終了だな。

 ああ。帰ったらしばらくは休暇の消化になるなあ」

 隊長が言って、一気に空気が緩んだ。

「しばらく実家に帰ってないな、自分」

「旅行に行きたいな」

「え、散々してるのに?こんなに遠くまで?」

「ザックを背負って、山歩きだよ」

 各々休暇の過ごし方などに花を咲かせていたが、俺達はどうするか。

「オレんちに来ないか、2人共」

「いいねえ」

「うん、そうだなあ」

「ああ?待て待て。お前らは多分、学校だろ」

 ヒデの言葉に、「え」と耳を疑う。

「何で?」

「何でって、学生だろ」

「いや、通信で、ずっと勤務で、あれ?」

「課題の提出、遅れてないだろうな」

 隊長が思い出したように言った。

「俺はまとめて既に片付けてありますよ」

「ボクは、一応計画通りに」

 俺と真理は、揃って明彦を見た。明彦は冷や汗を流してよそ見していたが、ガバッとこっちを向くと、必死の表情で縋り付いて来た。

「頼む、写させてくれぇ!」

「あ、何か懐かしいですねえ」

 峰岸さんがポツンと言って、操艦室は笑いに包まれた。


 ゲートを設置し、式典の中であすかとルナリアンは帰る事になっていた。

 操艦室に並びながら、その時を待つ。

「砌」

 父が話しかけて来た。

「ルナリアンとの事も今回も、意外とお前は役に立った。国祟は研究者だし、伊緒は外交官として上手くやっている。お前は帰ったら大学で政治をやって、私の後を継げ。大学と、付き合っておく学友は選んでおく。いいな」

 操艦室の中にはゲートをくぐるための確認と命令と復唱の声がしていたが、それに耳を傾けている暇はなくなった。皆の注意も、こちらに向いているのがわかる。

 俺は、口を開いた。

「嫌です。政治家にはなりたくありません」

 勇気がいった。

「何?お前に何ができるというんだ」

「できないかもしれません。でも、俺の未来は、俺が決める」

 モニターの中で、ゲート内部の鏡面が虹色に光った。

「勝手にしろ」

 父が離れて、窓からにこやかに手を振る。

 真理、明彦がニコニコとして、ヒデや隊長がニヤニヤとしていた。

 そしてあすかは、ゲートに突入した。

 




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スパイラルダンス JUN @nunntann

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