クアッド平野防衛線⑥

「えぇそうねぇその通り! でも、でもねぇ、坊やを始末するのに霊獣なんていらないのよ!」

 ロストの鞭がハヤトの首に巻き付き、ギリリ、と音が鳴る程に強く締め上げる。

「先ずはこの毒針で体中に穴を開けましょう。心行くまで痛ぶった後に霊獣を奪ったら同じことをお姫様にもしてあげる」

 ロストの眼が、ハヤトの右頬に狙いを付ける。飛び出す血飛沫を夢見ながら、ロストは鞭を持つ手に力を込める。

「見せてちょうだい。生意気なその顔が苦悶で歪むところを!」

「仮説の裏打ちをありがとう。これで俺の役目は終わった」

 ロストの手が勢いよく振り下ろされる。

 降り降ろされた鞭の針を、ハヤトは限界まで首を逸らして躱す。

 ミチィ、と首の筋から嫌な音が鳴る程に逸らして何とか躱したハヤトはそのままロストの手を掴み、固定する。

 悪あがきを、と毒づくロストを他所に、ハヤトは大きく息を吸い込み、


「レイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン‼‼‼」


 腹の底からありったけの声を張り上げる。

 呼応する様に、平野の向こうで黄色い閃光が弾ける。

「ウオラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ‼‼‼」

 地を滑る様に一直線に。

 一筋の雷光がロスト目掛けてやって来る。

「くそっ!」

 慌てて身を引こうとしたロストだが、ハヤトに手を掴まれている所為で立ち上がることが出来ない。

「このガキッ! ここまで考えて!」

「買い物とやらで疲れただろ。電気マッサージでも受けていけよ」

「アァァァァァァ‼」

 ロストは空いている左手でハヤトを殴り、必死に逃げようと抗う。

「う、ぐっ」

 何度殴られようと、ハヤトは手を離さない。

 そうこうしている内に、とてつもない速さでレインの姿が近づいてくる。

「離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せ離せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼‼‼」

 狂乱した様に叫び、振り払おうともがくロスト。

 必死の抵抗の末、ついにハヤトの拘束が緩み、ロストはハヤトを突き飛ばす形で立ち上がる。

「ハハッ! 一足遅かったわねぇ!」

 ロストは両足に力を込め、大きく後ろに飛び退る。

 その直後に、レインが今までロストがいた場所を駆け抜ける。

(勝った! 躱してやったわ! ざまぁみなさ──)

 余裕を得たロストの表情が、再び凍り付く。

(な……なんで……)

 空を貫いたレインの背中。


 その背に張り付いたもう一人の人物に、ロストは歯噛みする。


「──あぁ、随分遅くなってしまったわぃ」

 背中合わせで張り付いていたクラウスの手は、しっかりと獲物を捉えている。

「二十年越しの報復じゃ。しっかり受け止めぃ」

 ドシュ、と。

 クラウスの矢が、放たれる。

 矢は絶望の表情を浮かべるロストの下方、腰に吊るしてある檻を正確に貫いた。

 パキィィィン! と破砕音を響かせ、檻が二つに分砕される。

「イヤァァァァァァァァァァァァァァァァ‼‼‼」

 両手で顔を覆い、ロストは絶叫する。

 同時にアイカの拘束も解かれる。

「ハヤト!」

「大丈夫かアイカ!」

「それはこっちの台詞!」

 口元に血を滲ませたハヤトに心配されては、アイカの立つ瀬がない。

「血が出てるじゃない」

「戦場じゃ汗みたいなもんだ。気にしていられない」

 安心させる様に血の滲んだ口元を緩ませ、ハヤトはレイン達の方に視線を向ける。

「ゼェ、ゼェ……このままじゃ過労で死ぬ」

「レイン。感謝する」

 膝を付くレインの背から離れ、クラウスはよろめきながらも一人で立つ。

 全員の無事を確認し、ハヤト達は発狂するロストの元で集う。

「あぁ、あぁ! いや、いやよ! あたしの、あたしの霊獣がぁ!」

 壊れた檻を両手に乗せながら、ロストは吼える。

 檻の中から三つの獣力が解き放たれる。朱色、緑色、白色の獣力がそれぞれの形を成してロストを見下ろす。

「な、何を見てるのよ……ペットのぶ、分際であたしを見下ろさないで……ひぃ!」

 霊獣達の眼が、得物を見つけた時の様に鋭くなる。

 三色の霊獣だけではない。薄らとだが、ロストの頭上を覆い尽くす程に大量の獣力が、檻の中から溢れ出していた。

「なによこれぇ……何なのよ気持ち悪い!」

「分からんか」

 クラウスが呆れた様に首を振る。

「怒っているのじゃよ。散々好き勝手したお主に。霊獣は人の魂。それを私欲で振り回したお主は決して許されるものではない」

「そんなの知らない! 奪って何が悪いのよ! 服も料理も金も霊獣も全部私のモノよ! 欲しいものは何でも奪う! だって皆そうだったじゃない! 私から全部奪っていったくせに! だから私は奪ったっていいの! 奪うのよ‼」

「馬鹿者め。それじゃあ何も得られんよ」

 クラウスの言葉を最後に、霊獣達が動き出す。

 ロスト目掛けて、霊獣達が牙を剥く。

「な、何を──あ、がぁ⁉ なに、なによこれ、獣力が抜けていくッ⁉」

 ロストの体を、何十体もの霊獣達が喰らう。貫く。突き抜ける。

 その度に、ロストの体が干からびていく。ロストの霊獣も鳥型の霊獣達にその体を啄まれ、形を失くしていく。

「あ、あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、ぁ…………………」

 霊獣達が離れた時、ロストの姿は先ほどとは別人になっていた。

 枯れ木の様にしなびた手足。骨の浮き出た体に皺だらけの顔。

 その姿は老婆そのものだ。

「霊獣達に喰い尽くされて本来の姿に戻ったんじゃ」

霊獣喰いソウルイーター』のロストは死んだ。ここにいるのは最早抜け殻となった老婆だけだ。

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