第4話 霊柩車、飛ぶ!

「焼き場の都合があるよってに、この車だけ急がせてもらいま。ホトケさんを数えずに四人ほど乗れますがどないします」

 花田の誘いに、おそるおそる親族が棺を挟む形で、左右のベンチに座る。

 観音開きの後部扉が閉められて車が動き出すと、ようやく落ち着きが出てきたようだ。

「ちょい狭いけんども、内装は豪華やな」

「なんや、カラオケまでついとるで」

「パラダイス三途河、あるかい」

「そらあるに決まっとろう。死んだおやっさんの十八番や」

「近所迷惑やちゅうて出棺ときに流せなかったきに、いまみんなで歌ったろか」

「そらええ供養やわ」

 棺に歌本を置いて、彼らはいそいそと番号を探しはじめた。


「後ろの人らは、問題なさそうや」

 カメラをのぞいてシンスケが報告した。

「よっしゃ、飛ばすで。あんじょうナビたのむで。とにかく最短ルートや。道幅は気にすんなや」

 ジャリを踏みしめて道路に出るや、一気に法定速度を超えた。

「この先、五十メートル先を左折しておくれやす!」

 タイヤをきしませて四つ角を曲がる。

「二百メートル先に工事の表示っ」

 あっというまに後ろへ通り過ぎるA看板を見てシンスケが叫んだ。

 すぐに急ブレーキをかける。車の後ろのほうから「ひゃあ」という声が聞こえた。

 黄色いヘルメットのガキが助手席に寄ってくる。

「すんまへんなあ、この先ガス漏れちゅうて、道路削ってまんね」

「通れんのかい」

「人もバイクも通り抜けできまへん。狭い道ですけん、バックして戻っておくれやっしゃ。誘導しますさかいに」

「三百メートルはあるな」

 花田はシフトレバーを手にして、目をつぶった。

「まあ、ええわ」

 軽くアクセルを踏み直す。

 ゆっくり進み始めた霊柩車にビビって誘導員が大げさに飛び退く。

「おっさん、止まらんかい」

「霊柩車はなあ……縁起が悪いからバックできねぇつってんだよ!」

 一気にアクセルをベタ踏みした。

 こるるるるっる。

 静かな走りがウリのリンカーンが、猫がノドをならすような音をたてて速度を上げる。

「おらおら、親指隠して、さっさとのかんかァい」

 作業服の男たちが尻ポケットや懐から拳銃を抜いて構えた。

 パン。パン。

「なんぞ、撃ってきよったがな!」

 工事そのものがタケノコ組の妨害工作だったようだ。

 カン、カンと跳ね返る音がしたものの、VIP車仕様のリンカーンを撃ち抜けるはずがない。

「このまま突っ込むで」

「アニキ、道がない! ほんまに穴掘り返しとるっ」

 突進してくる車を見て、ドスやチャカを手にした作業服姿の連中が、あわてて道端に飛び退いた。

「ご一統はん、つかまってておくれやー!」

 ハッチにつながっているインターホンにシンスケがわめいた。

「鳳凰の飾り乗っけて、極楽にも一等近いこん車が、空くらい飛べんでどうすんや!」

 大穴の手前の板を発射台にして、霊柩車が飛んだ。

「レイキュウ仮面スーパージャーンプッッ」

 黒塗りで白い屋根をつけた霊柩車が宙に舞った。

 先が下り坂だったのも幸いだった。

 ごくんと横転もせずに着地し、そのまま車は走り続ける。

「窓あけとけ」

 着地の衝撃か、冷房が壊れたようだ。運転席が暑い。このぶんでは、窓の開かない後部室は大変なことになっているだろう。

 風を切って大きな橋を渡る。平行してはるか上流にかかる橋に、絢爛たる金箔装飾の宮型霊柩車が輝いているのが見えた。

「アニキ、あっちのあれ、タケノコ組だっ」

「むこうの方が早ぇえか」

「まだわからんよって。あっちの橋を降りても車線が急に減ってるから、いつも渋滞になるんや。アニキ、この橋を渡りきったら、左にまがって土手沿いに突っ走ってくれ。まっすぐ市街地を通るよか、ずっとはええはずだ」

「よっしゃ!」

 急ハンドルを切る。

 後部室でポンと破裂する音がインターホンごしに聞こえた。ついで乗客の悲鳴も。

「ドライアイスが足りなかったか」

 どうやら温まった遺体の腐敗が進んでいるようだ。

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